第54話 重爆部隊再来

1943年4月



 昨年8月の第2次珊瑚海戦以降ラバウルに対する航空攻撃は半年以上なりを潜めていた。


 ポートモレスビーを日本軍が占領したことによって米海軍が足場を失ったからである。


 だが、昭和18年4月21日、久しぶりの空襲警報がラバウル全域に鳴り響いた。


 1組20機程度と見積もられる梯団が3隊に分かれ、ラバウル東の空域から接近してきていた。


 ラバウルに新たに設置された電探では来襲してくる敵機の機種を見分けることはできないが、この梯団がガダルカナル島から来襲していると予想すると機種は1機種に絞られる。


 「空の要塞」と呼ばれているB17「フライング・フォートレス」で間違いないだろう。


 滑走路からは次々に迎撃用の零戦が発進しており、最初の迎撃ラインを構成している零戦搭乗員はB17の大編隊をその視界に収めていた。


「寒い。寒すぎるぞ!」


 第203航空隊第4中隊長鬼瓦修平大尉は、正面の敵機を睨み付けながら呟いた。


 現在の高度は7000メートルであり、第203航空隊装備機の零戦21型では厳しい高度である。


 零戦には酸素マスクは取り付けられていたが、油圧などの贅沢な装備は勿論取り付けられていないため、搭乗員は敵機と戦う以前に高空の寒さと戦わねばならないのだ。


 鬼瓦としては早く高高度に適した航空機材を前線に配備してほしいと思っていたが、今は現有の零戦21型で凌ぐ以外にない。


 やがて、零戦隊とB17の距離が十分に詰まった所で、隊長機が大きくバンクし第1中隊に動きが生じた。


 鬼瓦も中隊の7機を引き連れて、一番左端の梯団目がけて突撃を開始する。


 零戦隊は高度7000メートル、B17は高度5700メートルと零戦隊の方が高度上の優位を占めているため、最初に一撃は急降下しながらの一撃となった。


 B17の胴体上部3カ所から12.7ミリ機銃の青白い火箭が噴き伸びてくるが、放たれた機銃弾はことごとく逸れ第4中隊を捉えることはない。


 視界がB17で埋め尽くされるまで零戦を接近させた鬼瓦は「喰らえ!」と叫び、機銃の発射柄を握った。


 20ミリ弾の真っ赤な太い火箭がB171機に突き刺さり、機体を赤い炎がなめ回す。


 鬼瓦は戦果を確認することなく次の機体に狙いを定めていた。


「もう一丁!」


 鬼瓦は陽気な叫び声と共にエンジンをフル・スロットルに開いてB17との距離を縮める。


 B17の胴体から機銃弾が放たれ、それを回避するために鬼瓦は操縦桿を右に左にと倒す。


 操縦席に鈍い音が連続して響いた。敵機から放たれた12.7ミリの内、何発かが命中してしまったのだろう。


 鬼瓦は反射的にエンジン周りの調子と計器の調子を確認したが幸い以上は見あたらなかった。鬼瓦の零戦はフル・スロットルでB17を肉薄にしようとしている。


 十分に距離が縮まった所で鬼瓦は再び発射柄を握り、20ミリ機銃が再び火を噴いた。


 2条の火箭はB17の右翼に纏めて吸い込まれ、B17の右翼が根元からポッキリと折れた。「空の要塞」と恐れられているB17であったが、流石に20ミリ弾が同一箇所に多数命中すると耐えれないようだ。


 鬼瓦が1機撃墜、1機撃破の戦果を上げたときには空戦は乱戦の様相を呈していた。


 一塊になって進撃を続けているB17の梯団に対して散開した零戦が上へ下へ右へ左へと取り付き、20ミリ弾を撃ち込んでは思い思いの方向へと離脱してゆく。


 正面から20ミリ弾を撃ち込まれたB17は風防ガラスを打ち砕かれて搭乗員を射殺されて墜落し、エンジンに被弾した機体は黒煙を盛大に噴き出しながら海面に向かって墜落してゆく。


 後方から零戦に喰い付かれたB17は補助翼や水平尾翼を消し飛ばされ、送油管を傷つけられたB17は機体の後部が炎に包まれる。


 零戦にも被弾機は出ている。


 B17に近づきすぎた零戦が12.7ミリ機銃によって返り討ちにされ、旋回機銃から放たれた偶然の1発を被弾し致命傷を負ってしまう零戦もある。


 ただ全般的には零戦隊の方が優勢だ。当初60機程度いると思われたB17はその数を40機前後にまで打ち減らおり、緊密な編隊形は跡形もなく消し飛んでいる。


 彼我に被弾機が続出する中、鬼瓦は機体を突き上げるようにして3機目のB17に迫った。


 鬼瓦は4機編隊最後尾のB17を照準器の白い環の中に捉え、またもや肉薄射撃の構えを取る。


 4機のB17から十数条の火箭が放たれ、照準器の白い環が真っ赤に埋め尽くされ、後方から爆発音が聞こえてきた。


 ここまで1機の被撃墜機も出していなかった第4中隊だったが、ここに来て墜落機が出てしまったのだ。


 一拍置いて鬼瓦が部下の仇と言わんばかりに20ミリ弾を放ち、機銃弾が胴体に吸い込まれ、後続機の射弾も次々にそのB17に叩き込まれる。


「まだまだ・・・」


 鬼瓦は更なる戦果を求めて零戦を上昇させていたが、零戦隊の仕事はここまでだった。


 B17爆撃隊はラバウルの上空に侵入しつつある。


 程なくしてラバウル上空に達したB17が投弾を始め、ラバウル各所から爆煙が立ち上り始めたのだった・・・




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