第52話 要衝占領
1942年8月13日
1
「ポートモレスビー占領完了」
その報告が呉に停泊している連合艦隊旗艦「長門」に届いたのは海戦終了4日後の事だった。
「作戦目標は達成されたようだな」
連合艦隊司令長官山本五十六大将は司令官席に腰を下ろしながら満足そうに呟いた。
「これでフィジー・サモアに至るまでの道が開けましたな」
航空参謀源田実大佐は顔を上気させており、早くも次に作戦について考えを巡らしているようだった。
「だが、今作戦では被害もかなり出ました。特に機動部隊は2~3ヶ月は行動不能です」
参謀長の伊藤整一少将が勝利に浮かれているGF司令部に釘を刺すように言った。伊藤は今作戦の被害が纏められている報告書を机の上に滑らし、山本、源田を始めとする司令部の面々が一斉にその資料に視線を落とした。
「『赤城』『利根』『阿武隈』『浦風』『陽炎』沈没か・・・」
山本が喪失艦の艦名を順番に口にした。
「この被害に対する戦果は敵正規空母1隻、戦艦1隻、巡洋艦2隻、駆逐艦6隻撃沈。彼我の損失を比較すると確かに勝ってはいるがやはり『赤城』の喪失は痛いな・・・」
「1航艦の中核とも言える『赤城』を喪失したのは痛恨に極みでしたが、この損害はポートモレスビーにあった米軍の置き土産で補えると本官は考えます」
連合艦隊主席参謀藤井茂中佐が持論を述べた。
海戦終了後、砲戦部隊がポートモレスビーに入港した際に日本海軍は米空母1隻の鹵獲(後の調査で艦名は「ホーネット」と判明)に成功したのだ。
鹵獲した米空母は水面下を2カ所抉られており、飛行甲板もものの見事に打ち砕かれていたが、本土で修理・改修を行えば十分日本海軍のフネとして再利用できるという報告が現地部隊から上げられていた。
この米空母の戦力化がいつの事になるかはまだ分からなかったが、「赤城」の代艦としては十分な艦である。
「真に聞きにくいのですが――――フィジー・サモアを目標とした作戦展開は見直すべきではありませんか?」
伊藤が山本を見据えて言った。
これ以上の攻勢計画で航空戦力をむやみに喪失する訳にはいかない。そう言いたげだった。
「参謀長。現在太平洋に展開している米空母は3隻で、それに対する我が軍は最低でも6隻の動員が可能です。フィジー・サモアの攻略意義を考えるとここは押すべき場面だと本官は愚考します」
「その通り。真珠湾攻撃以来我が軍は勝ち続けている。ここは更なる攻勢によって米軍を南太平洋から追い落とすべきだ」
伊藤の具申に対して源田が異議を唱え、他の参謀達も反対意見を言い始めた。
「・・・参考までに聞いておくが、フィジー・サモアに狙いを定めないとしたら今後どのような作戦展開をしていくつもりかね?」
「守りを固めるべきでしょう。ラバウルに戦力を集中させるのが良いかと」
伊藤は少し前から胸に秘めていた考えを話し始めた。
「その言い方だと占領したばかりのポートモレスビーはどうするのかね?」
ラバウルに戦力を集中させると必然的にポートモレスビーに展開させることが出来る戦力が減少してしまうため山本の疑問は最もだった。
「ポートモレスビーの飛行場には偵察機を主体とする部隊を派遣して敵情視察に専念させます。この処置によって我が軍が米軍に索敵戦で負けることはないと考えます」
伊藤は答えた。
「・・・少し話を聞いてみるか」
少し間が空いた後山本は伊藤の話を詳しく聞くことにした。
「まず、ラバウル全体の・・・・」
伊藤がどこからか持ってきた計画書片手に自分の考えを話し始めた。
2
「いや――――――。勝ったようで何より何より」
高次貫一「大鷹」艦長は艦橋の窓から見えるトラック環礁の原生林を見つめながら呑気そうに呟いた。
ポートモレスビーに対する輸送寸断作戦に従事していた高次を始めとする「大鷹」乗員はその帰路で海戦の結果を知らされたのだ。
「やっぱ天下の第1航空艦隊様が擁している正規空母は破壊力が違うな。敵の正規空母1隻を仕留めて、もう1隻を大破させるとは」
「此度の戦いで活躍したのは航空部隊だけではありませんよ。夜間砲撃戦での戦艦部隊の活躍も目覚ましかったと聞き及んでいます」
隣にいた副長の岸田中佐が言った。
「ともかくこれから攻勢に出るにしても防御に回るにしても暫く戦況は小休止に入るはずだ。今度こそ後方勤務を勝ち取りたい場面だ。第4艦隊の井上長官に振り回されるのはもう勘弁だよ」
高次がそう言い、岸田が冗談交じりで返した。
「大佐は前線に縁がある人間なのかもしれませんよ。現にこの戦争が始まって以来大佐は内地勤務を命じられた事がないではないですか」
「それは今日に至るまで戦況が忙しく流動的に動いていたからだ。これからは十分に内地勤務の目があるぞ」
「そろそろ人事の定期異動がある時期なので。取りあえずトラックにもう少しで入港しそうなので入港の指揮をお願いします」
そう言った岸田は敬礼した後艦橋から退出していった。
「さて、この戦争の結末はどうなるかね。このまま米軍が黙っている訳がない、今年はともかく来年の戦いは相当な死闘になるな」
高次は目を細めてこれからの戦争の推移を予想し始めるのだった・・・
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第6章が終了し、この話を持ってこの「大海の荒武者1」に一区切り付きました。
第7章は1943年まで時間が飛びます。乞うご期待ください。
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霊凰より
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