第51話 格下の意地
1942年8月8日
第2戦隊2番艦「日向」は危機に瀕している僚艦「伊勢」を救うべく必死の砲撃を継続していた。
これまでの砲戦で「日向」は1発の直撃弾も受けていない。12門の主砲はこれまでとなんら変わることなく巨大な砲声を轟かせている。
敵1番艦の艦上に36センチ砲弾が降り注ぎ、艦上2カ所に爆発光が閃く。「日向」の主砲の命中率は斉射毎に上昇しており、12斉射目を数える今では1斉射当たり大体2発の命中弾を叩きだしていた。
敵1番艦の艦上にも発射炎が閃き、主砲発射に伴う爆風によって黒煙に覆われていた敵1番艦の姿が露わになる。
敵1番艦は既に20発近くの36センチ砲弾を被弾しているはずだが敵1番艦の戦闘力は衰えを見せない。米戦艦の防御力には定評があるが、実際に目の当たりにすると城塞のような堅牢さを感じさせた。
敵弾が空中を飛翔している間に「日向」は第13斉射を放った。
敵1番艦の砲弾が炸裂し「伊勢」の火災が更に拡大したように見えた。
「不味い・・・」
「日向」艦長松田大佐は「伊勢」を心配そうに見つめた。「伊勢」は艦の7割以上が黒煙に覆われている状況であり、危険な状態に片足突っ込もうとしていると形容するに相応しい有様であった。
「『伊勢』面舵! 離脱する模様!」
「限界が来たか」
見張り員からの報告に松田は唸った。「伊勢」の離脱によってここからは「日向」と敵2番艦のタイマン勝負となる。
射撃目標変更を行っているのだろう、敵1番艦の主砲が沈黙しその間に「日向」の主砲が第13斉射を放つ。
「敵1番艦、発砲!」
主砲発射の余韻が収まったところで、後部見張り員が報告した。
砲弾の着弾はこっちの方が早かった。
敵1番艦の艦上3カ所に爆発光が確認でき、火災が束の間急拡大したかのように見えた。
命中弾3発。これまでで最大の戦果だ。
「やったか!!?」
松田は思わず艦橋から身を乗り出した。
永らく無効化されていた「日向」の主砲弾だったが、ここに来て戦果を上げたのではないか。
そう思わせるに十分な手応えであった。
敵1番艦が「日向」に対する第2射を放つが褐色の砲煙が確認されたのは3カ所だ。「日向」の主砲弾は敵1番艦の主砲塔1基を破壊することに成功していたのだ。
直後、敵1番艦の第1射が着弾した。
全ての砲弾が「日向」の頭上を轟音を立てつつ通過し、右舷側海面に水柱を奔騰させる。
立ち昇る水柱は長大なものだったが、着弾位置は「日向」からかなり遠い。「日向」が命中弾を喰らうまでにはまだ時間がありそうだった。
「日向」は第14斉射を放っていたが、それが着弾する前に敵1番艦の艦上に爆炎が躍った。
「後部見張りより艦橋。『霧島』斉射!」
砲戦部隊の4番艦「霧島」が「日向」に対して援護射撃を開始したのだ。敵3番艦との砲戦に撃ち勝った「霧島」だったが、まだその戦闘力は十全に残っているようだった。
「霧島」からの直撃弾に苦悶する敵1番艦に「日向」の第14斉射12発が一斉に着弾する。
2発の命中弾が確認され、敵1番艦の艦上から大量の塵のようなものが吹き上がった。「日向」の主砲弾が敵1番艦の何らかの部位を破壊することに成功したのだろう。
敵1番艦が第3射を放ったが、発射炎が確認されたのは艦の前部だけだ。敵1番艦の主砲火力はここに来て半減まで減少したのだ。
敵1番艦からの第2射が弾着するが射撃精度は非常に粗い。艦上を覆い尽くしている火災炎によって射撃精度が確保できていないのだろう。
勝負は決したといって良い。
こちらは「日向」「霧島」の2隻が斉射に移行しているのに対して敵1番艦は気息奄々の状態だ。
敵1番艦撃沈はもはや時間の問題である。
約3分後、「霧島」の第3斉射弾、「日向」の第16斉射弾が相次いで着弾したとき敵1番艦の動きは完全に停止していた。
敵1番艦の40センチ砲搭載艦に相応しい長大な艦体はその艦首から艦尾までが黒煙と火災炎に覆われており、4基の主砲塔から新たな砲弾が放たれる事はなかった。
「敵1番艦撃沈確実!」
砲術長が敵戦艦撃沈を報告し艦橋が歓声に包まれた。「日向」は「伊勢」「霧島」の力を借りたとはいえ格上の40センチ砲搭載艦に撃ち勝ったのだ。
この時には他部隊の戦いも一斉に終焉に向かっており、付近の海面には静寂が戻りつつあった。
敵2番艦、3番艦は遁走を開始しており、損傷大の「伊勢」も一足先に戦場からの離脱を開始しようとしていた。
「日向」に「霧島」と第8戦隊「筑摩」が近づきつつあり、海戦を生き残った1水戦の残存艦も順次終結しつつあった。
どの艦も艦に被弾痕をくっきりと留めており、被弾なしで海戦を終えたのは駆逐艦の1隻か2隻といった所だ。
海戦の激しさを物語るような光景であった。
「伊勢」に乗艦している宇垣長官から指揮権を以上された第3戦隊司令官三川軍一少将は沈没艦の乗員救助を既に命令として発していた。
米軍の機動部隊に続いて砲戦部隊まで退けた今、ポートモレスビーに入港しつつある日本軍を遮るものは何もない。
後は沈没艦の乗員の収容が終わり次第ポートモレスビーに入港するのみであった。
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