第50話 真珠湾のリターンマッチ
1942年8月8日
「霧島」と「コロラド」の戦いが決しようとしたとき、「メリーランド」対「伊勢」「日向」の砲戦もヒートアップしていた。
「命中弾だ! 畳みかけるぞ!」
モートン・デヨ「メリーランド」艦長は射撃指揮所で指揮を執っているC・F・プレストン砲術長に激励の一言を送った。
デヨを始めとする「メリーランド」の全乗員1080名は「メリーランド」が真珠湾奇襲の損害から立ち直ってきてからずっと凄まじい訓練に従事していた。この訓練はTF21がクエゼリン環礁に入港してからも同様であり、短い期間で「メリーランド」の乗員の練度は見違えるほど上昇した。
今の一言はその猛練習を忘れるなの意を多分に込めたつもりであった。
敵2番艦の射弾が弾着し、1発が「メリーランド」の後部を捉える。
敵1、2番艦と1対2の砲戦を強いられている「メリーランド」はここにきて敵2番艦から命中弾を喰らってしまったのだ。
だが、デヨの思考に焦りはなかった。
「メリーランド」は40センチ砲搭載艦であり、当然主要装甲も40センチ砲弾対応となっている。相対するイセタイプの砲弾が数発命中したところで気にすることではなかった。
約30秒後、「メリーランド」はこの日始めてとなる斉射を放った。搭載されている4基8門の主砲が、戦意に満ちた雄叫びを上げるように咆哮した。
第1斉射弾8発が着弾し、敵1番艦の後部から黒煙が噴き出すのが確認できた。「メリーランド」が放った40センチ砲弾が敵1番艦に更なる打撃を与えたのだろう。
「メリーランド」の主砲が給弾を待っている間に敵1番艦、2番艦から放たれた36センチ砲弾が一斉に着弾する。
周囲の海面が沸騰したかのように沸き立ち、再び艦の後部から打撃音が聞こえてくる。艦底部から突き上がってきた衝撃も凄まじい物であり、「メリーランド」の艦体は大きく揺さぶられた。
凄い衝撃だ――――デヨがそう考えた直後、「メリーランド」が第2斉射を放った。「メリーランド」の巨体が右舷側に僅かに傾き、主砲発射時の衝撃を受け止める。
艦の前部と後部から砲声が轟き、重量1トン越えの砲弾が敵1番艦向けて飛翔する。
「『テネシー』被弾多数、戦闘不能の模様。敵3番艦も被害甚大」
このタイミングで「メリーランド」の後方で繰り広げられていた「テネシー」対敵3番艦の戦いの決着が知らされた。
敵3番艦はコンゴウタイプの戦艦だということが判明しており、主砲の門数が多い「テネシー」の方が僅かに有利だとデヨは考えていたが、「テネシー」は敵3番艦とほぼ相打ちの形となったのだ。
「テネシー」が沈没することはないにしてももうこの戦闘に寄与出来ないことは明らかであった。(敵3番艦も沈没の気配なし)
TF21の戦艦部隊で健全なのは「メリーランド」只1隻となったが、「メリーランド」は第3斉射、第4斉射と砲撃を継続する。
斉射1回に対して「メリーランド」は最低1発の命中弾を得て、敵1番艦の戦闘力を確実に削り取っていたが、この時には敵2番艦に続いて敵1番艦も斉射に移行しており「メリーランド」にも被弾が相次いでいた。
左舷に備え付けられている12.7センチ高角砲は7門中4門が破壊されており、40ミリ機銃座も半数以上が鉄へと変貌していた。
果てしなく続くかに思えた砲戦だったが、「メリーランド」の第6斉射が着弾したところで大きく動きが生じた。
敵1番艦の前部で発生していた火災が中央部から後部にまで拡大しつつあり、主砲6基12門の内3基6門がその砲撃を停止していた。
敵1番艦の戦闘力は半減したのだ。
「砲術より艦長。敵2番艦に照準を切り替えますか?」
プレストンから意見具申があった。敵1番艦の戦闘力が大きく減衰したのを見たプレストンは脅威度が高い敵2番艦を叩いた方が良いと考えたのだろう。
「艦長より砲術。敵1番艦に対する射撃続行」
砲術長からの意見具申をデヨは即座に却下した。敵2番艦から一方的に砲弾を撃ち込まれ続けている今の状況で焦りが生じるのは分かるが、こんな時だからこそ1隻ずつ確実に叩くべきだった。
敵2番艦、敵1番艦の順で砲弾が着弾し、これまでの衝撃で一番強い衝撃が「メリーランド」を包み込んだ。
「副長より艦長。後部指揮所全損!」
「第3主砲に敵弾命中なるものの被害なし」
被害報告が入ってくる。
戦艦の命である主砲火力が損なわれる事はなかったが、「もう一つの指揮所」である後部指揮所が破壊されてしまった。これに続いて射撃指揮所まで破壊されてしまうと「メリーランド」は統一射撃が不可能となってしまう。
未だ全門健在の主砲から8発の巨弾が放たれ、敵1番艦に殺到する。
敵1番艦の艦上から艦橋の高さとほぼ変わらないのではないかと思わんばかりの火柱が立ち昇った。
「やったか?」
長大な火柱を双眼鏡越しに目撃したデヨは敵戦艦轟沈を期待した。
しばらくして敵1番艦を覆っていた黒煙が晴れ敵1番艦の姿が現になる。
26ノット前後で海面を驀進していた敵1番艦の速力は10ノット前後にまで低下していた。轟沈にまでは至らなかったものの、敵1番艦は確かに甚大な損害を被ったのだった。
敵1番艦を葬り去り、「メリーランド」が真珠湾の雪辱を雪ぐまであと一歩であった。
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