第49話 「霧島」猛攻

1942年8月8日


 相対する敵戦艦の舷側から長大な水柱が奔騰し、それが火柱に変わった光景を、岩淵三次「霧島」艦長ははっきりと見た。


 魚雷命中時に敵戦艦から放たれた光量は凄まじいものであり、瞬間的にではあるが夜の闇に隠されていた敵の艦影が鮮明に浮かび上がったのだ。


 「霧島」の艦橋からはどの艦が敵戦艦に魚雷を命中させたのかは分からなかったが、膠着した戦艦同士の砲撃戦を一気に打開するチャンスが回ってきたのは明らかであった。


 第2戦隊・第3戦隊・敵戦艦部隊三者共に動きに変化はない。7隻全ての戦艦が、命中弾を得るべく交互撃ち方と弾着修正を繰り返している。


 「霧島」の艦上からも2門ずつの主砲が一定間隔を置いて火を噴き、発射の反動で艦が大きく揺さぶられる。


 前方から「伊勢」「日向」「比叡」の砲声が聞こえる。


 日本側戦艦の砲声と入れ替わるようにして敵弾の飛翔音が迫る。


 「霧島」を狙っている敵3番艦の砲弾が弾着した瞬間、海面が大きく盛り上がり水柱が海面から突き上がるようにして現出した。


 敵弾の弾着位置は先程のものよりも粗いものとなっている。魚雷1本の命中によって艦の平衡が失われ射撃精度を確保できていないのだろう。


「砲術より艦長。『敵3番艦速力17ノット』」


 砲術長から敵戦艦の速力の変化が知らされる。


 敵戦艦の速力の変化に合わせて弾着修正が行われ、「霧島」が通算12回目の砲撃を撃ち込む。


 そしてその砲弾が着弾した直後、敵戦艦の艦上に火焔が湧き出し、橙色の光が揺らめいているのが確認された。


「よし!」


 岩淵が拳を握りしめて咆哮し、艦橋が歓声に包まれた。


「次より斉射!」


 岩淵は命じた。


 「霧島」が主砲斉射のためにしばしば沈黙している間、敵3番艦の砲弾が着弾するが直撃弾は0である。


 水柱が消えた直後、「霧島」がこの日始めての斉射を放った。


 4基8門の主砲から一斉に重量1トンの砲弾が放たれた瞬間、基準排水量36668トンの巨体が大きく傾き、海面に荒波が沸き立った。


 8発の砲弾が敵3番艦に着弾し、敵3番艦の火焔が急拡大する。


 「霧島」の第1斉射は敵3番艦に1発乃至2発程度命中し、被害を拡大させることに成功したのだ。


 岩淵は敵の主砲火力が少しばかりでも減衰していることを期待していたが、敵3番艦はこれまでと変わらず交互撃ち方と弾着修正を繰り返している。


 防御力が非常に強力な事で知られている米戦艦は2、3発の被弾では全く戦闘能力を喪失しないのかもしれなかった。


 だが、「霧島」に命中弾はない。「霧島」は敵の巨弾を切り抜けつつ敵戦艦に巨弾を命中させ続けているのだ。


 「霧島」が第2斉射を放った。


 8発の巨弾が敵3番艦に殺到する。奔騰する水柱によって敵3番艦の姿が隠され、水柱が崩れたところで敵3番艦が再び姿を現す。


 今度は火災が拡大したようには見えなかった。「霧島」の砲弾は命中したものの、分厚い装甲に弾き飛ばされたのかもしれなかった。


 この時、「霧島」対敵3番艦の戦いは「霧島」が優位に事を進めており、他の戦いにも動きがあった。


 まず敵1番艦が「伊勢」に先んじて直撃弾を得ることに成功し、「伊勢」の第5主砲を大破させた。敵1番艦は「伊勢」に対して斉射に移行しつつあり、「伊勢」は危機に陥ろうとしていた。


 だが「日向」もほぼ同じタイミングで敵1番艦に命中弾を与えており、日本側は一方的に撃ち込まれているわけではなかった。


 そして、「比叡」と敵2番艦の砲撃戦も同じような状況であり、今のところは5分5分といった所である。


 敵1番艦が発砲し、敵2、3番艦がそれに続くように発砲する。


 「伊勢」「比叡」の艦上に直撃弾炸裂の閃光が走り、艦が被弾時の衝撃に耐えかねたかのように軋み音を発する。


 日本側も負けてはいない。4隻の戦艦から合計40発の36センチ砲弾が放たれ、10000メートル先にある敵戦艦に砲弾を届かせる。


 「霧島」は更に1発の命中弾を与えることに成功した。これまで火災の及んでいなかった艦の後部から黒煙が噴出し始めたのだ。


「敵戦艦速力15ノット!」


 砲術が更なる敵戦艦の速度の低下を報告する。徐々に拡大してくる火災によって艦の動きが制限されてしまっているのだろう。岩淵が艦橋から身を乗り出して確認してみると、敵3番艦の速力は明らかに低下しているのが確認できた。


「畳みかけろ!」


 岩淵は艦橋全体に聞こえるように声を張り上げた。敵3番艦が手負いの状態になりつつある今こそが敵戦艦撃滅の好機である。


 岩淵の思いに答えるかのように「霧島」の主砲が咆哮し、それが弾着したとき、敵3番艦の姿が大きく様変わりしていた。


 米戦艦の特徴の1つである五角形状の艦橋の上半分が吹き飛び、煙突の1本が根元からもぎ取られていた。度重なる被弾によく耐えていた敵3番艦であったが、ここにきて凄まじい損害を受けてしまったのだ。


 敵3番艦はそれでもなお航行を継続していたが、その主砲に新たな発射炎が閃く事はなかった。


 敵3番艦は戦闘能力を完全に喪失したらしい。


 「霧島」は敵3番艦との砲撃戦に撃ち勝ったのだった・・・



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