第48話 肉薄雷撃
1942年8月8日
日付が回りつつあった時、第1水雷戦隊「阿武隈」以下9隻は進路を220度に取り、第2戦隊、第3戦隊と砲火を交わしている敵戦艦部隊に接近しつつあった。
「阿武隈」の村上艦長を始めとした各艦の艦長は、敵戦艦部隊に雷撃を行うことを腹に決めていたのだ。
「阿武隈」の艦橋からは敵戦艦部隊の姿が遠望できる。敵戦艦部隊で被弾した艦はまだ1隻もないようだ。火災炎や黒煙が立ち昇っている艦は皆無であり、全艦が艦上に発射炎を閃かせ巨弾を一定間隔で放ち続けていた。
「1水戦目標敵3番艦」
村上は艦隊無線を使い、敵戦艦の動きを注視しながら命令を下した。
1水戦の砲撃によって敵戦艦の1隻に混乱を生じさせ、第2戦隊、第3戦隊の援護を実施するのだ。
「阿武隈」の14センチ砲、駆逐艦の12.7センチ砲では戦艦の分厚い装甲を貫く力はないが、戦艦の防御力が低い部位――――すなわち各種アンテナや測距儀などを破壊するのには十分なはずだ。
「敵戦艦部隊との距離7000メートル!」
「目標敵3番艦。射撃開始します」
2つの部署からほぼ同時に報告が上げられ、直後、「阿武隈」の前甲板に発射炎が閃き鋭い砲声が南海に轟いた。
「阿武隈」の搭載されている7基の主砲塔の内、第1、2主砲が砲門を開いたのだ。
「『谷風』『浦風』射撃開始!『浜風』『磯風』続けて射撃開始!」
1水戦の全艦が敵3番艦に対して射撃を開始したが敵3番艦の主砲が1水戦に向けられることはない。敵3番艦は戦艦同士の撃ち合いに集中している。
第1射が着弾するのを待たず、「阿武隈」は第2射、第3射を放つ。艦の中央部と後部から発射炎が閃き、直径14センチの砲弾をはきだす。
時間差で放たれた14センチ砲弾が、夜の海面をひとっ飛びし、敵戦艦3番艦の巨体に殺到する。
「阿武隈」の艦橋から直撃弾が確認できたのは「阿武隈」が第5射を放った直後であった。敵3番艦の後部に小さいながらもはっきりと爆発光が認められたのだ。
「火災炎に向かって斉射開始!」
村上は断を下した。「阿武隈」が直撃弾を得たかはまだ不明であったが、火災炎という絶好の射撃目標が出現した今、斉射に移行する方が得策だと思われた。
ほどなくして「阿武隈」は、敵3番艦に対する最初に斉射を放った。艦の全部から後部までまんべんなく発射炎が閃き、主砲発射時に衝撃が艦全体を包み込んだ。
「谷風」以下の駆逐艦も斉射に移行する。
敵3番艦の艦の各所から断続的に爆炎が踊る。
14センチ砲弾、12.7センチ砲弾が次々に命中しているのだ。1発1発はたいした事はなかったが、命中弾が累積していけば防御力が弱い部位を破壊することも不可能ではない。
弾着の度、敵3番艦の艦上で小爆発が起こり、周囲に水柱が立ち上る。
しばらくは1水戦が敵3番艦に対して一方的に砲撃を続けているという構図が続いていたが、「阿武隈」が第4斉射を放った直後潮目が変わった。
敵3番艦の右舷側を埋め尽くすように発射炎が閃き、それに敵弾の飛消音が重なった。村上が目を見開いた直後、「阿武隈」の左舷側海面が沸き立ち水柱が奔騰した。
1水戦の砲撃を煩わしいと感じた敵3番艦の艦長が高角砲・副砲を1水戦に向けてきたのだ。
水柱が消え去り、視界が開けたところで「阿武隈」は第8斉射を放つ。鋭い砲声と共に7発の14センチ砲弾が5000メートル以上の距離を駆け抜けて、敵3番艦に直撃弾が発生する。
敵3番艦は第2射で「阿武隈」に対して命中弾を得た。
「阿武隈」の第2主砲を叩き潰すように命中し、第2主砲は物を言わぬ鉄塊に変化させた。
敵駆逐艦部隊・巡洋艦部隊との相次ぐ砲戦で奇跡的に1基の主砲も失う事がなかった「阿武隈」であったが、ここにきて主砲塔の1基が失われてしまったのだ。
1水戦各艦が放つ中小口径砲弾の命中など臆することなく敵3番艦が第3射を放ち、今度は「阿武隈」に2発が命中した。
前甲板に命中した1発は大量の鋼板を引きちぎり、左舷後部に設置されていた機銃源に命中した砲弾は機銃座2基をひとまとめにして吹き飛ばした。
「阿武隈」が敵3番艦の砲撃によって一寸刻みに破壊されていく中、1水戦と敵3番艦までの距離が残り3000メートルにまで縮まった。
村上は体を起こして敵3番艦の姿を見据えた。
「取り舵! 魚雷発射せよ!」
村上は遂に魚雷発射を命じた。
取り舵によって敵3番艦と同航戦とし、「阿武隈」が装備している61センチ連装魚雷発射管4基8門から次々に魚雷が発射された。
しかし、「阿武隈」が8本の魚雷を発射したのと同時に「阿武隈」の武運も尽きた。
第3主砲にほぼ同じタイミングで命中した2発の砲弾の内1発が主砲装甲を貫通し、その先の弾火薬庫内で炸裂したのだ。
弾火薬庫内でも敵弾の炸裂。それすなわち誘爆である。
艦橋からその光景を見ていた村上は副長に即座に火災の鎮火を命じたが、それを命じ終わるまでに村上を始めとする「阿武隈」の司令部要員は艦橋下から突き上がってきた火柱に飲み込まれた。
そして薄れゆく意識の中で村上が最後に見たのは敵3番艦の舷側に奔騰する1本の水柱であった・・・
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