第47話 1水戦進撃

1942年8月7日


「敵1番艦沈黙! 2番艦大火災!」


 第1水雷戦隊と米駆逐艦4隻の砲撃戦は終局を迎えつつあった。


 主砲の命中精度は米軍側の方が勝っていたが、日本側が数の優位を生かして米駆逐艦部隊を圧倒したのだ。


 4隻いた米駆逐艦の内2隻は撃沈確実と思われ、残りの2隻も艦に火災炎を背負いながら遁走を開始していた。


 日本側は「阿武隈」「磯風」「浦風」の3隻が被弾していたが、作戦行動不能となるほどの損害を受けた艦は1隻もなかった。


「左方に敵巡洋艦2・・・、いや3隻!」


「大きさから見て軽巡ではなく重巡だな。さてどうするか・・・」


 「阿武隈」の艦橋に新たに挙げられた報告に対して村上はしばし考え込んだ。こっちの9隻に対してあちらは3隻とこちら側の方が圧倒的に数的優位を確保していたが、敵重巡の20センチ主砲が命中してしまえば「阿武隈」以下の軽巡・駆逐艦など1発で吹き飛んでしまう。


 ここは慎重に対処すべき局面であった。


「よし! 第1水雷戦隊全艦射撃開・・・」


「第8戦隊『利根』『筑摩』敵巡洋艦部隊に対して射撃開始しました!」


 村上が新たな命令を出そうとしたが、「利根」「筑摩」の射撃開始の報告を聞いて考えが変わった。


「先程の命令取り消し。1水戦は敵巡洋艦部隊を引き離して敵戦艦部隊に雷撃を敢行する!」


 村上は断を下した。「利根」「筑摩」の2隻が敵巡洋艦部隊を引きつけてくれてくれているこの状況下ならば、敵戦艦部隊に魚雷攻撃を敢行できると村上は考えたのだ。


 村上は艦橋から身を乗り出して周囲の状況を確認した。


 後方の海域から巨大な火焔が一定の間隔を開けて確認出来る。「伊勢」「日向」「比叡」「霧島」の4隻の戦艦が敵戦艦3隻に対して巨弾を放っているのだ。


 彼我の戦艦部隊で被弾した艦はまだ1隻もないようだ。夜間ということもあってお互いに射撃精度を十分に確保できていないのかもしれない。


 「伊勢」「日向」「比叡」の周囲に水柱が奔騰するが、艦上に火焔が湧き出し、衝撃が響くこともない。


 1水戦の魚雷攻撃によってこの膠着した戦況を打破する必要があった。


「敵巡洋艦1番艦から3番艦まで射撃開始!」


「狙いは8戦隊だな。」


 単純に考えると、1水戦よりも現在進行形で敵巡洋艦部隊に砲弾を叩き込んでいる第8戦隊の方に敵重巡は砲門を開くのだろうと村上は考えたが、敵の砲弾が弾着し、水柱が奔騰したとき、村上は自らの考えが間違っていた事を悟った。


 水柱は1水戦の近くの海面に一斉に弾着したのだ。


 水柱の数を元に考えると敵3番艦は「利根」に対して射撃を開始したが、敵1、2番艦は1水戦を狙いに定めたらしい。


 弾着した20センチ砲弾の内、1発は「阿武隈」の左舷100メートルのところに着弾し、「阿武隈」の基準排水量5170トンの艦体を小舟のように大きく振動させた。


 至近弾ですらこれである、直撃弾を喰らったときにはどうなるか分かったものではなかった。


 こちらもただ撃たれてやることはない。村上の命令によって「阿武隈」以下の9隻が敵巡洋艦1、2番艦に対して一斉に射撃を開始した。


 「阿武隈」に搭載されている14センチ主砲、駆逐艦に装備されている12.7センチ砲では軽巡を遙かに凌駕する防御力を持つ重巡に対して効果僅少であるが、少しでも射撃の妨害になればよいのである。


 「阿武隈」が第2射、第3射と放つが敵重巡は沈黙している。重巡の主砲の発射間隔は一般的に約20秒かかるためどうしても射撃間隔が間延びするのだ。


 敵巡洋艦1、2番艦が第2射を放ち、20センチ砲弾が飛翔してくる。


 砲弾発射時の衝撃が大気を震わせ、不気味な音が「阿武隈」の艦橋まで飛び込んでくる。


「本艦右舷に1発着弾! 左舷にも1発着弾!」


 見張り員が恐怖に怯えたような声で敵弾着弾の様子を知らせてくる。「阿武隈」は狭又されてしまったのだ。次からは多数の20センチ弾が「阿武隈」に殺到してくる。


「取り舵5度!」


 村上はこのタイミングで転舵を命じた。艦の進路を微妙にずらすことによって敵弾を回避しようという目論見があった。


 程なくして「阿武隈」の艦首が左に振られ、「阿武隈」の進路が僅かに変化する。


 「阿武隈」が転舵をしているタイミングで放たれた第4射は敵巡洋艦を捉えることはできなかったが、敵巡洋艦の第3射が「阿武隈」の艦体を刺し貫く事はない。


 敵巡洋艦2番艦の艦上に火焔が踊る。


 敵巡洋艦部隊に砲撃を継続している「利根」か「筑摩」のどちらかが命中弾を得ることに成功したのだろう。


 混乱する敵巡洋艦部隊を尻目に1水戦は敵巡洋艦部隊を突き放す。この時点で「阿武隈」の速力は35ノットを遙かに超えており、雷撃目標の敵戦艦に激突せんばかりの勢いであった。


 敵巡洋艦部隊はなおも1水戦に対する射撃を継続するが、彼我の相対距離が徐々に開きつつあるということもあって命中弾が出ることはなかった。


 1水戦は敵駆逐艦部隊を撃滅し、敵巡洋艦部隊を蒔くことに成功した。


 あとは敵戦艦の下腹に魚雷を撃ち込んでやるだけであった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――あけましておめでとうございます。


皆様の2022年がいい年になる事を祈っています。


霊凰より

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