第6章 闇夜の砲雷戦

第46話 最初の1発

1942年8月7日



 「ホーネット」が気息奄々の状態でポートモレスビーに入港を果たした頃、日米戦艦部隊同士の砲撃戦が始まろうとしていた。


「後部指揮所より艦橋。『敵艦隊発見。右5度、距離15000メートル』」


「観測機を発進させよ!」


 第2戦隊1番艦「伊勢」の艦橋に新たな報告が入り、高柳儀八艦長は即座に観測機の発進を命じた。「伊勢」には最新型の21号電探が装備されており、その電探がこの闇の中で敵艦隊の発見に成功したのだ。


「どうしますか? 宇垣長官」


「第2戦隊、第3戦隊同航戦! 敵戦艦部隊を撃滅する!」


 第2戦隊司令長官宇垣纏中将は即座に断を下した。砲戦一筋の海軍生活を送ってきた宇垣には判断の迷いが一切なかった。


「砲術より艦長。敵戦艦は全部で3隻!」


「戦艦の型は分かるか?」


「夜間なので視認は非常に困難ですが、1隻はコロラド級の40センチ砲搭載艦だと思われます」


(彼我の戦艦数はこっちが有利だが砲力はあちらの方が僅かに上かもしれぬな)


 高柳は彼我の戦力を冷静に分析した。第2戦隊、第3戦隊に所属している4隻はそのいずれもが36センチ砲搭載艦であり、防御力もそれに準じた物しか持っていないため、40センチ砲を搭載しているコロラド級は非常に脅威度が高かった。


「第1水雷戦隊、第8戦隊突撃します!」


「敵巡洋艦、駆逐艦動いてきます!」


 見張り員が友軍の動きを報告し、僅かに遅れて敵艦の動きも艦橋に飛び込んでくる。


 発砲は敵戦艦の方が早かった。


「『敵1番艦射撃開始! 2、3番艦続けて射撃開始!』」


「『「伊勢」「日向」目標1番艦。「比叡」目標2番艦。「霧島」目標3番艦』」


 宇垣は断を下した。「伊勢」は「日向」と共同で敵1番艦を相手取るのだ。


 敵戦艦の第2射が弾着するのと「伊勢」の第1射が放たれるのがほぼ同じだった。


 「伊勢」の艦上に主砲発射を知らせるブザーが鳴り響き、それが鳴り止むと同時に「伊勢」が第1射を放った。


 各砲塔から1発ずつ、合計6発の36センチ砲弾が放たれ、「伊勢」の巨体が激しく打ち震えた。


 何回経験してもなれない衝撃だ。腹に大男の拳を叩き込まれたような感覚が全身を走る。


 少し遅れて「伊勢」の後方に発射炎が次々に確認された。「日向」「比叡」「霧島」も各々の目標に対して射撃を開始したのだろう。


 約40秒後、「伊勢」の第1射が敵1番艦の周囲の海面に纏まって弾着する。高柳も双眼鏡越しにその光景を見ていたが「伊勢」の第1射は至近弾すら得られなかったようだ。


 敵戦艦部隊から放たれた第3射が飛翔し、見張り員から報告が上がる。


「『比叡』に至近弾!」


 「伊勢」が負けじとばかりに第2射を放つ。


 重量1トンの砲弾が15000メートルの距離をひとっ飛びし、海面に落下する。


 「伊勢」の第2射から第4射までは空振りに終わり、「伊勢」に向かって放たれる40センチ砲弾も「伊勢」を捉えることはなかった。


 戦艦同士の勝負はまだ静かなものであったが、1発の命中弾で堰を切ったように動き出すはずであった・・・



 「伊勢」以下の4隻の戦艦が第4射を放った頃、軽巡「阿武隈」は第1水雷戦隊の先頭に立って突撃を開始していた。


「右前方敵駆逐艦部隊! 4隻接近してきています!」


「蹴散らすぞ! 何としても敵戦艦部隊に魚雷を撃ち込むぞ!」


 「阿武隈」艦長村上静六大佐は即座に迎撃の命令を出し、「阿武隈」の1番砲、2番砲から火焔がほとばしる。


 14センチ砲の砲声が艦橋を包み込み、「阿武隈」の艦体が衝撃で僅かに振動する。


「『谷風』『浦風』撃ち方始めました!」


「『浜風』『磯風』『陽炎』撃ち方始めました!」


 見張り員が後続艦の動きを知らせ「阿武隈」の3番砲、4番砲が第2射を放つ。


 「阿武隈」の第2射が敵駆逐艦1番艦を捉える。


 駆逐艦の後方に火柱が立ち昇り、黒煙が上空に向かって噴き伸びる。


 敵駆逐艦も反撃の射弾を放つ。


 敵弾の飛翔音が響き、「浦風」「磯風」の舷側や艦首付近に水柱が奔騰する。


 敵駆逐艦の射撃の精度は非常に高い。彼我の距離がどんどん縮まっていることに加え、敵駆逐艦は電探照準射撃を用いているのかもしれなかった。


「敵2番艦に1発命中!」


 敵1番艦に続いて2番艦にも命中弾が発生する。敵駆逐艦4隻に対して第1水雷戦隊は9隻なので砲戦にはこっち側に分があるようだ。


「敵弾弾着!」


 見張り員が警報を送り、2秒後、「阿武隈」の6番砲と7番砲の間に敵弾が突き刺さった。


 敵弾の命中によって甲板に張られている鋼板は引きちぎられ、大量の木片が噴き上がった。


 先に命中弾を得て砲戦を優位に進めていた「阿武隈」であったが、ここにきて1発の命中弾を喰らってしまったのだ。


「火災鎮火! 急げ!」


 村上は応急指揮官を兼任している副長に即座に命じた。夜間砲戦での火災は格好の射撃目標になってしまうため、早急に鎮火する必要があった。


 「阿武隈」が統一射撃に移り、第1斉射を放つ。


 7発の14センチ砲弾が敵1番艦に殺到し、その内2発が敵1番艦に命中する。


 こっちも傷を負っているが、あっちも厳しい。ここは我慢比べが重要な局面であった・・・


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第6章開始です。


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霊凰より






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