第44話 アベンジャー鉄槌

1942年8月7日



 日本側の第2次攻撃隊が終了したのと前後して米機動部隊の第2次攻撃隊も佳境を迎えていた。


 「赤城」――1航戦の1番艦は既に右舷に魚雷1本、左舷にも魚雷1本が命中しており、その速度は16ノットまで低下していた。


 雷撃機のアベンジャーを主体として編成されていた米機動部隊第2次攻撃隊は第1次攻撃隊のよって既に手傷を負わされていた「赤城」を与し易しと見て殺到していたのだった。


「不味いな、やられるかもしれん」


 「赤城」の左舷側を航行しており、「赤城」に援護射撃を行っている第2戦隊「日向」艦長の松田千秋大佐は心配そうに黒煙を噴き出している「赤城」を見つめていた。


「新たな敵機『赤城』に向かう!」


「『赤城』に援護射撃を続行せよ! これ以上の被雷は許しちゃあかん!」


 後部見張り員からの報告を受け取った松田は砲術長に即座に命じた。


 「日向」の両舷に搭載されている12.7センチ高角砲4基8門が「赤城」を肉薄にしてくるアベンジャーに向かって砲撃を開始し、アベンジャーの上下、左右に爆煙が踊る。


 「日向」だけではない。第1水雷戦隊の各艦も12.7センチ砲を振りかざしてアベンジャーに射弾を浴びせる。


 高角砲の炸裂によって尾翼が消失し、制御を失ったアベンジャーが海面にはたき落とされ、弾片によって機体を切り刻まれたアベンジャーが投雷コースから外れる。


「『赤城』取り舵!」


 松田が双眼鏡越しに「赤城」を見ると、第1航空艦隊最大の巨艦が転舵を開始しようとしていた。2本の被雷によって大量の海水を艦内に飲み込んだ「赤城」の動きは鈍かったが、アベンジャーとはまだ距離があるため回避運動は間に合いそうだった。


 アベンジャーはなおも「赤城」を肉薄にする。


 「赤城」とアベンジャーの距離が2000メートルを切ったところでアベンジャーの編隊の頭上で不意に大爆発が起こり、大量の焼夷榴散弾が降り注いだ。


 全く予想外の一撃を喰らった雷撃機の編隊は一瞬にして3機を失い、他の機体も機体間隔が大きく間延びした。


 「比叡」か「霧島」のどちらかがアベンジャーの編隊の頭上の三式弾を撃ち込んだのだろう。


 三式弾の一撃を切り抜けたアベンジャーが次々に投雷していったが、その直後に「赤城」の艦首が振られ魚雷はあさっての方向に消えていった。


 「日向」を始めとする護衛艦艇は投雷を終えたアベンジャーに対して追撃はしない。全艦がこれから襲いかかってくるであろうアベンジャーに備えている。


 次のアベンジャーの編隊が「日向」の射界に入ってくる。アベンジャーの機首は「赤城」に向けられており、「赤城」を必ず撃沈するという強い意志を感じさせた。


 そうはさせじとばかりに「日向」の高角砲が吠えたけり、主砲の発射を知らせるブザーまでもが鳴り響く。


 12発が放たれた三式弾は1発も有効弾にならなかったが、高角砲弾に搦め捕られたアベンジャーが1機、2機と火を噴いて墜落していく。


 だが、全機の阻止には程遠い。


 新たに接近してきているアベンジャーに対して「赤城」は転舵する様子はない。「赤城」艦長青木泰次郎大佐は転舵を命じたのかもしれなかったが、手負いの「赤城」が転舵するにはかなりの時間を要してしまうのだ。


 「日向」の高角砲が最後の意地と言わんばかりに1機撃墜の戦果を挙げたが、残りのアベンジャーが次々に魚雷を投下して離脱していった。


「不味い・・・!」


 投雷していくアベンジャーを見た松田は思わず叫んだ。海面下を疾駆していた6条の雷跡は「赤城」に向かってひた走っていた。


 「赤城」は魚雷を回避するために必死の抵抗を続けている。


 20センチ単装砲、12センチ連装砲が海面に撃ち込まれ、魚雷の弾頭の破壊を試みる。


 その努力虚しく「赤城」の左舷側に3本の雷跡が突き刺さり、続け様に長大な水柱が奔騰した。


 既に被弾によって大きく傷ついていた艦体が更なる軋みをあげ、激しく身を震わせる。



 午後1時を過ぎたあたりから第2次攻撃隊が帰還してきたが、「赤城」がその帰還機を迎え入れる事はなかった。


 米機動部隊による2次に渡る空襲によって1000ポンド爆弾3発、魚雷5本もの打撃を叩きつけられた基準排水量36500トンの巨艦は左舷側に大きく傾斜し、横転しかかっている。


 「赤城」艦長の青木大佐は既に「総員退艦」を命じており、「赤城」乗員の救助を命じられた駆逐艦「磯風」「陽炎」が「赤城」の右舷側に近づきつつあった。


 被害を受けたのは「赤城」だけではない。


 同じ1航戦の「瑞鳳」も爆弾1発の命中によって中破しており、第2次空襲で魚雷1本を撃ち込まれた2航戦「蒼龍」では復旧作業が行われている最中だった。


 攻撃隊は無傷の3隻の空母に着艦するように命令が下されており、損傷の酷い機体から順次着艦を開始していた。


 時刻はまだ午後を回った所であり、もう一度攻撃隊を放つ時間的余裕はあったが、艦載機の収容作業と第3次攻撃隊の出撃準備にどれくらいの時間がかかるのかすら分からない状況であったのだった・・・





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