第43話 空母撃沈
1942年8月7日
輪形陣の内部に侵入することに成功した「蒼龍」「飛龍」の艦爆隊はたちまち凄まじい対空砲火によってその行く手を阻まれた。
米艦艇の対空射撃は日本艦艇のそれとは比較にならない。2000トンクラスと思われる駆逐艦ですら艦上を埋め尽くさんばかりの勢いで高角砲弾・機銃弾をぶちまけていた。
99艦爆の周囲に次々に爆煙が湧き出し、爆風に煽られた機体が大きく揺さぶられる。そして、機銃弾に機体を貫かれた機体が1機、また1機と高度を落としていく。
「『蒼龍』隊はあの巡洋艦を黙らせるぞ! 空母は『飛龍』隊に任せる!」
「蒼龍」艦爆隊隊長江草隆繁少佐はそのように方針を決定し、機首を目標の巡洋艦の方向に向けた。
巡洋艦は敵艦隊の中でも戦艦を凌ぐほどの対空砲火を持っている艦だった。米軍は従来の水上砲戦を意識した艦ではなく、対空射撃に重点を置いた艦を配備したのだろう。
「行くぞ!」
そう言った江草は操縦桿を思いっきり前に倒して急降下を開始した。
急降下を開始したのは江草機だけではない。ここまで生き残っていた11機の「蒼龍」艦爆隊が思い思いの方向から急降下を同じタイミング開始した。
これは江草が考えた急降下爆撃の新たな形態であり、敵艦の対空砲火の分散を誘おうという狙いがあった。
「2400メートル・・・、2000メートル・・・」
江草が高度計を読み上げ始める。艦爆の爆弾投下高度は800メートルと定められていたが、万全を期すならば600メートルで投下したいところだった。
米巡の狙いが「蒼龍」艦爆隊に集中し、大量の砲弾が天高く突き上がってくる。余りの対空射撃の激しさに黒煙によって視界が全て奪われてしまう程だ。
高度1600メートルを切ったところで被弾機が出始めた。
至近距離で高角砲弾が炸裂した99艦爆がバラバラになって墜落し、水平尾翼を吹き飛ばされた99艦爆は機体の制御を失い投弾コースから大きく逸脱する。
「1200メートル・・・、1000メートル・・・。岡田、準備はいいか!」
江草は偵察員席に座っていた岡田龍斗飛曹長に声がけをした。操縦桿を握っているのは江草だったが、爆弾の投下レバーを引くのは岡田の仕事なので2人の息を合わせることが何よりも重要なのだ。
高度1000メートルを切った所で高角砲の射撃に機銃の射撃が加わった。
米巡の両舷が真っ赤に染まり、無数の青白い曳痕が真下から殺到し始めた。
曳痕の1つ1つが巨大な火の玉のように見える。米巡の対空機銃は20ミリ以上の口径のものを採用しているのかもしれなかった。
ともすれば機体を翻して上昇したい衝動に駆られるが、名誉ある「蒼龍」艦爆隊の隊長がそんなことをする訳にはいかなかった。
更に被弾機が出るが、江草の意識は99艦爆の操縦桿に集中しており、機体はなおも降下を続けていた。
そして・・・
「600!」
「てっ!」
江草が高度600メートルまで降下したことを報告し、遠藤が250キログラム爆弾の投下レバーを引いた。
必中高度で投下された渾身の250キログラム爆弾は間違いなく米巡の艦体に吸い込まれ、3番高角砲に命中した。
防御力を僅かしか持たないような高角砲が一瞬にして鉄屑に変貌し、更に2発の爆弾が米巡の艦体を抉った。
命中弾3発。
正規空母ですら大損害必至の打撃を受けた米巡の艦上は火の海となっており、あれだけ激しかった対空砲火は完全に沈黙していた。
投弾を終えた「蒼龍」艦爆隊は機体を引き起こして上昇しつつあり、その上空を横川一平少佐率いる「飛龍」艦爆隊が駆け抜けた。
敵空母は舷側が真っ赤に染め、急速転回を行っていた。
無数の曳痕が「飛龍」艦爆隊に殺到し、1機、2機と編隊から99艦爆が脱落していく。
しかし、米空母の対空射撃も全てを防ぎきることは出来ず、10機前後の99艦爆が投弾に成功する。
米空母の数カ所で断続的に爆発が起こり、飛行甲板が大きくめくり上がり、米空母はのたうち回っていた。
米空母で発生した火災の規模は非常に大きい。命中した250キログラム爆弾の内、1、2発が飛行甲板を貫通して格納庫内で炸裂したのだろう。
そして、「隼鷹」「龍驤」の攻撃隊が開けた穴から村田少佐率いる「赤城」艦攻隊が米空母を肉薄にする。
火災によって米空母の視界は極めて不明瞭なものとなっていたが、歴戦の村田が米空母を逃がす事はない。
しっかりと膝下の97艦攻全機を空母の回避運動の機動に合わせて誘導している。
やがて射点に取り付いた97艦攻が投雷し、多数の雷跡が米空母目がけて噴き伸び、その内4本が米空母の下腹を捉える。
右舷側に4本の水柱が奔騰し、米空母が大きく傾斜する。
2万トン越えの正規空母であっても片舷4本の魚雷命中は耐え難い被害にはずだ。
高度3500メートルまで上昇した江草は攻撃隊が挙げた戦果を確認した。
中央に陣取っていた米空母はいまや飛行甲板の縁までもが海水に洗われており、反対の左舷側では艦の乗員が我先にと艦から退艦しているのが確認できる。
F4Fの執拗な迎撃、米艦艇の熾烈な対空砲火によって多数の犠牲を払いはしたものの、第2次攻撃隊はそれに十分に見合うだけの戦果を挙げることに成功したのだった・・・
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