第37話 新型防空巡洋艦

1942年8月7日


「J(日本機)群多数。 20度 70海里」


 TF21ー1(第21任務部隊第1群)に所属している軽巡「アトランタ」の艦橋に、レーダーマンの報告が上げられた。


「この部隊の運命は本艦に委ねられているといっても全く過言ではない。ジャップの機体は九九艦爆ヴァルだろうが、九七艦攻ケイトだろうが全て叩き落とせ!」


 「アトランタ」の射撃指揮所にサミュエル・P・ジェンキンズ艦長の檄が飛んだ。


 「アトランタ」は防空巡洋艦として設計されたアトランタ級軽巡の1番艦だ。兵装は38口径5インチ砲12門、56口径40ミリ4連装機銃4基、エリコン20ミリ機銃6門となっており、従来の軽巡とは一線を描した設計であることを伺わせた。


「味方戦闘機、敵機と交戦中!」


 見張り員からの報告が入ってきた。


 20機~25機程度と思われる梯団が6隊。総数120~150機といったところだ。


 空中に何十条もの飛行機雲が噴き伸び、南太平洋の空を美しく彩る。「ホーネット」から出撃した直衛のF4Fがジークと渡り合っているのだ。


「100機以上の敵機に対して空母は1隻か。厳しい戦いになるな」


 そう言ったサミュエルは上空を睨み付けた。


 敵梯団の内、2隊が降下して、もう2隊が加速する。ヴァルが飛行甲板を叩き壊して、ケイトの雷撃で空母に止めを刺すつもりであろう。


 最初に砲門を開いたのは「アトランタ」ではなかった。


 輪形陣の外側に展開していたフレッチャー級駆逐艦の「ゲスト」「ベネット」が12.7センチ高角砲を振りかざし、遙かなる高みに向かって砲弾を届かせる。


 他のフレッチャー級駆逐艦も順次射撃開始し、砲音と衝撃が「アトランタ」の艦上まで伝わってくる。


 高度3500メートル付近に黒い爆煙が次々に湧き出し、煙が吹き流されるより早く、新たな高角砲弾が炸裂する。12.7センチ砲が3,4秒置きというハイペースで矢継ぎ早に砲弾を発射しているのだ。


「ヴァル1機撃墜! 更に1機撃墜!」


 見張り員からの報告が全艦に伝えられ、艦の随所から歓声が上がり、機銃座に配置されている兵などが拳を天に突き上げる。


 ヴァルに続いてケイトにも被弾機が出始めるが、攻撃機は味方の被弾・墜落を間近で見ても全く怯まない。残存全機が1群目がけて突っ込んできている。


 「アトランタ」の後方に配置されていた戦艦「コロラド」が主砲の仰角を命一杯下げて40センチ砲弾の斉射を始め、「アトランタ」にも射撃開始のタイミングがやってくる。


「射撃開始!」


 サミュエルが砲術長に下令し、一拍置いて「アトランタ」の艦上の10カ所以上から発射炎が閃く。ヴァルに狙いを定めていた5インチ高角砲が一斉に火を噴いたのだ。


 上空から見ると「アトランタ」の艦上は発射炎で埋め尽くさんばかりの勢いで赤く染め上がっており、何としても敵機を叩き落とさなければならないという執念を感じさせた。


 「アトランタ」から放たれた5インチ砲弾がヴァルの機体次々を貫く。機体の破損によって制御不能となった機体が投弾コースを離れて墜落していき、コックピットを粉砕された機体が火を噴くことなく静かに海面に叩きつけられる。


 5インチ砲弾の回避で精一杯なヴァルの間隙を突くようにしてF4Fが突進し、12.7ミリブローニング機銃を発射する。


 予想外のF4Fの攻撃を受けたヴァルがもんどり打ったように撃墜されたが、そのF4Fも次の瞬間にはジークの20ミリ弾にその機体を刻まれている。


 双方共に危険を承知で輪形陣の内部に侵入してくる戦闘機がいるのだ。


「ケイト来ます! 20機以上!」


 サミュエルが海面付近に視線を移すと、多数のケイトが「ホーネット」に一直線に迫っているのが確認できた。「アトランタ」がヴァルを相手取っている内にケイトも接近していたのだろう。


 ケイトは海面を張り付かんばかりの低高度を飛行しており、フレッチャー級から放たれた高角砲弾はことごとくケイトの上を通過している。ケイトが飛行している高度が低すぎて射撃可能範囲の死角になってしまっているのだ。


「機銃射撃開始!」


 サミュエルが再び砲術長に下令し、海面付近の低高度目がけて多数の火箭が噴き伸びる。


 投網のようにぶちまけられる機銃弾に搦め捕られたケイトが3機立て続けに海面に叩きつけられ、海面に突っ込んだケイトは程なくして荒波に飲み込まれる。


 一部のヴァルが急降下を開始した。空母を護衛している護衛艦艇が目障りと考えて無力化しようと考えた搭乗員がいたのだろう。


 輪形陣の外郭2カ所から立て続けに爆発が確認され、黒煙が天高く噴き伸びる。


「『プリングル』『スタンリー』被弾!」


 フレッチャー級駆逐艦が2隻ヴァルから投下された500ポンドクラスの爆弾を喰らってしまったようだ。


 これらの艦には自衛用の対空砲火も充実していたが、いきなり一部のヴァルが目標を空母から護衛艦艇に切り替えたことに虚をつかれてしまったのだろう。


 被弾した2隻の駆逐艦が沈没することはないとしても、艦上構造物の大半を破壊されて対空射撃の精度が著しく低下したことは誰の目から見ても明らかである。


 「アトランタ」を始めとする護衛艦艇の戦いはまだ始まったばかりであったが、この戦いが非常に厳しいものになるとサミュエルは考えざるを得なかった。

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