第38話 熾烈な攻防戦
1942年8月7日
「ヴァル8機急降下! 本艦直上!」
ヴァルに矛先を向けられたのは「プリングル」「スタンリー」の2隻だけではなかった。「アトランタ」にもヴァルがフル・スロットルを轟かせながら接近してきたのだ。
「高角砲・機銃目標、本艦上空の敵機!」
サミュエルは砲術長に射撃目標の変更を命じ、「アトランタ」の高角砲6基が一斉に新目標への砲撃を開始する。
急降下してくるヴァルの至近に次々に爆発が起き、高角砲の砲声に混じりダイブ・ブレーキの音が聞こえ始める。
サミュエルはこの音を生涯初めて聞いたが、これほど人間の恐怖心を煽るような音がこの世にあるのかと思わせるほどの音だった。
「敵1機撃墜!」
高角砲が戦果を挙げるが、彼我の距離が縮まるにつれてヴァルのダイブ・ブレーキの音が拡大してくる。
急降下してくるヴァルの高度が1500メートルを切ったところで機銃の発射音が響き始めた。「アトランタ」の装備されている40ミリ4連装機銃4基、エリコン20ミリ機銃6門が一斉に火を噴いたのだ。
「敵1・・・いや、2機撃墜!」
見張り員が弾んだ声で戦果を報告する。
高角砲弾が炸裂し、機銃弾の火箭が突き上がってきている中、ヴァルは「アトランタ」目がけて突進してくる。
ヴァルの先頭の機体の高度が800メートルを切り、もう少しで機首を引き起こして投弾するかと思われたが、その機体は投弾前に大爆発を起こして木っ端微塵に砕け散った。
40ミリ弾が燃料タンクを直撃し、誘爆を引き起こしたのだろう。
「取り舵一杯!」
「オーケイ! 取り舵一杯!」
サミュエルがヴァルの投弾を回避するべく航海長に転舵を命じ、航海長が即座に命令を復唱する。
程なくして「アトランタ」が左舷側に転舵を開始し、同時にヴァルのダイブ・ブレーキ音がエンジン音に変わった。
「アトランタ」の激しい対空射撃を切り抜けたヴァルが順次投弾を開始したのだ。
1機、2機と投弾を終えたヴァルが「アトランタ」の上空を通過し、3機目が通過したところで「アトランタ」の右舷側に長大な水柱が奔騰し、強烈な衝撃が艦艇部を突き上げた。
2発目、3発目、4発目が着弾していき、続け様の衝撃に「アトランタ」の艦体が激しく揺れ動いた。
5発目を最後にしてヴァルの投弾は終わった。
「回避成功だな」
サミュエルは「アトランタ」の状態を確認してからそう言った。5発の至近弾によって続け様に艦艇部を痛めつけられた「アトランタ」であったが、猛烈な対空射撃が功を奏して直撃弾を1発も喰らうことなくこの窮地を乗り切ったのだ。
しかし、「アトランタ」が窮地を脱したのも束の間、サミュエルの側に控えていた副長が悲鳴の声を上げた。
「『アストリア』が・・・・・!」
副長の声に反射的に反応したサミュエルが「アストリア」が航行している方向を見た。
そこには魚雷命中の衝撃で大きくのたうち回っているニューオーリンズ級重巡洋艦2番艦の姿があった。
「アトランタ」がヴァルに襲われたのと時を同じくして「アストリア」もケイトの襲撃を受けたのだろう。魚雷は右舷後部に命中したようであり、断裂口からは大量の水蒸気が噴出していた。
そして行き足を大きく鈍らせていた「アストリア」にもう1本の水柱が奔騰した。
辛うじて航行していた「アストリア」がその場でうずくまるように停止し、艦首が大きく沈み込む。
もはや誰の目から見ても「アストリア」は沈没寸前の状態であった。「アストリア」艦長のこれからのダメージコントロールの指示が誤れば最悪の事態もありえる事態だ。
このようにして護衛艦艇に次々に打撃を与えた日本軍攻撃隊は出現した対空射撃の穴から「ホーネット」目がけて突進してきた。
15機以上のヴァルが「ホーネット」目がけて急降下爆撃をかけようとしており、海面付近からも多数のケイトが「ホーネット」に接近してきている。
「ホーネット」の頭上目がけて「アトランタ」の5インチ高角砲が火を噴き、健全なフレッチャー級駆逐艦もそれに続く。
ヴァル2機が編隊から落伍し、それを合図としたかのように「ホーネット」の飛行甲板の左右から活火山を思わせるような勢いで火箭が突き上がる。
「ホーネット」も自らを守るため対空射撃を開始したのだ。
多数の火箭が逆落としに突っ込んでくるヴァルに対して集中されるが、全ての敵機を叩き落とすにはほど遠い。輪形陣が乱れたことによって命中率が低下してしまっているのかもしれなかった。
「ホーネット」が転舵を開始する。
「ホーネット」艦長メーソン大佐がヴァル・ケイトの攻撃を回避すべく転舵を命じたのだろう。
ヴァル1番機が機首を引き起こし、後続機もそれに倣う。
最初の1発目は「ホーネット」の右舷側海面で水柱を奔騰させるだけに終わり、2、3発目も外れる。
(全部回避できるか?)
サミュエルが心の中で一抹の希望を持ったとき、「ホーネット」の飛行甲板に爆発光が光り、巨大な火焔が踊った。
「ホーネット」は直撃弾を喰らってしまったのだ。
「ホーネット」の必死の回避運動虚しく直撃弾はなおも続く。
飛行甲板の前縁、艦橋付近、左舷4番高角砲付近、後甲板に直撃弾炸裂の閃光が走り、「ホーネット」の巨体が大きく震える。
そして、態勢を整える間も与えられずに射点位置に入ったケイトが次々に投雷したのだった・・・
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