第36話 攻撃隊発進

1942年8月7日


 戦機が訪れたのは8月7日のことであった。


 マリアナ諸島・グアムから出撃した第1航空艦隊は平均16ノットの速度で航行を続け、7日の夜明けにはパプア半島ラビ東400海里の所まで進出していた。


 6隻の空母、第3戦隊、第8戦隊からは夜明けと共に多数の索敵機が発進しており、出現が予想されている米機動部隊の発見に努めていた。索敵機の総数は97艦攻22機、水偵14機であり、1航艦が索敵に力を入れている事を伺わせた。


「第2戦隊の助力は心強い限りだな」


 1航艦司令長官の南雲忠一中将は旗艦「赤城」の艦橋から第2戦隊の「伊勢」「日向」を見下ろしていた。この2隻の戦艦はポートモレスビーへの艦砲射撃に参加した艦であり、トラック環礁で燃料・弾薬の補給後に1航艦に合流したのだ。


「『伊勢』『日向』の2隻は呉で対空砲火が大幅に強化されています。新時代に対応しつつある伊勢型戦艦の価値を見定めるには良い機会でしょう」


 参謀長の草鹿龍之介少将が南雲に話しかけた。


「そういえば、真珠湾攻撃よりも空母の護衛艦艇が1.5倍くらい増強されていますな」


「私がGF司令部と直接交渉して護衛艦艇を増やして貰ったのだよ。といってもポートモレスビーの艦砲射撃に参加した部隊のお下がりしか貰うことが出来なかったが・・・」


 草鹿が部隊の編成の違いに今更ながら気づき、南雲が情報を補足した。


 南雲は5月の珊瑚海海戦の戦闘詳報を入念に分析し、GF司令部に1航艦の護衛艦艇の増強を具申したのだ。


 当初は艦艇に全く余裕がないという理由で南雲の具申は却下されたが、あきらめず軍令部なども巻き込んで交渉を継続し、何とか艦艇の増強に成功した。それでも十分とは言えなかったが、心強い増援である事は違いなかった。


「第1次攻撃隊の準備は進んでいるかね?」


「はい。直衛専任艦の『瑞鳳』以外の5隻の空母では攻撃隊の準備が始まっているとの報告が入ってきています。1時間半後には攻撃隊を発進させることが出来るでしょう」


 1航戦の「赤城」からは零戦12機、99艦爆18機。2航戦の「蒼龍」「飛龍」からは零戦18機、97艦攻36機。4航戦の「隼鷹」「龍驤」からは零戦16機、99艦爆18機、97艦攻9機。


 締めて127機が第1次攻撃隊の陣容だ。空母部隊の再編によって真珠湾攻撃時よりも搭乗員の全体的な練度は低下していたが、敵空母1、2隻を撃沈するには十分過ぎる機数であった。


 そしてこのタイミングで索敵に出ていた「飛龍」の97艦攻から「敵艦隊発見」の報告が飛び込んできた。


「敵艦隊発見。空母1、戦艦1、巡洋艦、駆逐艦多数」


「空母1隻か・・・。敵機動部隊は分散して行動しているのか?」


 索敵機からの報告を聞いた南雲が思案顔になった。GF司令部からの事前情報によると出現が予想される米機動部隊の兵力は空母3隻乃至4隻、戦艦3隻乃至4隻、巡洋艦5隻以上、駆逐艦10隻以上となっており、今発見された部隊とは数が食い違い過ぎるからだ。


「同様の部隊があと1、2隊はいると考えた方が無難でしょう。我が方の攻撃隊を分散させることが米軍の目的であるように本官は考えます」


 少し考えた後に草鹿が私見を述べた。草鹿も南雲と同じく発見された米機動部隊の規模が小さすぎると思ったのだろう。


「・・・位置はポートモレスビー南40海里」


 続報が入ってくる。報告がまばらに入ってくる事を考えると索敵機の97艦攻はF4Fに追いかけ回されながら索敵を行っているのかもしれなかった。97艦攻搭乗員の犠牲的精神は凄まじいものがある。


「攻撃隊は全て1部隊に集中させたほうがいいかな?」


 南雲が草鹿に相談を持ちかけた。空母1隻という獲物に対して100機以上の攻撃隊は過剰に過ぎると南雲は考えたのかもしれなかった。


「米空母が1隻しか含まれないからといって攻撃隊を分散させるのは悪手です。半分の60機では確実に米空母を撃沈できる保証はありません。米機動部隊が分散して展開しているのなら我が部隊はそれを逆手に取って各個撃破を目指すべきです」


 草鹿が攻撃隊の集中を主張し、南雲がそれに頷いた。


「参謀長の意見でいこう。攻撃隊発進まで潜水艦の出現に注意するように」


 そう言った南雲は草鹿に後を任せて艦橋から出て行った。おそらく出撃を目前に控えている搭乗員達を励ますために搭乗員控え室に向かったのであろう。普段から搭乗員との対話を重視する南雲は攻撃隊出撃前の重要な時間を搭乗員達のために裂きたかったのだ。


 そして、1時間半後・・・


「搭乗員整列!」


 「赤城」の飛行甲板に鋭い声が轟き、飛行長の西川優中佐が令達台に立った。


 飛行長の前に整列した搭乗員達が直立不動の姿勢を取り、他の下士官や兵も同じく直立不動の姿勢を取った。


 西川の話は3分程度で終わり、最後の「敬礼!」を合図として搭乗員達が各々の愛機に向かって一斉に走り出す。


 艦戦隊の零戦の1番機がフル・スロットルの爆音を轟かせ、飛行甲板の縁を蹴って離陸していく。


 攻撃隊の出撃が終了し、付近の海面に静寂が戻ったのは15分後の事であった。


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