第10話 波状雷撃

 伊号潜水艦による雷撃はこの時点で一区切りを迎えていたが(伊号潜水艦は魚雷の次発装填中)、間髪を入れる事無く、「千歳」「千代田」に搭載されていた特殊潜航艇「甲標的」による攻撃が始まろうとしていた。


甲標的(特殊潜航艇)

兵装 45センチ魚雷発射管2門 

速力 浮上時 23ノット、潜航時 19ノット

乗員 30名


 甲標的は日本海軍で最初に開発された特殊潜航艇である。開発当初は洋上襲撃を企図して設計され、真珠湾で戦果を挙げたことも相まって、この兵器にはGF司令部を始め多数の海軍高官が期待を寄せている兵器であった。


 今は「千歳」「千代田」に搭載されている甲標的24隻の半数に当たる12隻が出撃しており、後続の12隻もまもなく海域に姿を現すはずであった。


「浮上用意。潜望鏡準備。輸送船団はこの上にうじゃうじゃいるはずだ」


 甲標的の狭苦しい艇内に艇長の増田利通大尉の声が響いた。


「どれどれ・・・」


 海面上に浮上したであろう潜望鏡に目を押し当て、増田は海面の様子をつぶさに確認した。


 既に敵輸送船団の内何隻かが艦を停止させている。おそらく先に雷撃を開始した伊号潜水艦部隊が戦果を挙げたのだろう。


「おや・・・?」


 増田は奇妙な物を発見した。


 艦の乗っけられている平べったい構造物。まさしく空母である。


 輸送を軽視する日本海軍の常識では到底考えられない事であったが、米軍は輸送船団の護衛に空母をかり出しているのだろう。


 空母の存在を発見した増田は全身の血が沸き立つような感覚に襲われた。潜水艦乗りは戦艦・空母といった大物を狙いたがる傾向があり、増田も決してその例外ではないからだ。


「潜望鏡下げろ。右舷前方にいる米空母を肉薄にして魚雷発射するぞ。通常は1本ずつの発射だが、今回は2本同時にぶち込む」


「第9艦隊の司令部からは極力敵の輸送船を狙うように指示されていたはずでしたが、それはいいのですか?」


 後ろに座っていた大平正芳少尉が増田に疑問を投げかけたが、増田は屁理屈で答えた。


「大平少尉考えてみたまえ。あの米空母が輸送船団の中核を成している事は間違いない。そう考えると、その空母を撃沈して他の甲標的の雷撃を助けるという考えは非常に理に叶っていると本官は考える」


「本艦達の後続にも12隻の甲標的が控えている事だし問題あるまい」


(・・・ふっふっふ。ここで米空母1隻の撃沈に成功したら昇進は間違いないわ。次は必ず伊号潜水艦の艦長になってやる)


 自分のこれからの事に関して妄想を広げていた増田だったが、まずは敵空母に魚雷を命中させ、尚且つこの海域から生還することが先決であった。


「速度10ノット!」


「速度10ノット。宜候!」


 増田が指示を飛ばし、甲標的が10ノットの速度で米空母に対して接近を開始した。


 ここで海面下の話から海面上の話に移る。


 この時、増田・大平が座乗している甲標的に狙いを定められた米護衛空母「ロングアイランド」は自身が狙われている事など夢にも思っていなかった。なので当然、甲標的の接近に誰一人として気付いている者はいないという有様であった。


「沈没艦の救助に駆逐艦を手配しろ! 先程雷撃を仕掛けてきた日本海軍の潜水艦群はまだ次発装填を行っている最中のはずだ。急げ!!」


 「ロングアイランド」艦長のディアン・B・ホールト大佐は汗をかきながら各方面に命令を飛ばしていた。


 「ロングアイランド」の艦長とこの輸送船団の指揮官を兼任しているホールトは輸送船数隻が沈められてしまった今、とんでもないほどの焦燥に駆られていた。


「被雷した軽巡『オハマ』から報告です。『本艦被雷1。出し得る速力11ノット。離脱許可を求む』」


「駆逐艦『エバール』沈没の模様!」


 「ロングアイランド」の副長であるマイク中佐が新たな報告を上げ、艦外で見張り任務についていた見張り員から悲報が飛び込む。


「・・・『オハマ』に離脱を許可すると伝えよ。離脱進路は任せる」


「『エバール』乗員の救助には駆逐艦2隻を割り当てろ。1隻では足りんかもしれん」


 ホールトは唇を噛みしめた。軽巡1隻、駆逐艦1隻の戦線離脱は手痛い事この上無かったが、「エバール」が海面下に没し、「オハマ」も満身創痍だという事を考えると致し方がなかった。


「それから各艦に救助された沈没艦乗員に関してだ・・・」


 ホールトが新たな命令を出そうとしたが、それは見張り員からの新たな報告によって遮られた。


「本艦後方より雷跡2! 敵潜水艦がまだ潜んでいたものと思われます!」


 見張り員の声hもはや絶叫を通り越しており、しばらくは敵潜水艦も雷撃を仕掛けてこないだろうと読んでいたホールトも激しく狼狽した。


「なっ、何!!? まだいたのか!」


「艦長転舵です!」


「おっ、おう!!! 取り舵一杯!」


 ホールトよりは幾分か冷静さを保っていた副長のマイクに指摘され、ホールトは転舵を命じた。


 「ロングアイランド」はすぐには艦首を振らない。


 「ロングアイランド」は護衛空母に分類される艦であり、空母の中では比較的小型艦ではあったが、それでも基準排水量14000トンに迫る巨艦だ。舵が利き始めるまでにはどうしても時間がかかってしまう。


 最大速力20ノット弱しか出せない「ロングアイランド」に対して敵潜水艦が放った魚雷は優に40ノット以上ぼ速力で追いすがってくる。


「まずい、まずい、まずい・・・」


 艦橋から身を乗り出して海面下を確認していた、ホールトはいやな予感に身を蝕まれながらも輸送船団の司令官として自我を保とうとしていたがそれも限界に近かった。


 数十秒後には「ロングアイランド」とホールトの運命も決している訳だが、その時に「ロングアイランド」が海面に浮かんでいるかはまさに神のみぞ知る事であった・・・


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