第11話 急な要請


 午後5時を回り、真っ赤な夕日がT44輸送船団の惨状を照らし出した。


 既に横転し、艦の下腹をさらけ出している輸送船。命中した魚雷によって艦の命とも呼べる竜骨を粉砕されていびつな形に曲がっている駆逐艦。そして、大量の浸水と、魚雷命中時の弾火薬庫の誘爆によって今なお大火災を起こして黒煙を盛大に噴き上げている護衛空母。


 海上に現出した地獄とも思える光景がそこに現出していたのだった。


 そしてT44が受けた被害はそのまま日本軍の戦果として各部隊に既に通知されていた。


「敵小型空母1隻、駆逐艦4隻、輸送船11隻撃沈確実。敵小型空母1隻、巡洋艦1隻、駆逐艦3隻、輸送船9隻撃破!」


「空前の大成功か。大作戦の第1歩は順調な滑り出しのようだな」


 「大鷹」艦長の高次貫一大佐は満足そうに頷いた。


 ちなみに「大鷹」の現在位置は、ラバウルに航空機を届け終わった後の復路のトラック環礁春島錨地であり、「大鷹」は空荷の状態であった。


「潜水艦部隊が大打撃を与えたこの船団は元々ポートモレスビーに物資を送るはずの輸送船団でしたから、ポートモレスビーの米軍部隊はこれからしばらくの間物資不足に悩まされる事になりますな・・・」


 「大鷹」副長の岸田道弘中佐がこれから起こるであろう事を予測し、高次もそれに同意した。


「だな。油がなければ航空機や戦車を動かすことも出来ないし、食料や医薬品が欠乏してしまったら部隊を維持することすら難しくなるからな」


「近々ポートモレスビーの米軍機がラバウルの我が方の航空基地に向かって空襲を開始するのではないかという予想が立っていましたが、しばらく先送りですな」


「先送りどころか、今度は逆の立場だ。GF司令部はこうなることを予め予見してラバウルの第24航空戦隊に多数の零戦・攻撃機を増強していたのだろう」


 重要なことを高次が指摘し、岸田があっ、となった。


「郡山の奴(第24航空戦隊司令郡山拓斗少将)は隠していたが、ラバウル航空隊の急激な戦力増強の裏には今回の潜水艦部隊の戦いが大きく関与していると考えて間違いあるまい」


「・・・だがなぁ。この輸送船団は取りあえず阻止することに成功したが、米軍の生産能力を考えると1ヶ月後には新しい輸送船団を仕立ててくるはずだ。ラバウル航空隊が攻撃のチャンスを掴むためには、後続の輸送船団も容赦なく叩きつぶさにゃならん」


「潜水艦部隊がまた出撃するのですか?」


「いや、今回の戦いで撃沈されてしまった潜水艦をいるだろうし、潜水艦の整備を考えるとそんなに無茶はできん。それな・・・」


 ここまで言った所で高次の背中に悪寒が走った。たった今自分の頭の中で浮かび上がってきたある可能性が妙に現実性を帯びているなと感じたからだ。


 しかも、その可能性は前線嫌いの高次にとっては最悪の可能性だった。


「・・・?」


 急に話すのをやめた高次に対して岸田が首を傾げて口を開こうとしたが、それを通信兵の報告が遮った。


「艦長、副長、トラック環礁の第4艦隊司令部に出頭命令です。」



 30分後、高次と岸田は第4艦隊司令部の長官室で雁首を揃えていた。岸田は何で呼ばれたのかが分からないといった様子であったが、一方の高次は対照的に何かを覚悟しているような険しい顔になっていた。


「何のご用件でしょうか。井上長官」


 高次が第4艦隊司令長官の井上成美中将に静かな声で問いかけた。心なしか声は固い。


 井上が鷹揚な態度で高次の質問に答えた。


「現時刻をもって『大鷹』の輸送任務は解除され、『大鷹』は第4艦隊所属となる」


「・・・」


「・・・で、我々に新しい任務は何ですかな? 『大鷹』は第1線でバリバリに活躍できるようなフネではありませんが」


 高次が暗に釘を刺したが・・・


「『大鷹』には次の輸送船団撃滅任務にラバウルの航空隊と共に参加してもらいたい」


 井上の口から出てきたのは高次が最も回避したい話であった。


「・・・2つ程確認したい事があるのですが良いでしょうか?」


「いいぞ」


 井上が高次が質問を投げかける事を許可した。


「一つ目、任務に参加する際の『大鷹』の搭載機はどうなるのか。二つ目、何故ラバウルに大兵力が展開しているこの状況下で『大鷹』の助太刀が必要なのかについてです。輸送船を攻撃するだけならラバウルに展開している攻撃機だけで十分なはずです」


「うんうん」


 井上が高次の質問は最もだと言わんばかりに頷いた。


「まず、今作戦での『大鷹』の搭載機は零戦7機、97艦攻13機の合計20機になる予定だ。」


 井上の側に控えていた参謀長の飯田久恒大佐が高次の一つ目の質問に答えた。


「私も今回の作戦での『大鷹』の参戦は必要ないと考えていたのだが、GF長官の山本大将自らが『大鷹』の参戦を決めたのだよ」


 飯田の話を引き継ぐようにして井上が以外な事を言った。


 どうやら此度の「大鷹」の輸送船寸断作戦の参加はGF長官御自らの要請の用だった。


「・・・分かりました。本官なりに山本長官の意図には心当たりがありますし」


「頼んだぞ、高次艦長。岸田副長」


「はっ!」


 高次と岸田は敬礼した。前線には極力出たくない高次だったが、山本長官からの出撃要請とあっては腹を括るしかなかった。


 次の敵輸送船団の出現予想日時から逆算すると、後3週間程度しか余裕がなかったため、急いで出撃準備を整える必要があった。


 この大戦で初めてとなる「大鷹」の戦線参加である。戦いがどのような物になるかはまだ分からなかったが、参加が確定した以上は本分を尽くすのみであった。



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