第9話 最初の一撃

 珊瑚海、5月に日米機動部隊が激突した海域を航行している米軍の輸送船団の一団がいた。


 護衛空母2隻、軽巡2隻、駆逐艦10隻、輸送船44隻で構成されたT38輸送船団である。


 この輸送船団にはポートモレスビーに大量の物資を確実に陸揚げすることが求められており、輸送船団に張り付いている護衛艦艇の数も豪勢なものであった。


「いや、暇だな。何事もない太平洋の航海がこんなに暇な物とは全く思っていなかったよ。陸軍よりも海軍の方が死亡率が低いと聞いてこっちに志願したが、失敗したかもな・・・」


 駆逐艦「グリーブス」の12.7ミリ機銃の射手を担当しているランドール二等兵曹は機銃にもたれかかりながら海面を見つめていた。ランドールは今回の任務が初陣となる新米兵であり、最初の内は緊張していたが、航海が日数を重ねる内に緊張が解けてしまっていたのだ。


「だが、今航行している珊瑚海は5月に我が軍と日本軍の機動部隊が派手にやり合った場所だ。いつ敵が現れてもおかしくないぞ。座ってないで立て!」


 ランドールの上司に当たるダンカン兵曹長がランドールに対して喝を入れた。


「立って見張り員の真似事なんかやっても、敵なんて現れっこありませんよ。無駄な体力を使うのはよしましょう。まだ航海も長い事で・・・」


 ランドールがそう言いかけた直後、船団の周囲が不意に騒がしくなり始めた。


「・・・?」


 ただならぬ気配を感じたランドールが立ち上がり、ダンカンの顔も強ばっていた。


 次の瞬間、ランドールは生涯初めて目撃した魚雷命中の瞬間に息を飲んだ。


 この直前まで、「グリーブス」の右舷側を悠然と航行していた輸送船1隻の舷側に長大な水柱が奔騰し、輸送船の速力が急激に低下したのだ。


「潜水艦!!!」


「海面に向かって機銃掃射せよ! 撃ちまくれ!」


 ランドールが叫び、ダンカンが敵潜水艦がいると思われる海面への機銃掃射を即座に命じた。


 「グリーブス」よりも僅かに早く、付近にいた「ニブラック」「リバァモア」といった駆逐艦も12.7ミリ機銃の斉射を開始するが、機銃弾が海面に殺到するよりも早く、次の惨劇が起きた。


 今度は「グリーブス」の左舷を航行していた輸送船1隻の水面下を2本の魚雷が食い破った。


 戦闘艦とは違い水面下の防御など全く考えられていない輸送船には到底耐えられる打撃ではなく、その輸送船は早くも船の上甲板が水に漬かっている有様であった。


 出現した日本軍の潜水艦は1隻だけではない。複数の潜水艦がこのT38輸送船団を狙ってきているのだ。


「くそ、くそ、クソが!」


 ランドールは喚きながら、12.7ミリ機銃の引き金を引いた。


 12.7ミリ機銃の銃口に重々しい発射炎が閃き、連射音が響き渡る。


 射撃を行っているのはランドールが担当している機銃座だけではない。「グリーブス」に装備されている10基の12.7ミリ機銃の全てが銃弾を吐き出しており、主砲の5インチ単装砲も機銃座に負けじとばかりに砲撃を開始する。


 輸送船団に張り付いている護衛艦が総出で海面に機銃弾を間断なく撃ち込んでいる様は端から見ると壮観そのものであった。しかし、ランドールの期待に反して敵潜水艦撃沈の報告がもたらされることはなかった。


 機銃弾の雨霰は空しくかいめんに小さい水柱を吹き上げるのみだ。


 輸送船団の動きに乱れが生じた。


 輸送船2隻の被雷を目の当たりにした他の輸送船が、魚雷の恐怖に怯えて、思い思いの方向に転舵を開始したのだ。


 通常こういう時には、船団旗艦から転舵の指示が出されるはずだったが、潜水艦の突然の襲来に命令系統が混乱してしまっているのだろう。


「あっ、危ない!」


 鈍い音が木霊した。


 2隻の輸送船が衝突してしまった光景を見て、ランドールが再び叫んだ。輸送船が手前勝手に転舵を開始したため、衝突事故が起こったのだ。


 ランドールの背後から炸裂音が届いた。


 ランドールが反射的に後ろを向くと、軽巡「オハマ」が苦悶したようにのた打ち、海面付近からは多数の水蒸気が発生していた。


 遂に輸送船だけではなく戦闘艦にも損害が出てしまったのだ。魚雷1本を被雷した「オハマ」の生還確率は五分五分といった所であろう。


「『エバール』被雷! 速力急減!」


「本艦前方を航行している輸送船1隻新たに被雷しました!」


 見張り員によって次々に被害状況が報告され、ランドールとダンカンもその被害状況は確認していた。


「敵潜水艦の襲来規模は4~5隻くらいだな・・・」


 味方艦艇の被害状況を観察していたダンカンは冷静に分析していた。


 なるほど。5隻の艦が被雷したことを勘案すると確かに敵潜水艦部隊の襲撃規模は4~5隻位だと予想できる。


 不意に「グリーブス」の艦首が右に振られた。


 海面下に網を張っているソナー室からの報告によって敵潜水艦の位置の特定に成功し、艦長のビルナップ少佐が敵潜水艦の真上から爆雷を投下すべく転舵を命じたのだろう。


 「グリーブス」の後部から爆雷が連続して投下され、水中から断続的に炸裂音が轟いた。


 そして、3分ほど爆雷を投下し続けたところで、爆雷の炸裂音のそれとは明らかに異なる音が聞こえてきた。


 「グリーブス」が投下した爆雷が敵潜水艦を水圧から守っている外殻を破壊したのだ。「グリーブス」は敵潜水艦1隻の撃沈に成功したと判断できる。


「よし!」


 ランドールが自艦が挙げた戦果に歓喜した。


「まだだ、敵潜水艦から輸送船を1隻でも多く守り切る事が俺達の務めだからな」


 ダンカンが盛り上がるランドールを戒めた。


 そう、この敵潜水艦1隻の撃沈は、果てしなく続き、いつ終わるともしれない今回の戦いのほんの幕開けに過ぎなかったのだった・・・










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