第2章 輸送線寸断

第8話 潜水艦部隊出撃


 日本海軍の潜水艦部隊が根城にしているトラック環礁の夏島錨地では、物資の詰め込みと各種弾薬の搬入作業が乗員総出で行われている真っ最中であった。


 現在、出撃準備に取りかかっている潜水艦は以下の5隻。


①伊7号潜水艦(町田裕太中佐)

②伊8号潜水艦(安本航中佐)

③伊21号潜水艦(加藤信久中佐)

④伊24号潜水艦(藤井勇気中佐)

⑤伊25号潜水艦(鴻修身中佐)     カッコ内は艦長名


「中部太平洋で敵の主力艦を撃沈することを念頭に設計された伊号潜水艦が輸送船の攻撃に回されるとは時代も大きく変わったな」


「まあ、大して変わらないでしょう。敵の戦力を漸減するという点では何ら変わりはありませんし」


「時代というのは移り変わるものだろ。海軍の主力の座が戦艦から空母に移ったように」


 町田、安本、加藤の3艦長は桟橋の上で出撃準備作業を監督しながら、会話を交えていた。潜水艦乗りというのは一度海面下に潜行してしまうと、それからは一切連絡を取り合うことが出来ないため、出撃前に艦長達が顔を合わせているのだった。


「それで、今度の作戦について実際の所どう思う?」


 安本が2人に対して疑問提起をした。


「『トラックに配置されている潜水艦全艦はポートモレスビーを目指している米輸送船を撃沈せよ』との指令だったが、そうそう上手くはいかないだろうなぁ」


「敵輸送船団の規模は常時40隻以上であり、それに多数の護衛艦が付いていると考えると確かに難しい命令かもしれないが、面白い戦いになると思うぞ?」


 町田は少し消極的な意見を述べたが、対する加藤はこれから起こるであろう事に対して、年端のいかない子供の様にワクワクしている様子だった。


 確かに日本海軍の潜水艦が敵の商船を攻撃したという前例は確認される限りではほとんど無かった。なので加藤の言うとおり、今回の輸送船攻撃命令を奇貨として新たな潜水艦の可能性が発見されるかもしれないのも事実であった。


「それにこのトラック環礁の状況を鑑みると、この作戦は潜水艦の攻撃だけの単発だけでは終わらないということはお前達にも分かるであろう」


 安本が話を続けた。


 安本の以外な発言に残りの2人は虚を突かれたような顔になった。2人とも自分達の潜水艦の事に関してしか意識を配ることが出来ていなかったからだ。


 安本の言うとおり、トラック環礁でも一つの異変が起きていた。


 艦隊用の重油の備蓄量がこの直近2週間で著しく増大していたのだ。明らかにこのトラック環礁に戦艦・空母を中心とした大規模艦隊が派遣されてくる前触れであった。


 安本はその事を指摘したのだ。


「それとラバウルの航空隊の連中が著しく増強されている。このトラック環礁に展開していた飛行隊からも相当数が抽出されたはずだ」


 これも鋭い指摘だ。


 ここまで言えば、町田と加藤の2人にも安本が言わんとしていることが徐々に理解でき始めていた。


「・・・成る程な」


 町田が納得したように呟き、加藤も頷いた。


「・・・でっ、各潜水艦の航海路はどうする? ある程度事に決めておかないと効率的に戦果を挙げることができないからな」


「右回り航路1隻、左側航路1隻、直進航路3隻で良いだろ」


「分かった」


「藤井と鴻にも伝えておくよ」


 町田の提案に2人が了解し、この話し合いはお開きとなった。



「第2駆逐隊、出撃します!」


 甲標的母艦であり、艦隊の旗艦でもある「千歳」の艦橋に報告が上げられた。


 「千歳」艦長古川保大佐は右舷側の海面を双眼鏡越しに見つめた。


 第2駆逐隊の「村雨」「夕立」「春雨」「五月雨」がゆっくりと動き出していた。


 この4隻は1934年から竣工し始めた白露型に属する駆逐艦であり、最新鋭の陽炎型では無かった。しかし、この部隊に配属されている唯一の駆逐隊である事には間違いなく、最も頼るべき戦力であった。


 トラック環礁の湾口には多数の97艦攻が飛来しており、潜水艦に目を光らしていた。トラック環礁の基地航空隊の配慮には感謝しなくてはなるまい。


「第17戦隊出撃だ」


「錨上げ! 両舷前進微速!」


 第9艦隊司令長官の鬼瓦猛少将が重々しい声で命令し、古川が下令した。


 「千歳」の鼓動が高まるのが感じられる。「千歳」に搭載されている艦本式タービン2基が力強い咆哮を上げ始めたのだ。


 「千歳」がゆっくりと動き出し、艦橋に新たな報告が上げられる。


「『千代田』出港します! 本艦に後続!」


 「千歳」の同型艦である「千代田」が動き出したのだ。「千代田」艦長原田覚大佐も「千歳」の動きを見て出撃命令を出したのだろう。


第9艦隊の全戦力は以下の通りだった。

第17戦隊「千歳」「千代田」

第2駆逐隊「村雨」「夕立」「春雨」「五月雨」


(さぁて、この作戦は吉と出るか、それとも凶と出るか・・・。どちらにしろ甲標的の連中には苦労をかけることになるな)


 鬼瓦は腹の中で静かに呟いた。その名前とは裏腹に鬼瓦は繊細な性格をしているのだ。


 鬼瓦に作戦のあらましが伝えられたのは4日前のことだった。

 

 作戦自体は極めて単純だ。


「トラック環礁から出撃する伊号潜水艦と連動して敵輸送船団を撃滅せよ」である。


 命令を受けたときに鬼瓦は内心勘弁してくれよと思った。甲標的という小型潜水艦もどきの戦力は既に真珠湾攻撃に投入された実績があるが、何と全艦が未帰還となってしまったのだ。


 甲標的の1隻が真珠湾に停泊していた戦艦「オクラホマ」に魚雷2本を命中させたという未確認情報があるが、それでも戦果と損害というものが釣り合っていない。


 鬼瓦はそのような兵器を再び戦線に投入することに非常に憂慮していたのだった・・・


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日本海軍潜水艦部隊が主役となる第2章開幕です。


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霊凰より





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