第7話 米軍の標的


 5月28日、クエゼリン環礁に居住していた先住民達は一斉に仰天する羽目になった。何事が起こったのかを確認するために、港には多数の人々が詰めかけており、混乱の度合いが増しつつあった。


 港からけたたましいサイレンが鳴り、一人の人物が赤い旗を大きく振り回した。


 先住民達は知り得なかったが、艦隊入港の合図であった。


 最初に入港してきたのは、艦上にがっしりとした箱型の構造物を持つ重巡洋艦だ。3基の8インチ3連装砲塔は天を睨んでおり、艦の両舷に所狭しと12.7ミリ単装機銃が並んでいた。


 ノーザプトン級重巡洋艦「ノーザプトン」「インディアナポリス」、ニューオーリンズ級重巡洋艦「ニューオーリンズ」「アストリア」の4隻だ。


 そのいずれもが1930年代の前半に竣工した艦であり、決して新鋭艦という訳では無い。しかし、その存在感は抜群であり、日本軍を撃退するための戦力として大いに期待がかけられていた艨艟達だった。


 その後ろから、航空機が海軍の主力となった時代に対応した軍艦が2隻現れた。


 艦の中央には高角砲の5インチ連装砲が6基配されており、40ミリ機銃や20ミリ機銃といった口径の小さい火器も豊富に搭載されていた。


 その艦容から考えるに、敵艦との砲戦で打ち勝つことよりも、自艦の対空火器で敵機をたたき落とすことに重点を置かれているという事が分かる。


 1941年の終わりから1942年の始めにかけて順次竣工しつつあるアトランタ級軽巡洋艦の1、2番艦に当たる「アトランタ」「ジュノー」である。


 不意に湾口の様子を観察していた先住民達の間でざわめきが起こった。


 先に入港してきた6隻の巡洋艦とは対照的な、重病人を無理矢理叩き起こしたというに相応しい艦が入港してきたからだ。


 珊瑚海海戦で大破した後、真珠湾で数日間の突貫工事を実施されただけで再び前線にぶち込まれた航空母艦の「ヨークタウン」だ。


 まだ修理は完全に完了したわけではなく、艦内各所では未だに多数の民間人の工員が修理を行っている、てんやわんやな状態だった。


 その後、3隻の航空母艦、多数の駆逐艦が更に入港し、最後に入港してきたのは、戦前までは紛れもない海軍の象徴として君臨していた戦艦がゆっくりと入港してきた。


 真珠湾の恥をすすがんとの思いで燃えている「メリーランド」「テネシー」と、大西洋から助っ人として回されてきた「コロラド」の合計3隻だ。


 3隻とも近代化改装によって戦力としての価値が高まっており、その巨砲も砲声をとどろかせる瞬間を今か今かと心待ちにしているように感じられた。


 やがて、各艦は錨を降ろし、クエゼリン環礁の港に停泊した。



 5月7日の珊瑚海海戦からまだ1ヶ月と経過していないにも関わらず、南太平洋の戦機は再び急速に熟しつつあった。


 辛うじて死守したポートモレスビーには、米海軍のF4Fやドーントレスが既に80機程度展開し、日本軍の攻勢に備えていたが、対する日本軍側もラバウルの基地航空隊の戦力を大幅に増強していた。


 ラバウルへの強行偵察を行った偵察機からの報告によると、あろうことか、鹵獲されたF4FやB17まで展開しているという状況だった。


 その他にも日本軍の潜水艦部隊の活動が活発化したり、日本海軍内での通信量が増大しているといった事実も確認されていた。


 このように米軍は事前の情報収集に余念がなく、情報戦で日本軍よりも優位に立っていると思われたが、米主力艦隊のクエゼリン環礁入港もまた日本軍に筒抜けになってしまっていた。


 クエゼリン環礁の米主力艦隊を発見したのは伊号潜水艦に属する潜水艦の1隻である伊26号潜水艦であった。


 今年の1月に米正規空母「サラトガ」に魚雷2本命中の戦果を挙げた艦であり、帝国海軍の潜水艦部隊の中でも希望の星と言われていた艦だった。


「空母が4隻、戦艦が3隻、それ以下の艦が多数か・・・。そろそろ米軍も動き出すな」


 伊26号潜水艦艦長横田稔中佐は潜望鏡越しに確認される米海軍主力艦隊の陣容を入念に観察している最中だった。


「クエゼリン環礁に米海軍が入港するかもしれないから網を張って待ち構えるという艦長の判断は正に的を射ていましたな」


 副長の高市相馬少佐が横田の事を手放しに賞賛したが、当の横田は慢心することなくこう言った。


「副長、ここは潜水艦にとっては逃げ場所が少ない湾口である。気を抜かないように。海の藻屑になってから後悔しても遅いのだよ」


「はっ! 失礼いたしました!」


 高市は直立不動の姿勢で敬礼した。


「魚雷調整室より艦長。魚雷の発射準備完了。発射ヨロシキヤ?」


「艦長より魚雷調整室。今は敵艦に損害を与えることよりもGF司令部に敵状を知らせることの方が優先される。魚雷発射はしない」


 目の前に戦艦・空母といった大物の艦艇が多数存在しているのにも関わらず横田は偵察任務に徹するつもりなのだ。ベテランの横田はどこまで行っても冷静そのものである。


「よし、もういいな」


 米海軍の艦艇をあらかた確認し終えた横田は潜望鏡から目を離して、潜望鏡を海面下に引っ込めた。


「取り舵30度! 離脱する!」


 敵状の偵察を終えた伊26は程なくしてクエゼリン環礁の湾口を離脱していったのだった・・・


 このように、次なる決戦がまだ始まっていないのにも関わらず、南太平洋では多数の艦の思惑が絡み合ってた。


 そして、日本海軍の次期作戦である「角1号作戦」、別名「倭寇作戦」の第1段目が発令されるまであと1週間を切っていたのだった。








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