第6話 ラバウル航空隊
1
度重なる潜水艦の襲撃に大いに悩まされたものの、1日半後に「大鷹」と6隻の海防艦で編成された航空機輸送部隊は無事目的地に到着した。
「大鷹」が航空機を輸送した先は、中部太平洋の要衝、パプアニューギニア島・ラバウルである。
1942年の1月24日に日本軍が完全占領を宣言したこの地は活況に満ち満ちていた。ラバウルに存在している3カ所の飛行場には第24航空戦隊の零戦、99艦爆などの機体が多数展開しており、日本中からかき集められた技量優秀たる搭乗員達が配置されていた。
これほど充実した飛行場は内地にも存在しないのではないかと思わせるほどだった。
「いやいや、随分と盛況な事で。本艦の輸送分の航空機はいらなかったのじゃないか?」
「大鷹」からラバウルの大地に上陸した高次は第24航空戦隊司令の郡山拓斗少将に気安い感じで話しかけた。
高次は大佐で郡山は少将と、2人の間には階級差が存在していたが海軍学校では同期であったため、このような口調になっているのだ。
「馬鹿言え。これから新たな大作戦が始まろうとしているのだ。追加の航空機を一機でも多く欲している心境だよ」
「ふ~ん。予想は当たった様だな」
「あっ」
高次の物言いに郡山は思わず口を滑らしてしまった。海軍士官たる者決して部外者に近々実施されるであろう作戦の存在を口走るなどあってはならないのである。
「いっ、いや、作戦の詳細までは話していないから大丈夫だ!」
そう言いつつ郡山は周囲をキョロキョロと見渡した。連合国のスパイの存在でも気にしているのだろうか。
「でっ、実際の所どんな感じなんだ?」
「お前俺の話聞いてた?」
何かと首を突っ込んでくる高次に対して郡山はペースを持って行かれそうになりながらも、詳細を話すのは流石に拒んだ。
そんなことをしていると、司令部の付近に設置されている細長い滑走路から4機の機体が離陸しようとしていた。
そのいずれもが零戦であり、離陸してからの編隊機動は高次の目から見ても見事な物であった。
「艦長、ここにいらっしゃいましたか。航空機の搬出作業が始まるので監督をお願いします」
司令部にやってきた副長の岸田が高次を呼んだ。
「おう、さっさと終わらして内地に帰るか」
そう言った高次は颯爽と司令部から出て行ったのだった。
2
ラバウルに来たばかりの高次は知る由もなかったが、ラバウルには異形の機体が2種類配備されていた。
驚いたことにその2機種はいずれもが日本で生産された機体ではない。
開戦劈頭のフィリピン戦で日本陸軍がクラークフィールド飛行場を占領した際に鹵獲されたアメリカ軍の航空機である。
「神山」と名を変えたB17が16機、「陣風」と名を変えたF4Fが32機、合計48機の米国製の機体が第24航空戦隊膝下の第1特別航空隊に配属されていたのだ。
この部隊の設置にはかなりの紆余曲折があった。
まず、米軍機が鹵獲された時に、その米軍機の価値が分からなかった現地部隊の陸軍兵はその米軍機を焼却処分しようとした。
しかし、それに待ったをかけた海軍側が鹵獲航空機の性能テストを行い、米軍機の特徴の一つである防御力を高く評価されたF4F・B17の両機は急遽正式採用されることが決定されたのだ。
次に、海軍内でこの機体に搭乗したい搭乗員の募集がかけられ、それに手を上げた搭乗員達によってこの部隊は創設されたのだ。
まあ、この「零戦神話」がはびこっているご時世にわざわざ違う機体、しかも、米軍機に乗りたいという時点でキワモノ揃いの航空隊ではあるのだが・・・
このキワモノ達を纏めているのが戦隊長に就任した下園邦夫少佐だ。
そして、下園の指導の元、今日も第1特別航空隊は訓練に勤しんでいたのだ。
「よーし、編隊各機、聞こえているか?」
F4Fに搭載されていた、日本の技術では考えられないような性能を持つ機上レシーバーを通して下園は確認作業を行っていた。(米国製の機上レシーバーは非常に信頼性も高く、故障も起こさない。そのため、内地ではコピー品の製作が試みられている)
「『
「『鴉』3番より1番。問題なし!」
「『鴉』4番より1番。快調です!」
小隊を組んでいる3機の「陣風」から返信が飛び込み、他の小隊の機体からも次々の報告が入ってきた。
どうやら全機問題無しのようだ。
「全機付いてこい!」
そう言った下園は操縦桿を手前に思いっきり引いた。
陣風が上昇を開始した。重量が圧倒的に軽い零戦と比較すると、上昇速度は流石に陣風の方が劣るが下園はこの点は気にしてはいなかった。
高度4200メートルまで上昇した陣風36機はエンジンをフル・スロットルを開き陣風が加速する。
そして次に、下園は操縦桿を思いっきり手前に倒して急降下機動に移った。
下園が陣風(F4F)に惚れ込んだ理由はこの瞬間に集約されていると言っていい。
陣風の零戦に対する利点は以下の2つだ。
まずは、機体そのものの強靱な防御力である。「紙装甲」と揶揄されている零戦の防御力と比較してその差は歴然であり、下園も座席後部に取り付けられた防弾装甲には十全の信頼を置いていた。
F4Fに搭乗を真っ先に希望した時には、同僚の搭乗員連中に随分と馬鹿にされたものだった。しかし、下園からしたら機体の防御力を軽視し、自分の寿命を自分で縮めている搭乗員達の方が大馬鹿者であった。
次に防御力の高さによって生み出される急降下性能の高さである。
この2つの利点を生かして次の戦いで第1特別航空隊は大いなる活躍をすることになるのだが、それはもう少し先の話であった。
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