第5話 脇役の仕事
今次大戦の主役へと躍り出た「空母」という特殊すぎる艦種は、主に大きさ・搭載機数を基準に分類していくと、主に3種類に分けられるということを読者の皆様方はご存じだろうか?
「翔鶴」「ヨークタウン」の様な機動部隊の中核を務める大型正規空母。
「祥鳳」「瑞鳳」などの正規空母には一歩及ばないものの、八面六臂の活躍を見せる艦隊型軽空母。
そして、主に輸送船の護衛任務や航空機輸送に日々駆り出されている護衛空母。
そして、今現在、1942年5月19日に中部太平洋上を航行していた「大鷹」もまた一般に護衛空母と呼ばれる艦種に属する艦であった。
「大鷹」はその飛行甲板(長さ162.0メートル)に零戦や月光、そして99艦爆などの機体を80機以上も満載しており、その窮屈具合は「大鷹」自らの固有の艦載機を一切発進出来ないほどであった。
そう、今「大鷹」は正しく護衛空母の仕事である航空機輸送任務に従事している最中だったのだ。
そんな「大鷹」の飛行甲板の真下に設けられた小ぶりな艦橋内で、何やらブツブツ呟いている一人の海軍士官がいた。
「やれやれ、目的地までの航路はあと約25%といったところだな。開戦劈頭の勝利によって中部太平洋は日本の内海となったと、お偉方は主張していたが、全然そんなことはないわ」
艦長の高次貫一大佐であった。この男は50歳をとうに超えており、この年齢で護衛空母の艦長を務めているという事実は、海軍の出世コースから外れていることを意味していたが本人は大して気にしてはいなかった。
高次は下手に出世して最前線で頑張っている海軍主力艦の艦長などに任命されては溜まったもんではない、と心の中で密かに思っていたのだ。
もちろん他の人間にそんなことを打ち明けたら、怯懦の誹りを受けてしまうことは確実なので誰にも言ったことはないが・・・
「上層部の意見をあまり批判しないほうが良いですよ。流石にこの『大鷹』に憲兵が乗艦しているということはありませんが、内地では分からないですからね」
高次のささやかな上層部批判に副長の岸田道弘中佐が軽く諫めた。
高次と岸田は長い付き合いであり、気心が知れた中で、高次も岸田の優秀さは認めるところではあった。ただ、少し真面目すぎるところが玉に瑕だったが。
「いやいや、この程度の上層部批判も出来なくなったようではこの海軍も組織として末期状態よ。頑張っている下っ端のぼやきくらいは見逃すべきだ」
岸田は(大佐って結構上の方じゃね?)と思ったが、高次の言っていることにも一理あることは即座に認めた。
「余談なのだが、そろそろ次の戦いが始まりそうだと思わないか? 本艦もこれだけ多数の航空機を搭載している訳だしな」
「ですね。これまでの航空機の輸送状況を勘案しても、今回の兵力移動は明らかに不自然な動きです。GF司令部も腹を固めているのでしょう」
「まあ、本艦は航空機を送り届けるまでが任務だから、海戦が始まる頃には安全な内地で休暇に洒落込めるから良いの・・・」
高次が再び良からぬ事を口走りそうになった時、「大鷹」の付近の海面が急に慌ただしくなった。
「大鷹」の護衛に付いていた6隻の海防艦の内、2隻が対潜警戒陣から離れ、右舷の海面に急行したのだ。
言うまでも無く米潜水艦の出現だ。
事前の情報では米潜水艦はフィリピン近海を狩り場に設定しているとの事だったが、中部太平洋に配置されていた潜水艦も少なからずいたのだろう。
「大鷹」にソナーのような設備は一切搭載されていないため、敵潜水艦の出現を早期に発見することは不可能だが、対潜設備が充実している海防艦の占守型が敵潜水艦の出現を察知したのだろう。
先程までの上層部批判とはうって変わって、高次は「大鷹」の護衛に占守型の海防艦を回してくれた上層部に感謝していた。上層部にも有能な人物はいるものである。
2隻の占守型海防艦が同時に爆雷を投下する。
日本海軍の爆雷は平均して100キロ以上の炸薬量を持っているため、水中速力の遅い潜水艦が一度網の中に捉えられるとその瞬間勝負は決する。
程なくして「浮遊物確認。敵潜水艦1隻撃沈確実」の報告が「大鷹」にも入ってきて、高次は息を大きく吐き出して安堵した。
しかし、「大鷹」に課せられた試練はまだ終わったわけではなかった。
「ほっ、本艦左舷より雷跡確認! ろっ、6本!!!」
「大鷹」の左舷に配置されていた見張り員の一人から絶叫混じりの報告が飛び込んできた。
何事よりも冷静に報告を伝えることが優先される見張り員が取り乱すあたり、この「大鷹」の練度というものが分かるというものだったが、そんなことは後である。
今はこの「大鷹」の下腹を抉り取らんと海中を疾駆している6本の魚雷を回避するのが先決であった。
高次が艦長席から身を乗り出すと確かに数条の雷跡が確認できた。命中コースのあるのはその内2本といった所か。
「取り舵一杯!」
「高角砲、機銃射撃開始! 目標、左舷から接近しつつある魚雷!」
高次は即座に2つの命令を出した。
転舵によって魚雷の回避に努めると共に、高角砲弾、機銃弾で魚雷の弾頭の誘爆を狙うのだ。
「大鷹」の速力は既に最高速度に達していたが、「大鷹」の速力は最大でも21ノットのため、悲しいほど鈍い。
機銃弾が魚雷の弾頭に命中し始め、2本の水柱が噴き昇ったが、まだ命中コースを進撃している魚雷は残っている。
不意に「大鷹」の艦首が左に振られた。基準排水量が15000トン弱の「大鷹」は舵の利きが正規空母に比べて優れているのだ。
最終的に「大鷹」は魚雷の回避に成功した。
しかし、目的地への航路はまだ道半ばであり、「大鷹」が無事に航空機を送り届けられるかはまだ分からなかった。
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