第4話 沈んだはずの戦艦

 米海軍・太平洋艦隊泊地の真珠湾は昨年12月に行われた空襲の傷跡をまだはっきりと残していた。建物には多数の弾痕が刻まれており、それ事態が空襲の凄まじさを雄弁に物語っていた。


 それらの建物から少し離れた海面では、前部火薬庫の大爆発によって約1000人の乗員と共に海面下に爆沈した「アリゾナ」、航空魚雷9本を打ち込まれて転覆沈没した「オクラホマ」が無残な残骸をさらしていた。


 「アリゾナ」沈没地点からは死角になっていたが、「ウエストバージニア」の引き上げ工事が行われており、ホスピタルアイランド(避難用浅瀬)に座礁した「ネバダ」も乾ドック内で損傷の修理が始まっていた。


 そんな中で、第4ドックに入渠していた1隻の巨艦が復活の雄叫びを上げていた。


 日本空母艦載機の空襲によって800キログラム爆弾1発、250キログラム爆弾1発を被弾し、中破の損害を被っていた戦艦「メリーランド」の修理がもう少しで完了しようとしていた。


「この艦は次の戦いに参陣することができそうだな」


 太平洋基地部隊司令官のウィリアム・ファーロング少将が満足そうな様子で「メリーランド」の上甲板を悠然と歩いていた。ウィリアムは真珠湾攻撃時に爆沈する「アリゾナ」の姿を見ており、日本艦隊に反撃の一撃をぶち込みたいと常日頃から考えており、「メリーランド」の復活を心待ちにしていた人物の1人だ。


「現在、損傷の修理は95%以上完了しており、修理と同時進行で進めさせている20ミリ機銃の増設も7割方は済んでいます。本艦は6月の上旬には出撃可能な状態になるでしょう」


 「メリーランド」の修理の責任者であったモートン・デヨ大佐が誇らしそうにウィリアムに対して説明を始めた。


 デヨが修理の責任者に着任したときには艦首に6メートルもの大穴が穿たれ、右舷側に3度近く傾いていた「メリーランド」だったが、半年が経過した今、前線に出れるまでに回復したのだった。


 デヨ自身も修理の進行状況に大いに満足していたのだろう。


「しかし、珊瑚海海戦で空母の有用性が証明された今、戦艦同士の打ち合いという場面が発生するでしょうか?」


 ウィリアムの副官を務めているジェシー・B・オルデンドルフ大佐がウィリアムに素朴な疑問をぶつけた。(この疑問は奇しくも帝国海軍の松田千秋大佐と同じ疑問だった。この時期の同様の疑問を持った海軍士官は多いと考えられる)


 オルデンドルフは戦艦「ニューヨーク」の航海長、「ウエストバージニア」の副長などを歴任していた戦艦一筋の人物ではあったが、そんなオルデンドルフでも最近台頭してきた空母の脅威は十分に認識しているのだろう。


「オルデンドルフ大佐の主張は最もだな。頭が凝り固まっている老人の私でも、時代が変わりつつあるという事は分かる」


 ウィリアムが少しだけ残念そうに呟いた。


 「メリーランド」の復活を誰よりも心待ちにしていた彼だったが、これからの時代の主役は戦艦ではなく、空母だということも事実として認めていたのだろう。


「太平洋艦隊司令部もそれが分かっているから、隣の第3ドックではいろいろな意味でが行われているのだろう」


 そう言ったウィリアムは体の向きを変え、隣の第3ドックに鎮座しているであろう1隻の艦に思いを馳せた。


 その艦は「メリーランド」の様に戦艦の象徴たる巨砲を積んでいる訳ではない。


 その代わり、飛行機を発進させるための平べったい特徴的な構造物を乗せていた。


 5月の珊瑚海海戦で、史上初の空母決戦を戦い抜いたヨークタウン級1番艦「ヨークタウン」だ。


 同海戦で直撃弾1発・至近弾3発を叩き込まれて大破相当の損害(正規空母が直撃弾1発程度で大破の損害を受けることはまず無いが、今回は当たり所が少々悪かった)を受けた「ヨークタウン」は命からがら重油をぶちまけながら南太平洋から帰投し、2日前にドックに入渠したのだ。


 帰投するや否や、太平洋艦隊司令長官チェスター・W・ニミッツ大将直々の損傷状況検分が行われ、3日で修理を行うようニミッツが命令した。


 その結果、ウィリアムが言っていたが行われる羽目になったのだ。


 「ヨークタウン」の突貫修理は24時間体制で、作業効率を優先し民間人である修理工に兵隊を指揮監督させる方式で行われた。


 信じられない位、最短で戦場に「ヨークタウン」を戻そうという思惑が働いているため、当然、その作業は雑の一言に尽きた。


 修理法は破損箇所に鋼板をツハギで溶接するというものであり、換気不十分で艦内温度が48.9℃の蒸し風呂状態になる有様であった。艦内各所の隔壁が破壊されていたりずれていたために水密性も大きく悪化しており、ただでさえ低い水雷防御力が更に低下しているというオマケまで付いていた。


「・・・『ヨークタウン』が早期に戦列復帰するのは良いとして、次の舞台はどこですかな?」


 オルデンドルフがウィリアムに尋ねた。戦力について確認した後には、次なる戦いの舞台に関心が向いたのだろう。


「情報部の連中から聞いた話だと、当初はミッドウェーが予想されていたようだが、どうやら違うようだ」


「真珠湾近海が違うとなれば、再び南太平洋ですな。2度目の空母決戦。『ヨークタウン』も無理して出陣させる以上、前線部隊の奮戦には大いに期待したいですな」


「そうだな」


「ドックで勤務している者にとって、前線部隊の活躍は何よりの励ましになります」


 オルデンドルフの発言にウィリアムとデヨが即座に同意した。


 「ヨークタウン」「メリーランド」がドックから出て、南太平洋にその巨体を展開した時が、日米再激突の時であった。

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