034

「やることが手荒ですね。獣のような野蛮さ……いいえ、それこそ悪鬼羅刹の類でしょうか。こうも我々の前で堂々と、殺害予告をされてしまうと後ろが気になって仕方がありませんね」


「油断してるとその可愛らしい喉元食い破ってやるから、精々警戒してるんだね」


「まあ。休む間もないとはこのことですか」



 意見する者全員を黙らせて、私はシュティーナの前に戻った。


 生贄見せしめとしてタコ殴りにしてやったイフェイオンは、マリィにほどほどの治療をさせた後、追従する衛兵に預けた。


 マリィの腕はいいから、折れ曲がった鼻もぐちゃぐちゃになった口内も元通り。ただ、痛みだけは癒すなと命令している。


 その痛みは、指揮官としての重みだ。


 いわば指揮官とは、私の現身うつしみ


 もう一人の私であって、私の代理者なのだ。ならば生半可な覚悟で与ってもらうワケにはいかないし、私の抱える怒り、憎しみ、痛みも共有するべき。


 嫌いだからとか、私より可愛い顔をしているからとかそういった意味でボコったワケじゃないので、あとでそれとなく慰めに行こうと思う。



「しかし、痛みと恐怖には限度がある。流水を受け止める防波堤のように、極度のそれは決壊する恐れがありますよ」


「ならその都度、殺意という岩で壁を積み上げよう。必要ならば、流水諸共断ち切ろう」


「……あなたは」


「鬼に逢うては鬼を斬り、仏に逢うては仏を斬る。その道を妨げるのであれば、たとえ善人や味方であっても殺す」



 果てなき鬼神のごとく憎悪をもたなければ、この魔道を進むことはできないしその資格は与えられない。生半可な気概では、悪魔にさえ見放されてしまうだろう。



「そうでうすか。本当に、同性とは思えないほど恐ろしい女ですね。ええ、悪鬼羅刹というレッテルに間違いはなさそうです」


「ともかく、この話は終わり。日が暮れる前にさっさと出発しよう」


「ええ。ですが、こちらの自己紹介が終わってません」



 シュティーナの言葉を待っていたかのように、新顔の一人が人懐っこい笑みで空気を震わせた。



「カトラス・ベテリーです。階級は大将軍、第四方面軍を与ってます。よろしくね、テレジアさん。並びに人間種のみなさん。そしてこっちが――」


「フラスカーニ。覚える必要はないよ。僕も君たちのことを覚えるつもりはないから」



 フラスカーニと名乗った長身で大柄な魔人は、言葉の通りに興味のカケラもなさそうに目を閉じた。



「ちょっとフラスカーニ? そんな陰気くさい自己紹介じゃ、刺されても文句言えないよ?」


「その時はその時だ。ただで死ぬ気はないし、そもそもの話、僕は彼らを許すことはできない。逆に君の神経を疑うよ」


「もう……天子様の命令なんだから仕方がないでしょ? ――ごめんねえ。フラスカーニもこう見えてわたしと同じ大将軍で、所属は第六方面軍。見た目通り陰気くさいけど、実力に関しては保証する」


「………」



 拒絶する強い意思の塊――そんな印象を持つ彼は、確かにカトラスの言う通りかなりの猛者だということはその霊格から判断できる。


 おおよそフリージアやルドベキアと同等か。アルマには及ばないにしろ、相当な手練れなのは間違いない。そしてそれは、柔和な笑みで取り繕う隣の女も同様だった。


 こちらとしても馴れ合うつもりはないので、むしろフラスカーニのような態度でいてくれた方が私としてはやりやすい。


 いずれ、刃を交える関係なのだ。変に肩入れされても困るし、その逆もまた然り。



「最後に、わたくしはシュティーナ・オールソン・ミカヌエル。天子という役職を与えられていますが、同時に大旆を掲げる者フライコールの総大将も務めております。以後、お見知り置きを。

 そして、彼はわたくしのお世話係、シガー・スモーキング。まあその名の通り煙草がお好きなおじいちゃんです」


「偽名です。よろしく」



 信頼しろとか言いながら偽名とはなんだ、というツッコミは堪えた。


 シガー・スモーキング。

 

 以前より、もっとも警戒すべき相手だとアルマが評価した老執事だ。保有する霊格も並外れているし、その佇まいからは異様な圧を感じる。


 こうして向かい合うだけで、肌身が痛い。警戒しているのは、お互い様だということの証明だった。



「うむ、そしてベリトは――」


「お前はいいよ」


「むむっ?!」


「さて、自己紹介も終わりったことですし……」


「天子殿まで!? ベリトの紹介は!?」


「後で好きなだけときの声を鳴かせてあげますから、今はお黙りなさい」


「……ハイ」



 シュティーナに睨まれ、軽く落ち込むバルベリト。その頭を、カトラスがよしよしと撫でて慰めた。


 存外、メンタルの弱い魔人らしい。あるいは、それほどまでにシュティーナの権力が強いのか。まあうるさいのが黙ってくれて私は嬉しいよ。


 

「それでは第六位魔王の支配惑星へお連れしましょう」



 移動方法は――と、私が問うよりも早く、シュティーナら魔人の背後が再び歪み始める。小陰唇のように空間が上下へ割れ、鋸歯のようなそれが十メートルほど横に広がった。


 そこに広がる奈落のような空間の果てに、わずかにだが光が見えた。おそらく、この先に第六位魔王の支配惑星があるのだろう。



「古くから魔人種に伝わる空間移動の術です。名を『干渉域位フィーニス・ノウス』……予め指定しておいた座標なら、どこへでも短時間で移動できます」


「へえへえ。そりゃ、不意打ちし放題な便利魔法じゃあねえか」


「安心してください。先日もお伝えしましたが、わたくしは争いが嫌いなのです。決して、襲撃のために使わないし使わせないと約束しましょう」


「そうしてもらわないと困るぜ。お嬢さんがイイ子ちゃんでも、他の連中はそうじゃないからな」



 恐れもなく魔人の横を通り、件の歪みに近づいたアルマは煙草の吸い殻を奈落へ放り捨てた。一見、足場のなさそうなそこに、吸い殻が留まる。



「落ちる心配はなさそうだぜ、お嬢」


「とはいえ、道は一本のみ。光の先までです。なので、下手に右へ左へと歩き回ると落っこちてしまいますよ」


「どこに?」


「さあ。わたくしにも分かりかねます」


「ふぅん……」



 色々と謎な術式だが、それは追々。


 

「すでに第七方面軍は現地に移動し、解放戦線レジスタンスと合流しているはずです。最悪、交戦しているやもしれません。急いで向かいましょう」


「レジスタンス? ってことは、魔王の支配惑星に人がいるってのか?」



 新たなに出てきた単語に、フリージアが首を捻った。

 


「はい。わたくしが説明するよりも、向こうの指揮官に話を聞くのが手っ取り早いでしょう。――カトラス、フラスカーニとバルベリトは先行しなさい」


「わかりました。天子様は?」


「わたくしは、テレジアさんのお隣に侍ることにします」


「はあ?」


「これが罠である可能性もまだ拭えないのでしょう? ならわたくしを人質に、すぐさま殺せる距離に置いておいた方がいいでしょう」



 とても正気とは思えない科白セリフで、私の側に立つシュティーナ。その傍らで、老執事が煙草に火をつけた。


 筋金入りの平和主義者偽善者なのか。それともただ単純に、そこの老執事を信頼しているからか。


 ともかく、正気とは思えない、まともではないシュティーナの行動に、しかし他の魔人は意見を言うことはなく命令通りに歪みの中へ飛び込んだ。



「……わかったよ。マリィ、彼女が後ろから刺されないよう見張りを」


「御意に」


「ふふ、ありがとうございます」


「礼はいらん。――じゃ、私たちも行こうか」



 わずかな緊張を握りしめて、私は歪みへと足を踏み入れた。

 



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お嬢様、魔王殺しのお時間です。〜美少女悪魔との契約から始まる暴食サーチ&デストロイ〜 肩メロン社長 @shionsion1226

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