033

「――というか、お前は第三の将軍だろうが。どうしてここにいるんだよ」



 なんとか落ち着きを取り戻した私は、バルベリトではなくシュティーナに対して問う。しかし、横からとても偉そうにバカ女はスライムをたぷんと揺らす。



「うむ、ベリトは誠に遺憾ながら第七方面軍に籍を移すことになってな。そこの侍女に大将が首を取られていなければ、今回、我が参加することはなかっただろう」


「おいおい……口を慎めよ。誰がその首を繋げておいたと思ってる?」


「ふふん。まるで天子殿が来ていなかったら、ベリトの首を獲れたとでも言っている風に聞こえるぞ?」


「そう言ってるんだよ」


「なに?!」



 本気で驚くその様に、私は額を抑えた。


 そういえば、こいつは……いや、こいつだけじゃない。私とマリィ、シュティーナを除いた全員は覚えていないのだから。


 時間逆行――まったく面倒なスキルだ。


 アルマたちに説明するのも骨が折れたし、マリィの真価を見せる絶好の機会を憎たらしくもシュティーナによって失われてしまったのだから。


 

「……いや待てよ。そもそも、シュティーナのスキル云々の前にお前、アルマにボコられてただろうが」


「よし、アルマ殿! リベンジマッチと行こうではないか! むしろその機会を狙ってベリトはここに立っている!」


「おう。今夜、一緒に寝てくれるなら考えてやってもいいぞ」



 アルマの下品な即答に、バルベリトは首を捻らせた。



「寝る……? そんなことでいいのか?」


「夜伽をしろと言っているのですよ。バルベリト」


「よ、夜伽!? 我は処女だぞ!?」



 唐突のカミングアウト。しかしアルマは嫌そうに顔を歪めた。



「いや、処女かあ……後腐れなくやりたいからちょっと遠慮しとくわ」


『………』


「おーい女性陣、俺を見る目つきが氷点下だぜ?」



 ゲス発言に天墜する巨神テューポースの女性陣のみならず、シュティーナとその傍らにつく大将軍も苦笑いを浮かべた。



「過去にどんな経験したのかとても気になるところだけれど……こんなくだらないことに時間を割くのは、魔王を倒してからでもいいんじゃないかな?」


「ええ、カトラスの言う通りです。最低限、覚えておいてほしい者の自己紹介と……そちらの事情説明を済ませるのが先決かと」



 シュティーナの視線が、私の背後に向けられる。



「うん……確かに、アンタの言う通りだよ」



 首だけを後ろに向けて、眉を曲げる。こんなところで馬鹿騒ぎをして体力を無駄に消耗させるワケにはいかないし、話を引き伸ばしにして良いことなんて何もない。


 私は踵を返して、警戒心を最大にまで高めた隊員たちに事情を説明する。



「まあ察している通り、今回の第六位魔王討伐戦には彼女たち……魔人種の軍隊『大旆を掲げる者フライコール』の面々との共同戦線だ」


「い……意味が、意味が分かりかねます……司令……っ」



 遠征部隊の指揮官インフェイオンが、困惑を全身に滲ませながら代弁する。フリージアも、腕を組みながら頷いた。


 

「飲み込めないのはわかる」


「矛盾しています……! 我らの敵は、魔王だけじゃない! 魔人種を倒すためにこの部隊に志願したんです! それなのに……それなのに、倒すべき憎き魔人種と共に戦うなどと……」


「まったくその通りだよ」


「なぜ!?」



 インフェイオンたちの言葉と感情は間違っていない。私たちは、魔人種を倒す、魔王を倒すという志のもとで集まった。


 なのに、その初の実戦という場で、奇しくも魔人種と手を組まなければならないことへの疑問。詐欺師に嵌められたと激怒してもおかしくはない心境だろう。



「どういうことか、説明を! 司令殿! テレジア・リジュー殿! 天墜する巨神テューポース総司令、テレジア・リジュー!!」


「インフェイオン。キミは魔人種にどんな恨みがある?」


「えっ……?」



 私の問いかけに、彼女は驚きながらも、しかし思い返すように言った。



「……私は……魔王に故郷を滅ぼされました。黒剣を駆る女の魔王……」


「―――」



 思わずそのことについて言及したくなったが、今は堪える。その話は、都合を見つけてからにしよう。



「同期が死にました。私は迎撃騎士団アサルトに所属し、王国の最終防衛線で魔人種の第三方面軍から侵略を防ぐ任を与っていました。そこで、何度も何度も……目の前で同期を……ッ」


「だから、防衛ではなくより殺すことに特化した私の元に来たと?」


「はい、あなたの噂を聞いて。私は、彼らに報いたい。ただその一心で、それは私だけではありません! 後ろにいる彼らもそう望んでいて、なのに魔人に背中を任せるなどと――」


「そうか。その程度の気概でこの場に立っているのか」


「う――ぐっ!?」



 拳に痛みが走った。その対価として、インフェイオンが鼻血を撒き散らしながら後ろに後退る。



「な……なに、を――ぶぐっ!?」


「………」



 無抵抗をいいことに、私は彼女を殴りつけた。殴って、蹴って、立つことができなくなるまで殴りつける。


 当然、それを止めようと隊員が剣を抜こうとするも、アルマたちに得物を向けられて挙動を停止させた。



「そもそもの話だ。私はお前たちの意見など聞いてないし、私がやると決めたのならそれに従えばいい」


「うぐ、ごめ、ごめん、なさ――うぶ、うぎッ」


「でしゃばるなよ小娘。魔王の前にお前を殺してやろうか」



 地面を転がるインフェイオン。地に顔を突っ伏して、小刻みに震える体にさらに蹴りを放って空を向かせ、その短い髪の毛を掴み上げた。


 血に塗れ、色濃く腫れたその顔を隊員たちに見せつけるように向かせて、私は冷ややかに言った。



「魔人種を殺したい。そのためならなんでもやると契約したのは貴様らだ。魔王を殺す。そのためならば命を差し出すと契約したのは貴様らだ。違うのか?」


『……っ』


「東洋では〝鬼を切るために鬼となる〟、といった主題ジャンルがある。復讐を誓い、血に濡れると覚悟したのなら潔白のままでいられると思うなよ」



 言いたいことはわかる。憤慨するのも道理だ。けれど、それ以上に私は私自身に怒り、失望し、殺意を抱いている。



「矛盾している? ――そんなこと、お前らに言われなくともわかっている。なら提示しろよ。お前らの中に、魔王の居場所を知っている者はいるのか? 魔王の正体は? その配下の特徴は!? 特性は!?」



 わかる。わかる。お前たちの気持ちは痛いほどわかる。だが、私とお前たちとで受け入れ方が違うのは、ひとえに見えているものが違うから。



「憎き敵を討つためならば不浄すら厭わない。利用してしゃぶり尽くして、地獄の悪鬼がごとく使い潰してやるという気概のない者は前に出ろ。私が、魔王より先に殺してやる」



 もう後には退かせない。ここに来て、知って、それで降りますなんて言わせない。この場に来た以上は、二択だけ。



「殺すか、殺されるか。選べよ愚図ども」

 

 

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