031 休日の過ごし方 後編
「——いやあ……まさか本当に勝っちまうとは……恐ろしすぎるだろ……」
テーブルの上に置かれた札束の山を前にして、フリージアは頬を引き攣らせた。
両手で持ちきれないほどのチップを換金してきた私は、ほくほく顔でワイングラスに口をつけた。
「ふふん、私はこれでも運が強い方でね。むしろ運だけでここまで来たと言ってもいいくらいだから」
「お嬢様に敗北はありません」
「すげえ自信だよ、ホント。ノリが対魔人だったってことはアレだけどさ、素直に羨ましい……あたしにも少し分けてくれよ。お嬢の運」
ウェイトレスの皿からワイングラスを取ったフリージアが、尖らせた口で中身の赤黒い液体を喉に流した。
「フリージアは運が悪いというより、たぶんバカなんだよねえ」
「恐喝まがいのブラフなど笑止千万。もう少し戦い方というものを勉強するべきです。それと、お嬢様の私兵であるという自覚を持ち、品性を磨いてください」
「そうそう。私の品性まで疑われちゃうし、悪い噂が出たらお金を出資してくれる人が減っちゃうんだよ」
「へいへい、それは何度も聞きましたー。ったく、気晴らしに来たってのに金は擦るわ、お嬢に見せつけられるわで散々だぜ」
「キミは私の護衛だということを忘れているね」
唇を尖らせて拗ねているフリージアへ、私は三つの札束を彼女に滑らせた。フリージアは、目を点にして三百万ディラを見遣る。
「お嬢? まさか、受け取れねえよこんな大金」
「大金だという自覚があるのなら、もう少し使い方を考えるべきだ」
「でも受け取れねえって! 恥ずかしいだろ、仕事でもねえのに恵んでもらうっての!」
「言っただろう、部下の尻拭いも私の仕事だ。ああ、他のみんなには内緒だよ? あと、私がギャンブルで大金稼いだって話も」
「でも……ッ」
頑なに受け取ろうとしないフリージア。プライドの問題だろうか。しかし、頑ななのは私も同じ。一度やると決めたからには曲げないのが私という存在で、それをそばで見てきたフリージアが折れるのは必然だった。
「うぅぅ〜〜〜っ!! お嬢、おまえってヤツはぁぁぁッ」
「うおっ!? ちょっと……っ」
顔を赤くし、目に涙を溜めたフリージアが抱きついてくる。勢いが強く、危うく椅子ごと後ろに倒れてしまいそうだったが、そこはマリィの出番。
よしよしと背中を撫でながら、マリィにアイコンタクト。すぐさま彼女は、テーブルの上に積み上げた札束を片付け始めた。
「さあフリージア。今夜は私の奢りだ、日付が変わるまで飲み歩こうじゃないか」
「うおぉっし!! 飲むぞーーー!!」
さっきまでの涙はどこへ行ったのか。急激にテンション跳ね上げたフリージアが、我先にへとカジノを飛び出した。
「まったく……本当に騒がしい女だよ」
「左様でございます」
おてんば姉貴分の後を追うように、私たちは煌びやかなカジノを後にした。
「——あれえ? そこのかわい子ちゃんたち、カジノで遊んでたのかい?」
カジノを出た瞬間、スーツにサングラスといった格好で、美女二人の肩を抱くアルマと遭遇した。
「ねえねえ、アルマさぁん? 知り合ぁい?」
「俺の
「ボスぅ? わっかーい」
「んじゃ悪いけど、きょうはここで解散な。俺ぁちょっとボスと食事してくるわ」
「「ええ〜〜〜っ!?」」
そういって無理やり背を押して帰らせるアルマ。否応なく二人の美女から咎めるような視線を受け、私は居心地の悪さやら諸々の感情やらを叩き返すようにアルマを
「よっし、お嬢。飲み行こうぜ?」
「いや……」
「そうカッカすんなよ。モテるってことは強いってこと、英雄色を好むってヤツ? 安心して俺に背中を預けろよ」
今度は逆に、私の肩を抱いて歩き始めるアルマ。ふわりと香る、女物の香水とアルコールの匂い。
多少酔っているのだろう。でなければ、マリィの前で私に触れるという愚かな行為に走らないはず。案の定、背後からとてつもない殺気と抉るような視線が絡まる。
「OK、なら
「……っ」
「嘘……」
あのマリィが、反撃の余地もなく肩を引かれてしまった。間違いなく指の一本は切り落とそうと
本気ではないとはいえ、マリィを制圧してみせたアルマの手腕に驚きを隠せない。まさか酔いの力だろうか?
「感じるか、周囲の視線? たまらねえだろ、なんたって俺の両肩に超絶美女だぜ? 羨ましいことこの上ないだろ、なあ男子諸君。これが格の違いってヤツ?
さあさ、お嬢さん方、今夜は俺の奢りだ。好きに飲んで食らえよ。安心しな、ホテル代も俺が——」
「あ——あたしは眼中にねえってかクソ野郎ッ!?」
「ボベら———ッ!!?」
空気として扱われたフリージアの、不意打ちも意に介さない渾身の一撃が炸裂した。
*
第六位魔王討伐遠征、前夜——。
私は、ようやく書き終えた報告書を前にして息を吐いた。
『
主に、お金の使い道とどれだけの魔人を殺したのか。
第六位魔王とやりあう旨については、帰還してすぐに報告し、詳細はこの報告書にまとめて送るという流れになっている。
ただ、信用の足る数人の出資者には、すべての事柄を記載した。彼女、彼らはまあなんというか一種の寂しがりやで、後から知らせるより最初から噛ませておいた方がこちらにも都合がいい。
「って言っても、魔人種と手を組んで魔王を打倒する、なんて信じてくれるだろうか。まず正気を疑われそうな……」
「うぅ〜ん、どうだろう。でもそこはほら、腹を括んなきゃ。神は越えられぬ試練を与えない、っていうし」
すぐ隣で、テーブルに腕と頭を預けたエヴァが眠た気に私を見上げる。眼鏡を外したエヴァの表情は、理知さを残しながらもすこし大人びた顔つきを帯びていた。
「あーだこーだ言うのは魔王をぶっ殺してから。帰還してからも大変だよ? きっと、わたし一人じゃ捌き切れない」
いつもに増して寂しそうな声音だった。エヴァはいつも、私が出発する前日はこうして、寂しそうにすり寄ってくる。
「だから……必ず帰ってきてね?」
「ん。当たり前」
「またわたしだけが生き残るのとか、やだよ?」
エヴァは、ガーベラ教官が指揮する一班の一員だった。魔人の襲撃を生き残り、王都に救援を求める任を受け、エヴァともう一人は迷宮の外に出た。
しかし、その道中で錯乱したもう一人の班員は、足を滑らせて斜面を転がっていき、姿が見えなくなった。
迷いは、ほとんどなかったという。彼女の捜索より、救援を優先したエヴァの判断は正しかった。
無事に保護され、救援と捜索隊が迅速に動いた。疲労と精神的なダメージから、諸々の報告を終えたエヴァは気を失い、目が覚めた時に聞かされた話が、救援隊の全滅と斜面に消えていった班員の死亡報告だった。
「エヴァを悲しませるようなことはしない。絶対だ、約束する。私は、そう簡単に死なないしくたばらないよ。だって、あのマグノリアより長生きしてるんだから」
「それは……うん、そうだね。マグノリアがどれだけ強くても、生き残ったわたしたちの方が……強いから」
私とエヴァだけが生き残った理由は、必ずある。そうでなければ、彼女たちの死に意味がない。そこに何らかの因果がなければ、きっと逆のはずで、何かを為さなければ私たちの生にも意味がなくなってしまう。
生ける屍にだけは、成り下がりたくないから。
「寝よう。明日は早朝に出発だ」
「たまには一緒に寝る?」
「帰ってきた時のご褒美にしておくよ」
エヴァの額にキスをして、私は彼女の部屋を出た。
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