030 休日の過ごし方 前編
フリージアの損ねた機嫌を直すため、マリィ含めた三人で王都の街に繰り出していた。
約二週間ぶりの街だが、落ち着いて足を運ぶのは一ヶ月ぶり。そしてお気に入りの食堂で、お気に入りのオムライスを食べ終えた私は大満足だった。
このまま家に帰って眠りたい気分だが、そうはフリージアが許さない。
「よっしッ、腹を満たしたことだし勝負しにいくか!」
さまざまな人種が賑わう
「金欠の理由って、まさかギャンブル?」
「ちげえよ、ギャンブルは副業だ。投資だ。貯蓄だ。今までの負けは預けてるのと一緒。これから金を下ろしに行くんだよ、お嬢も付き合ってくれ」
「うへえ……」
負け続けの言い訳にしか聞こえないが、フリージアの顔はワクワクに満ち溢れいてた。
きょうこそ勝つ。いや勝った——もはや勝利を見てきたかのようなその表情は、さすがアルマの弟子。私の選んだ傭兵。その気概だけはとても心強いけれど、発揮するところを盛大に間違っているよフリージア。
「お嬢様、無理に付き合う必要はありません。あなた様は彼女の
私のすぐ後ろを身軽についてくるマリィは、視線を尖らせてフリージアを見やった。
「いいや、そういうワケにはいかないし私は付き合ってあげたいんだよ。お詫びとしての側面もあるけど、交流を深めるのも仕事をこなす上で大切なことだ」
前を歩くフリージアの横顔はとても楽しそうだった。その笑顔は、戦場を歩いているだけでは決して見れるものではない。
「いつ死ぬかわからない仕事だ。あの時、もっと付き合っていれば、話していればと後悔したくないからね。私は、もうすでに、後悔ばかりだから」
「……お嬢様がそう仰るのでしたら、わたくしは何もいいません」
「マリィも楽しむことを学んだ方がいい。せっかくだからっていうものあるけど、こういうのが後々に役立ってくる……けど、まあ年頃の女の子三人でカジノってのは、実に色気がないね」
足が止まる。昼間から煌びやかに、いかにもなドレスコードの若い貴族連中が集まったそこは、王都クライスタ公認の大規模カジノ。
平民は言うまでもなく、名のある商人や諸外国の貴族、お忍びで王族が訪れるほどの絢爛さを誇っている。
「しかもどうせなら、しっかりとした服装で来たかったよ」
「まあいいじゃねえか、私服も十分かわいいぜ?」
「そういう問題じゃないんだけどさ……」
「お嬢ほどの美貌があれば私服も映えるっての。
言って、ズカズカと踏み込んでいくフリージア。その足取りの軽さから見て、非番時は通い詰めているんだろうなと察した。
「お嬢様、エスコートしましょう」
「マリィはなんだかんだいって乗り気だよね……」
「舐められたくないだけです。やるからには真正面から、叩きねじ伏せてやりましょう。身の程を弁えろと中指突き立てて、骨の髄までしゃぶり尽くしてやります」
「ここ、カジノだよ? 魔人種相手ならともかく、昼間から衛兵のお世話になりたくないからね?」
「お嬢様。やるからには勝ちましょう。勝つ以外の選択肢はありません、否……勝たなきゃゴミです」
「大丈夫、おとなしそうな顔してしっかりノリを弁えたキャラだってこと、私は知ってるから」
入り口の前で突っ立っているのもあれなので、私はマリィの腕に手を回してカジノ内の物色を始めた。
大金を擦って茫然と立ち尽くす者、逆に喜色満面を表す者、諦めの悪い者、
喜劇のような人間ドラマがあちらこちらで繰り広げ、せめぎ合っているサマは見ていて飽きないが人間のダメな部分をこれでもかと教えてくれる。その中に、フリージアの姿もあった。
「——オールイン……ッ!! かかって来いよ、オラッ! あたしと勝負しやがれクソがッ!」
獣みたいに獰猛な笑顔で、大量のチップ……おそらく百万相当のチップを乗せたフリージア。もはや恐喝。脅迫の域でみせるありったけの
並の人間なら、そこそこの手札の良さであっても降りてしまうような凄みだった。事実、見た目だけで芯の細い連中はゲームを降りて、しかしディーラーの女性は薄く笑みを浮かべるだけで臆した様子はなく、
「コール」
「っ!?」
とだけ宣言し……結果、惨敗したフリージアの手元からチップが流れていく。
「うぎゃあああああッ!?」
「お客様、ゲームを降りますか? それとも続けますか?」
「ち、ちくしょう……ッ」
苦渋に顔を染め上げたフリージアが、懐から札束を取り出した。百万ディラが、チップに換金されていく。
「馬鹿だ……」
給料の三分の二が、この短時間であっさりと消えていくさまは痛快であり……とても悲しいものだった。
「ぎっ……く、クソ、レイズだレイズ!」
「コール」
命を費やして戦い、血を流して浴びて、そして生き残った報酬としての金が、一瞬にしてフリージアの手から消えていく。
二度目の敗北のみならず、とうとう三度目の敗北を喫して一ヶ月分の給料が消えた。同時に、周知の客たちも理解したようだった。
彼女が、威勢だけの道化だと。
「なんだ、大したことのない養分じゃねえか」
「ビビらせやがって雑魚のくせに。もう賭ける金ないの?」
「貸してやるから、もし擦ったらそこのV.I.Pルームで相手してくれよ」
いい笑い物だった。
そして、それでも身を退こうとしないフリージアの根性だけは誉めてやろうと思う。
「こ、この言わせておけばクソども——」
「——一千万だ」
「……へ?」
フリージアの横から、銀製のアタッシュケースを叩きつけるように落とした。
テーブルの揺れに乗じて体を震わせたフリージアが、私を恐るおそる見上げる。私は、にっこりと笑顔を貼り付けて、ケースを開いた。
「次のゲームに一千万賭けよう」
『!?』
突然の乱入に加え、盛大なハッタリをテーブルの上限賭け金と共に差し出した私。テーブルだけでなく周囲の注目も集めているが、構わない。
マリィがアタッシュケースの中から一千万を見繕い、チップに換金するよう手配するなか、私はフリージアの肩に手を置いた。
フリージアは、額に汗を浮かべながら、頬を引き攣らせる。
「私は侮辱されるのがたまらなく我慢ならない。それは私の所有物においても同じ」
「しょ、所有……あたしは物か……?」
「惨敗を喫した部下の尻拭いをするのも私の役目。まさか降りるとは言わせないぞ、絶好の機会だ。我こそはと思うのなら賭けるといい」
手札もなにも決まっていない状態での、ブラフとは到底呼べないブラフ。
完全なる運否天賦、吉凶禍福に任せた自暴自棄のような宣言に、周囲がざわついた。
「お、お嬢……もし
「只者ではないのはお嬢様も同じです」
一千万のチップを音もなくテーブルに置くマリィ。続けて、まるで自分ごとのように言った。
「非力な身一つで幾千もの修羅場を潜り抜けられたのは、紛れもなくお嬢様自身の実力。魔王ならいざしれず、たかが人間如きに遅れをとるお嬢様ではありません」
幾千はちょっと言い過ぎだと思う。けれど、マリィ。一つ訂正がある。
「私は、たとえ神であろうと叩きのめしてみせる。魔王ごときに遅れをとるものかッ」
「お、お嬢……ここ、カジノだぜ? なんかノリがイマイチ違うっていうか……」
若干引き気味のフリージア。しかし、周囲の客のざわつきは頂点にまで達していた。
「まさか、あの銀髪……テレジア・リジューなんじゃ……?」
「魔人殺しの? 帰ってきてたのかよ!?」
「あんな小娘が魔人とやり合ってるってのか? 信じられねえよ」
テーブルに集まる大勢の客たち。ディーラーも私の正体を知ったからか、余裕気に微笑んでいた顔に、遊び心は微塵もない。
「さあ、チップを賭けろ。それとも
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