029

 波乱に満ちた会議がようやく終わったのは、昼過ぎのことだった。クタクタになった体をマリィにおぶってもらい、約二週間ぶりの自室に到着。

 

 マリィと一緒にお風呂で汗を流し、マリィに着替えさせてもらい、マリィを抱き枕にして私は泥のように眠った。


 そして次の日。長らく食事を摂っていなかった私は、空腹とドアをノックする音で目が覚めた。



「……ふぁ~い?」


「お嬢、起きてるかー? 遊びに行こうぜー」


「ふりーじあ? こんな朝早くに遊びに行ったって、どこも開いてないよー」



 空腹なのに動く気力がない私は、抱き枕と化しているマリィの背を力いっぱい抱きしめて瞼を閉じる。

 

 マリィの煌びやかな黄金の髪から、甘い匂いが漂ってくる。乱れたベビードールの隙間に手を這わせ、マリィの柔らかな素肌を堪能し、さらにふくよかな胸を揉む。


 反応はほとんどないが、とても癒される。ずっとこのまま、この柔らかなお胸様を揉んでいたい。むしろ顔を埋めて包まれたい。


 そんな私の怠惰で耽美的な願望を阻止するがごとく、粗暴な女の声がドア越しから刺さる。



「お嬢~? 勘弁してくれよ、もう昼だぜ? この調子で一日中ずっと立たせられでもしたら、あたしゃ気が狂っちまうって」


「ん~……護衛のくせに生意気だなあ」



 彼らの仕事内容には、魔王や魔人種を殺すほかに私の護衛も含まれている。こういう何もない日であっても、一人は必ず私の護衛につくことになっていた。


 気の短いフリージアは、じっとしていることが苦手なのだ。護衛はしっかりこなしてくれるのだが、定期的に散歩してやらないとストレスを抱えて死んでしまう。


 その点でいうと無口でインドアなロベリアは一番やりやすく、アルマに至っては「侍女メイドちゃんいれば俺、要らないよな?」とか言ってどこかへ消えてしまう始末。


 そのくせ、ルドベキアに護衛のなんたるかをドヤ顔で語っているのだから、もはや救いようのない屑だ。



「あぁ……二度寝最高……」


「お嬢~、とにかく入るぜー」


「へー……い」



 気怠げに声を上げて、フリージアを迎え入れる。ズカズカと踏み込んできたフリージアは、瞬間私たちの姿を見て小さく悲鳴を上げた。



「な、な……ッ」


「んぅ……? なに、顔赤くしてんのさ?」


「ば、ばっかお嬢、なんていう格好で……ッ! しかも、ああッ!? お嬢の生足が蛇みたいに絡み付いてやがる……ッ! 隙間なく密着してる……ッ! 恥肉ッ!」


「え、なにその反応、親父っぽくてキモイよフリージア」


「は、はしたねえぞ、そんなどエロい寝巻き着やがってこの、風邪ひいちまうだろうが百合百合しやがって……ッ」



 年頃の少女のように顔を真っ赤にして私たちを見るフリージア。私より四つも年上のくせに初々しいヤツだなと、私はあくびをかましながら思った。



「風邪を引かないように抱きついてるんだよ」


「て、ていうか同じベッドで寝るとかありえないだろ……同性だぞ気持ち悪くないのかッ!?」


「はぁぁん、フリージアは同性の良さがまだわからないクチか。OK、そっちの手解きなら私が喜んで致そうぞ」


「な、何を致すんだよっ!?」


「男に抱かれるのもいいけど、女同士って言うのも案外悪くないものさ」


「処女がナマこいてんじゃねえ! さっさと着替えて昼飯行くぞ!!」



 耳のみならず全身の肌を真っ赤にして踵を返すフリージア。素行の悪い足音を立てながら部屋を出て行こうとするその背に、私は言った。



「――ちなみに、追加で金を払うと言ったら乗るかい?」


「……っ」

 


 足の動きが止まった。それから、ぎこちなくねじ切るように首だけを振り返らせると、ほのかに汗を滲ませつつ、フリージアは答える。



「ど、どれくらい……金額に、よる……」


「三倍」


「―――」



 三倍。フリージアには、月に約三〇〇万ディラの給与を与えている。その三倍だから、概算して九〇〇万ほど。


 平民の年収の約四年分を、たった一時間そこらで稼げることになる。決して安くはない金額で、たぶん同じ条件を提示すれば九割の平民が秒で首を縦にふるに違いない金額だった。


 しかし、フリージアは月に三〇〇万をもらっているのだ。平民の年収より多い額を、月に稼いでいるのだ。いくら死と隣り合わせで、三ヶ月後には死んでいるかもしれないことを考慮したとしても、月に多額の金を稼いでいる人物が、たったの九〇〇万で体を売るだろうか?


 私なら否だと首を振る。即答だ。考えるまでもない。けれど、フリージアは無言で上着を脱いだ。


 近くの椅子にジャケットをかけて、ワイシャツ姿になったフリージア。微かな胸の膨らみが、淡い黄色の下着と一緒に表れた。



「お……お嬢……その、これも仕事の一貫……だから」


「………」


「よ、傭兵だから……雇い主クライアントの言うことは絶対……給料分は、は、働くぜ……」



 どうしよう。ワイシャツのボタンを外しはじめるフリージアを目の前にして、私は冗談だと切り出すタイミングを逃してしまった。


 ていうか、そんなにお金に困っているのだろうか。毎月、使い切れないだけの金額を渡しているのだけれど。それとも散財癖が強くて、三〇〇万じゃ足りない? 


 それはそれで問題だが、ああどうしよう。意外とちいさな肩が露出し、予想通りの小さな谷間が空気に触れる。ウエストには無駄なものがなく、艶かしいくびれの表面をワイシャツが滑っていく。



「ふ……フリージア、本気……? た、たったの九〇〇万だよ、三ヶ月我慢すればもらえる金額だよ……?」


「お嬢……まさか、あたしにここまでさせて、実は冗談でしたとか言わねえよな……?」


「……いや、まあね? 私、大食いだから? かわいい子なら誰でも食べちゃうよ?」



 くだらない見栄を張る自分が惨めったらしくて誰かに殴って欲しかった。とうとうフリージアの足元にスカートが落ちる。


 身につけているのは、黄色の下着のみ。フリージアは唇をむにゃむにゃさせて、羞恥を堪えながらブラのホックを外す。



「どうすればいい……? あ、あたし……そういう経験、ないから……っ」


「………」


「痛いのは、慣れてる……けど、できれば……優しく、してくれよ……」



 耐えきれなくなった私は、ベッドの上で土下座した。



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