028

「俺は一度、魔王とやり合ったことがある。倒し切れず、むしろ見逃された節もあるがこうして生き残った。だからこそわかることもあるっていうか、たぶんアンタらがどんなスキルを持っていようが、現状で太刀打ちできないのは俺でもわかる」



 俺すごいだろとアピールする表情が腹立つけれど、その経験は私のそれよりもひどく濃厚で確かなものなのだろう。


 アルマはたぶんと付け加えたが、ほぼ断言するような声音でシュティーナら魔人種に評価を下した。



「それは人間種こっち側も一緒で、勝機がないことはないが限りなく薄いし、七柱いる魔王全員を斃すってのは難しいだろうな。俺だって無敵じゃない。魔王相手にどこまでやれるかわからないし」


「だから、少しでも勝機を上げるために手を組んだほうがいいって?」


「私情抜きに一回組んで、それでも気に食わないなら別の方法を考えればいい。互いに休戦協定を組み、魔王に関しての情報を共有、肩は並べないけど同じ時間・同じ日に魔王を挟撃するってのもアリだ」


「いい案です。テレジアさん、一度私情抜きにして組んでみませんか? それでどうしてもダメならば、また別の方法を模索しましょう。ええ、アルマさんの言った内容でも構いません」


「………」



 なるほど、さすがは双頭の蛇アンフィスバエナの副首領。潜ってきた修羅場の数も違えば考え方も幅広い。



「すっごくいいと思う。けど、人間種諸君に対してはどう説明すればいい? 魔王を斃すために魔人種と手を組みました、なんて出資者や同胞に説明したら、最悪私の首が飛ぶことになるのだけれど」


「そこはほら、お嬢が威圧すればいい。黙らせるのは得意だろ? 〝目的のためなら手段は選んでられねえんだよクソ野郎〟って、いつもの調子で中指立てときゃ支持してくれるって」


「アルマ、キミの中で私は一体どういうイメージなのかを教えてほしい。そんな苛烈な独裁者キャラじゃないし中指なんて立てたことないけど。ねえ、みんな?」


『………』


「おーいッ!? どうして全員、目を逸らすんだ?!」



 マリィまでもが視線を逸らして口をつぐんでいる。きょう出会ったばかりのエレオノーレですら、思い当たる節があるとでも言わんばかりに空を見上げていた。 



「……まあいいよ。そこに関しては、まあ私が頑張ってみる……。最悪、邪魔する奴ら全員殺せばいいか……」


「お嬢様、お手伝いしますのでご安心を」


「給料上げてくれるなら、たとえ大国であろうと黙らせてみせるぞ」



 なんともまあ心強いお言葉だろうか。この二人がいれば魔王を斃せると、確信させてくれる。

 

 ……いや、正直なところ、アルマには悪いがマリィだけで魔王は斃せると踏んでいる。ただ、諸々の事情があって人数を必要としているのだ。


 一対一タイマンという状況を作り出せさえできれば、マリィだけで十分。


 なのだが、その制約のせいで要らないしがらみに囚われているのも事実で。



「はあ……ともかく、お試し期間が終わった後に考えればいいや。まだ公表しないどこ」


「では、お決まりになられたのですね?」



 シュティーナの言葉に渋々うなずいて、私は言った。



「ああ、お前たちと同盟を組もう。ただし、お試し期間中に不審な動きがあれば問答無用で殺すし同盟は破棄させてもらう。以降、継続したとしても魔王を殲滅し終われば同盟は解消。その後のことはその後に考える。それまでは人間種こちら側から手出ししない。それでいい?」


「ええ。問題ありません。それらが守られている限り、わたくしたち魔人種と大旆を掲げる者フライコールは魔王の情報を共有し、戦を仕掛けないことを誓います。できうる限りの協力も惜しみません」


「ん。あとなんだっけ? 魔王の支配領域がほしいって話もあったっけ? 私らは魔王を殺して人間種の安寧を取り戻すのが目的だ。だから魔王の宝庫に興味はないし土地でもなんでも好きに使えばいいさ」


「ふふ、心より感謝申し上げます。お手を、テレジアさん」


「ハイハイ……これっきりだからね」



 近づいてきたシュティーナと握手を交わす。ひんやりとした心地のいい体温だった。



「んで、じゃあそのお試し期間のことについて話し合おうか。先んじては、どの魔王を狙うかだけど——」


「それならばもう決めてあります」



 言って、シュティーナの口から告げられた魔王の名に私は眉を顰めることになる。



「第六位魔王オルファレヌ———テレジアさんは、吸血鬼ノスフェラトゥというものをご存知ですか?」





「第六位魔王は……吸血鬼?」



 二杯目の珈琲を飲み干す。一息ついて、すでに二時間近くも話し続けていたことに少しだけ驚いた。


 モーゼスやエヴァのみならず、現地で直接話を聞いていたアルマも、改めて出てきた聞き慣れない単語に眉根を寄せる。


 吸血鬼——その手のホラーが好きな人間はまず通るであろう創作フィクションの巨塔。そうでなくともなんとなく聞いたことがある程度の名に、私も嘆息した。



「そう、吸血鬼。ノスフェラトゥ、ヴァンパイア、ドラキュラ……その手のバケモノは、かなり古い文献やら古典やらで記されているけれど、そのほとんどが古代人の創り上げた創作で、実在しないと数百年も前に証明されている」



 魔王や魔人種の資料を集めるために図書館で寝泊まりしていた時期があった。好んで漁っていたワケではないが、古典ホラーに何かしらヒントがあるかもしれないと一通り目にしていたのだ。


 

黙して吸うものサイレント・ヒルといった魔物から、串刺し公ツェペシュ血塗れの伯爵夫人バートリ・エルジェーベトが代表的だけど、総じて吸血鬼と考えられ恐れられていた者の正体はただの快楽殺人鬼シリアル・キラー


 あいつは吸血鬼に違いない、吸血鬼だからそんなことができるのだ、等々……ようは蔑称とか、そういった意味合いで使われている」


「本当の意味での吸血鬼は存在しない……それはわかっている。つまり、そのシュティーナとやらの魔人種が言ったことは我々を騙すための方便か?」


「いや、確かに信じ難い話だけど……その観念でいうと、今の私たちが当たり前に使ってるものも、古代人からすれば信じられない話なんじゃないかな?」


「……どういうことだ?」



 睨みつけるように眼光を光らせるモーゼス。こちらを脅すつもりはなく、ただの癖みたいなものだと分かっているのだが、正直なところあまりいい気はしない。


 もう七十近いおじいちゃんだというのに、眼光と風格だけはまだまだ現役だ。



「魔王を調べるにあたって、色々文献を読んだことがある。あまり関係ないと思って流し読みしてたんだけど、千年ほど前は魔法を扱える人はいなかったし魔物は存在しなかったみたい」


「ふむ……興味深い話だが、それと魔王の件について関係あるのか?」


「つまりは、固定概念を捨てた方がいいと……テレジアは言っているのよね?」



 私の言いたいことを拾い上げてくれたエヴァ。さすが、眼鏡にベレー帽を乗っけているだけある。頭がいいのは見た目だけではない。



「そう、エヴァの言う通り。魔王に関しては我々の固定概念を捨てた方がいい。何が起きて何が起きないのか……いいや、何事も起こり得るし常識なんて通用しない相手だと考えた方がいい。その点に関しては、アルマも詳しいだろうけど」



 アルマは昔、魔王と引き分けた(自称)ことがあるらしいし。


 全員の視線を集めたアルマは、気恥ずかしそうに胸ポケットから煙草を取り出して咥える。後ろにまわったマリィが、アルマの煙草に火を近づけた。


 火に炙られた煙草の先端から煙が上がり、独特なキツい匂いが私の鼻腔を刺激する。



「俺がやり合ったのは、単純なヤツだった。ただただ単純で、読み合いなんてものはなく、変に捻ったスキルやら意外性のある技巧を持つ魔王じゃなかった。それ故に、かなり危険な相手だった」



 一口、煙草を吸い上げわずかに間を置いてから、アルマは思い返すように言った。サングラスの奥で、瞳が細まる。



「一種、男の完成形だろうな。誰にも負けたくないから強くなりたい。それを極めて、まだ足りないと上を目指す生き様は孤高にして父性の塊。

 戦いの最中、自分が追い詰められようが構わず敵に助言を与え、気づきを与え、覚醒を繰り返し霊格の底を上げ、その果てに斃す喰う。相手が強くないと意味がなく、弱者には目もくれない……とても人間味のある勉強熱心な男だよ」


「ふぅん……じゃあ、引き分けたっていうより鍛えてもらったってこと?」


「今回はこのぐらいにしてやるから、続きはお預けなって感じ。これってあれだろ、引き分けだろ?」


「引き、分け……?」



 全員が首を捻った。私の想像では、ボロボロになったアルマが両膝を折って、去っていく魔王の背に吠え続けている……みたいな図が浮かび上がってきた。



「第四位魔王シュヴァルトライキ……あれに関しては、数に意味がない。究極の質で挑まなければ、例えば俺や侍女メイドちゃん程度の霊格がなければ、一撃も保たないだろう」


「物量攻めは意味がない?」


「数万、数億の蟻が迎え撃ったところで、去来する特大の隕石には勝てない。この星ごと潰されて終わり……そんな感覚だ」



 魔王を隕石だと定義したアルマ。過去のアルマがどれだけの実力を有していたのかは知らないが、幼くして双頭の蛇アンフィスバエナの一人として戦っていたのだ。生半可な実力ではないのは確かで、そんな彼が稽古をつけてもらったという程の実力差。 



「それにアイツだって成長してる。数年前の感覚で前に立ったら瞬殺だろうさ」



 現在のアルマだって相当の強さだ。人間種が、この領域にまで踏み込めるのかと驚愕を通り越してもはや別種の人類だと思えてしまうような……いや、同じ人間種だと認めたくないと、そう考えてしまうほどに強いのだ。


 もし仮に、魔王が際限知らずに成長していて、私の予想すら遥かに超え、アルマやマリィですらどうしようもなく敗北を喫してしまったら……。



「随分と話が脱線しちゃったと思うから、話を戻さない? 帰ってきたばかりであまり時間もかけたくないでしょう?」


「……そうだね。エヴァの言う通りだ、私もきょうはさっさとベッドで眠りたいよ」



 そうだ。まずは目先のことを考えよう。議論しなくちゃいけないことはまだ他にもあって、想像の域で絶望するなんてくだらない。



「ともかく、魔王に常識云々が通じないということを念頭に置いて、第六位魔王が吸血鬼だと仮定します!」


「信じるのか、魔人種を?」


「信じる信じないは、現地に行けばすぐにわかる。相手がなんであろうと殺すことに変わりはないのだし、もし情報に偽りが混じっていれば」


「その場で殺しちゃえばいいもんね?」



 私の言葉を継いで、エヴァが言った。



「同盟の話もそう。わたしはいいと思うよ。たしかにこちらの身からすれば複雑だし全面的に信頼しろってのもおかしな話だけど、要はうまく立ち回れってことで、ボロ雑巾になるまで使い潰した後に捨てればいい。利用しない手はないと思うけどな」


「虫一匹殺せなさそうな顔して、えげつねえ……」



 アルマの意見に全面的に同意だが、私もエヴァの意見に賛成だった。



「事がことなだけに、まだ正式発表はできない。第六位魔王を倒した暁に、信用できるのであれば……うん、そこは私の仕事だ。王国であろうが貴族であろうが黙らせてみせるよ」



 なかなかに骨が折れそうな作業だけれど、仕方がない。魔王と直接戦うよりかは、楽な仕事だと割り切ろう。



「兵隊はどうする? 魔人と一時的に手を組むとして、兵隊たちがそれを良く思いはしないだろう。最悪、不信感を買い情報の流出につながるかもしれん。内乱も起こりえるぞ。兵隊は犬ではないのだからな」


「箝口令を敷くってのが一番手っ取り早いけど、手っ取り早いぶん漏れた時のダメージが大きいからねえ……」


「お嬢、諦めて説得するしかないぜ」


「アルマは最初から賛成派だもんね……」


「俺は個々の感情に流されない。流されてもいいと思えるのは金と女だけだ」



 シュティーナに色目を使われたら魔人側につく、とか冗談でも言ったら殺そう。



「モーゼスにはなるべく、将来性があって口の堅そうな子をざっと三十人ほど見繕ってもらおうかな」


「わかった。そういえば大事なことを聞いていなかったが、いつ吸血鬼とやり合うんだ? そう遠い話ではないのだろう?」


「おっと、そうだったそうだった。次の日程を言ってなかったね」



 吸血鬼やらアルマの昔話やらですっかり忘れていた。本来ならそれを最初に伝えておかなければならなかったのに。



「第六位魔王討伐戦の日程はきのう含めた七日後。移動を含めて五日後の出発になる」


「待って、テレジア。経った五日の距離に魔王がいるの……?」



 困惑するエヴァの質問に、モーゼスも眉間にシワを寄せる。私は、ため息を堪えて肩をすくめる。



「これも頭痛の種なんだけど……どうやら魔王はこの大地に存在しないらしい」


「えっと……?」


「まさか空に住んでいるとは言うまいな?」


「んー……なんか魔王は別の惑星に拠点を構えてたり、星々を転々と移動して戦い歩いてたりしてるみたいよー」 



 円卓に突っ伏して、私はうなだれた。全員から……特にモーゼスとエヴァから、詳しく説明しろとの視線を強く受けた私は、いつになったら終わるんだろうかと、睡魔にそう問いかけた。





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