026

「おかえりなさい、テレジアっ! おかえりなさい、みんなっ!」



 王都の中心街から西に離れた運河沿い。そこの一角を大きく占有した屋敷の前で、一人の少女が私たちを出迎えた。


 エヴァ・マルムフォーシュ——こんな朝早くの到着にも関わらず、眼鏡の奥にいっさいの眠気はなく、きっちりと着こなした制服姿で帰還を喜んだ。


 その斜め後ろ、男性用の制服をおごそかに着こなした老師モーゼスも私たちの姿を認めると、静かに会釈した。



「出迎えご苦労。煙草屋シガー・ショップのマスターを叩き起こすのに時間がかかってね。私に会いたかったかい? エヴァ。モーゼスさん」



 幾分かスッキリした面持ちの私は、えへんと胸を張って偉ぶった。後ろから、「かわいい……」とエレオノーレの声が聞こえてきたが、無視だ。



「うん、わたしは会いたかったよ! 無事に帰って来てくれてありがとう……っ」


「お? いい反応だ、私も会えて嬉しかったぞ〜」



 感極まったエヴァを受け止め、オシャレに編み込まれた三つ編みと一緒に背中を撫でる。



「………む?」


「ん?」



 押し当てられた巨峰に視線を落とす。私の胸にくっついて形を崩すエヴァの胸。二週間前とは明らかに違うその弾力に、私は舌打ちをせずにはいられなかった。



「チッ……こいつめ、また大きくなりやがったな……ッ」


「えへへ、気付いちゃった? バストアップしてくれるっていうサロンに通い始めたんだけど、すっごい効果があってさ! 今度テレジアにも紹介するよっ」


「へえ……私が死線を潜っている間に、随分と贅沢してたようだね……」


「ほんっとにすごいんだよ、気持ちいいし疲れもぶっ飛んじゃう! なんなら今から行く?」


「い、いや……うん、今度連れてってよ」

 


 少しズレた会話をハグと一緒に切り上げる。タイミングを見計らって、モーゼスが硬い表情を僅かに崩した。



「無事に帰って来て何よりだ、司令」


「ふふっ。私に敗北はないよ、キミたちの願望を成就するその日までは——なんてね。ちなみにモーゼスさん、兵隊の練度はどうかな?」


「仕上がっているとは程遠い。なにぶん相手が魔物しかいないからやっていることは冒険者とそう変わらんよ」


「なるほど。そろそろ実戦に投入したいってことだね。ちなみに冒険者の等級で表すと?」


「B級が十人、残りの五十人がC級ってところだ。スキルを覚醒させたのは一人もいない」


「十分。そう簡単にスキルは覚醒させられないし、実戦の予定ならちょうどいいのがある」


「ほう……?」



 目を細めるモーゼス。私は不敵な笑みをひとつ残して、門の内側へと踏み入れる。



「アルマ。マリィ。エヴァ。モーゼスの四人はこれから緊急会議だ。その他はかいさーん! ハイ、お疲れさんっ!」


「「うっしゃーーッ! 寝るぜッ!!」」


「……お先に失礼します。お嬢、アルマさん」



 意気揚々と、疲労を吹き飛ばして屋敷に駆け込むフリージアとルドベキア。ロベリアだけは、さすが年長者というべきか、一礼してから二人の背を追った。



「やれやれ、早朝から騒がしいヤツらだな」


「アルマ殿。火をどうぞ」


「ん、サンキュー。とっつぁん」



 新品の箱から煙草を一本取り出したアルマに、指先からマッチ程度の火を灯したモーゼスが近付ける。


 もくもくと先端からくゆり始める煙。気持ちよさそうに吐いた紫煙が、澄んだ空気の中を漂っていく。


 一見堅物そうなモーゼスとチャラそうなアルマは、相容れない関係のように見えるがその実ふたりは仲がいい。非番の時はよく酒を交わしているし、日中は剣を交えたりと、側から見れば孫と戯れるお爺ちゃんといった構図だ。


 なんでも、アルマの所属する傭兵団『双頭の蛇アンフィスバエナ』は金を払えばなんでもやるならず者の集団だが、その起源は第二次帝国大戦を終結させた英雄たちの徒党。


 当時、クアシャスラ王国を代表し合併軍に参加したのがモーゼスで、彼らが助力していたのはまだ幼いアルマだった。


 彼らの協力で帝国に対し致命的な打撃を与えることに成功し、やがて傾いた戦況が戦争終結に一役買ったのだ。


 終結後、各国から集まった双頭の蛇アンフィスバエナのメンバーたちによる架け橋で、帝国を除くすべての国は同盟関係を結び、今でも盛んな交流が続いている。


 同じ共通の敵を前にして、これまで敵対していた国が背中を合わせる。ありがちな設定だが、私は美しいと思った。


 かくして合併軍は解散し、二度と会うことのないであろう二人はなんの因果か私の元で顔を合わせた。


 これも何かの運命なのだろう。重力によって引き寄せられた出会い。



「ロマンチックだねえ……」


「どっちがウケなんだろうねえ……」


「………」


「? なぁに、テレジア?」


「いや……エヴァってそういうのもイケる派なの?」


「うん。大好きだよ、百合百合するのも好きだけどホモホモしてるのも見てられる」


「ごめんね、前者はともかく後者は共感できない」


「うへえ、テレジアってたまに男っぽいところあるからねえ。男性ホルモン多いんじゃない?」


「すこし分けてくれよ、その女性ホルモンおっぱい



 羨ましいエヴァの豊満なお胸様に視線を送りつつ、私は後ろにいるエレオノーレを抱き寄せた。


 私より若干小さいエレオノーレの両肩に手を乗せて、



「注目っ!」



 と、意識を私たちに向けさせた。すぐそばにいたエヴァはびっくりした面持ちで、アルマと一緒になって煙草を吸っていたモーゼスは、ピクリとこちらに顔を向けた。


 二人の視線が集まったところで、私は気恥ずかしそうに立つエレオノーレを紹介する。



「この子はエレオノーレ。私たちの新たな家族ファミリーだ」


「よ……よろしくお願いします……っ!」



 頭を下げるエレオノーレ。緊張しているのか、耳をピクピクさせながら尻尾を丸め込んでいた。



「ひいては、モーゼス。彼女を一人前の戦士に育ててほしい。——エレオノーレ、紹介するよ。あの怖いおじいちゃんが諸々の教官を務めている。厳しいが生き抜くために必要なことを叩き込んでくれるはずだ」


「……覚悟は……いや、なんでもない。要らない問いだったな」



 煙草を咥えたまま手を差し出したモーゼス。硬っ苦しい顔つきで握手を求めるモーゼスに、エレオノーレは戸惑いながらも手を重ねた。



「そしてこっちがエヴァ・マルムフォーシュ。このでっかい敷地を貸し出してくださったマルムフォーシュ公爵様んとこの長女で、部隊の副司令を務めている。いわばNo.2、彼女の出資がなかったら私たちは存在していない」


「セリンセにそっくり……会いたかったよ。ごめんね、遅くなっちゃった」



 言われ、抱きしめられたエレオノーレは目をまん丸にして驚いた。



「まさか、エヴァさんも……」


「そう。私とエヴァだけが……四年前、私たちだけが助かった」


「だからわたしたちは誓ったの。みんなの仇を取ろうって。みんなを本当の意味で弔うために、魔人共を根絶やしにしてやろうって」



 そうして、騎士団を除隊した私たちはこの四年間、忙しく動きまわり魔人種と魔王を殺すための態勢を整えた。



「『天墜する巨神テューポース』——神々さえも地上に引き摺り下ろす、最古にして最強の魔物かいぶつとなり魔種をたおす」


「歓迎しよう、エレオノーレ。映えあるとまではいかないが、間違いなく歴史の一部にキミの名前は刻まれるだろう」





 エレオノーレを助教に預け、私たちは屋敷の中へ入った。豪勢な玄関ホールに巨大なシャンデリアを見ると、やっと帰って来れたという実感が湧いてきた。



「エレオノーレは大丈夫かなあ……」


「心配ないだろ。未経験しろうとってワケじゃないんだ、すぐになれるさ。たまに顔でも見せてやればそれで十分」


「アルマがそう言うんならそうなんだろうさ。素行や性格はどうであれ、ロベリアたちはみんな優秀だから」



 魔人の軍勢相手に、恐れを一ミリ足りともおくびに出さず、あまつさえ屠ってみせる強靭さと胆力、そして才能センスがしっかりと磨かれている。


 これも、指導者たるアルマが優秀だったからに違いない。



「それにモーゼスのとっつぁんは凄腕の指導者だ。そっち方面は任せて、お嬢は目の前のことに集中していればいい」


「……そうだねえ。報告する内容を考えるだけで意識を失いそうだ」



 会議室へと続く廊下を歩きながら、半ば現実逃避気味に窓の外を見た。


 裏手、この屋敷と同じ大きさの隊舎がこちらを向くようにして建ち、中間には噴水と庭園、それを眺めるようにして食堂が並んでいた。


 あの食堂は、ここに所属する隊員たち専用で、隊舎は隊員たちの住居となっている。一定の基準を満たせば外から通うこともできるけれど、モーゼスの厳しい審査を掻い潜り、基準を満たす隊員はまだいないようだった。

 

 

「そういえばモーゼス、私が不在の間に志願者って来た?」


「いや、誰も。しかし、今回の功績でまた増えるかもしれんな」


「お金も勲章も貰えない、自己満足な功績だけどね」


「それでもだ、司令。司令は魔人共の被害にあった者たちすべての希望。たとえ国から恩賞がなくとも、いずれ世界はあなたを認めるだろう」


「いやまあ、誰かに褒められるためにやってるワケじゃないし……世界から一斉に褒められたら逆に困惑しちゃうなー」



 そう、これはただの自己満。ただただ、私は私の復讐のために動いているに過ぎない。誰かに褒められる筋合いはないし、こんな血生くさいことを褒められでもしたら相手の品性を疑ってしまう。



「——さて、では情報の共有をしよう」



 会議室に入り、それぞれがそれぞれの椅子に腰掛けたのを見計らって私が先陣を切る。


 仕事が異常に速いマリィは、各人にお茶を出していた。いつ淹れてたんだよというツッコミは、会議を乗り切ってからにしようと思う。



「先に言っておくけど、今回は荒れるよー。ちょー荒れるから覚悟しておくように」



 そう前置きをして、私は記憶の底から引っ張り出すように、あのいけすかない女——シュティーナ・オールソン・ミカヌエルと取引を交わしたところまでを話し始めた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る