021
――押し潰される――
立ってさえもいられない凄まじい重量。空気中に溢れかえる酸素などの全てが私を鏖殺せんとのしかかっているようだった。
しかし、
「っ、……なるほど。重力操作のスキルか」
「合格だ、テレジア。しかし残念だったなあ、もう少しでお仲間に会えたってのによォ」
「まだ会う約束は取り付けていなくてね。残念ながら」
今すぐにでも両膝をついて、いや重力に身を任せて這いつくばってしまいたいが気力で堪える。
耐えられる。いや、耐えろ。そして味わえ。この忌まわしい重力が、多くの仲間たちを惨殺したのだと。
あの時、通路で放ったそれとは違い、ヴァレリアを中心として周囲の地形が陥没していた。おそらく百メートル範囲だろう。それが限界なのか、あるいはまだ伸ばせるのか。そしてこの重量が最大なのか最小なのか。まだ何一つわからないが、彼の言葉を借りるならひとまずは合格。及第点だ。
この程度なら肉体は耐えられる。で、あるならば、多少の無茶もまかり通るということ。今後の参考になる。
「――あ、ぐ、ぅ……ッ!?」
「エレオノーレ……キミは強いね」
片膝をつき、のしかかる重力に真っ向から逆らおうともがくエレオノーレに賞賛を贈る。
「少しの間、辛いだろうけどそこで見ていてほしい。大丈夫、すぐに終わらせるから」
「て、テレジア……さ、ん……ッ」
エレオノーレから視線を外す。私の正面、いつもと変わらぬ佇まいを見せるマリィ。これほどの重力が襲っているにも関わらず、彼女は平静とそこに立っていた。
「私の気持ちを汲んでくれてありがとう。しかしこの重さは不愉快だ。もう十分だ。マリィ、私は命令したぞ。
「御意に」
短い返答。瞬間、ヴァレリアの右足が血飛沫を上げて細切れとなった。
「―――」
絶叫を上げる間もなく、ヴァレリアの左足に
「殺しはしません。まずは物理的な痛みを、極限まで――」
マリィの両指の動きに合わせて、ヴァレリアが踊る。地面を引きずられ、家屋の残骸に叩きつけられ、その体を武器に遠く離れた魔人兵を薙ぎ払う。
魔力で硬化しているのだろう。すでに千切れ、潰され、全身をバラバラにされていてもおかしくはない衝撃がヴァレリアを襲っているのにも関わらず、彼は右足をのぞいて万全だった。必死に抵抗しているようだが、それを許すはずもなく、また彼のスキルがまるで通じていない。
「て―――めぇぇぇぇぇぇッッ!!!」
「ええ、ええ。まだ吠えてもらわなくては困ります。この程度で根を上げられては、こちらも噴飯モノですから」
絶叫を轟かせながら、ヴァレリアは戦場を振り回される。自身を守るために硬化させた体が、皮肉なことに味方を殺す武器となった。さらに全身に絡み付いた線がヴァレリアの四肢を動かし、
「なッ!? ルスチアーノ将軍!? なぜ――ッ」
「な、なぜ我々に武器を……ッ!!?」
「裏切ったのですか、将軍!?」
「ち――ちげえ、とっとと逃げろクソがッ!!」
戦死した兵士の剣を片手に、うずくまる負傷兵を惨殺していくヴァレリア。私とエレオノーレを襲っていた重圧も消え、今度は魔人兵を苦しめていた。
「なるほど、狙ったところに負荷をかけるのではなく、彼を中心として重力が流れているのか」
死屍累々を積み上げていくヴァレリア。自らのスキルで味方の動きを阻害し、味方の剣を用いて首を刎ねていく。
「もちろん魔人種にも仲間意識というものがあるだろう。第三方面軍、
辛いものだよ、味方に後ろを狙われるのは。信頼している将軍様に、味方が首を刎ねられていくサマを見て、次は自分の番なのだと唇を噛み締めるサマは見ていて気持ちのいいものではない」
ヴァレリアのスキルになんとか対抗し、攻撃を防ぐ者、太刀打ちしようとする者が現れ始めた。弁解に必死になってはいるが、すでに味方兵を三十も殺している。誰が聞く耳を持つものか。
「加えて、裏切りは敵襲を受けたことよりも鮮明に、強烈に脳に刻み込まれる。キミは、守るべき、従えるはずの部下、同僚、そして全ての同胞から恨まれて怨まれて憎まれて地獄に叩き落とされるんだよ……ッ」
「テぇぇぇぇぇぇぇレぇジァァァァァァァ―――ッッッ!!」
「とっととくたばれ害虫がッ!!」
中指を突き立て、私は盛大に嘲笑を撒き散らす。
「ああ――見てる、マグノリア? みんなも?!」
私、ようやくみんなの仇を討てるよ。
「アベリア、ファセリアちゃん、プリムラ、ガーベラ教官――セリンセ」
「っ、どうして、お姉ちゃんを……!?」
エレオノーレの口から驚愕が漏れる。私は、涙を流して言った。
「その薄汚いサルの息の根を止めろ」
「――では」
味方兵を蹂躙していたヴァレリアが上空に跳ね上がり、やがて百メートル前方で地面に叩きつけられた。蜘蛛の巣状に割れたその上で、微かに呼吸を繰り返す魔人。私たちがいるこの距離までは、スキルの範囲を広げることができないらしい。いや、あるいはそれをするだけの力がないのか。
どのみち、もう詰みだ。関係ない。これ以上、スキルの分析をする必要もない。あとは、トドメを刺すだけ。
「――派手にやってるな」
私のすぐ横に、微風をともなってアルマが着地した。
魔人と交戦していたようだが、傷と呼べるものはどこにもなく、服装も乱れていない。どうやら彼を満たすには、そこらの魔人では物足りないようだった。
「きっかり十分での到着だね。あれはお土産かい?」
「ああ、お気に召すと思うぜ」
人型の何かが遠く離れたところから放物線を描いて飛んできた。それはやがて地上に叩きつけられ、地面を何度もバウンドしながらヴァレリアのすぐそばで威力を殺す。
「……ちょっとおかしくない?」
「何が?」
「いや、どうしてあの魔人より早くアルマが到着してるのさ……?」
「渾身の一撃より、俺のダッシュの方が速かったって話だろ。気にするな」
「……ま、まあともかく、ご苦労。それにあの魔人……」
満身創痍の具合で言うなら、ヴァレリアよりもひどい有様の女魔人。その姿、顔には見覚えがあった。
「……バルベリト」
「正解。隣でくたばってんのも、例の魔人だろ? いいねえ、まとめてきっちり四年前の精算と行こうじゃないか」
「ふふ、まるでアルマもその場にいたかのような物言いだね」
「お嬢の語りがうま過ぎるせいだな。もはや他人事じゃあねえ」
「――あの、テレジアさん……」
私とアルマの会話に、エレオノーレが割って入る。彼女は、瞳を揺らして私を見ていた。
「どうして、姉さんを……それに、四年前って……はは、ぐ、偶然とは、思えなくて……わたし……っ」
「セリンセと私は、同期だったんだ」
「――え……?」
視線をエレオノーレに合わせ、私は彼女の頬に触れた。
金色の長い髪から飛び出た耳。大きくて愛らしい瞳と繊細なまつ毛。セリンセのCカップよりも断然に大きいところはまあ、少しだけ同情するけど。
「キミは、セリンセによく似てる。まるで生写しだ」
「……っ」
「彼女が実はまだ生きていて、こうして私の前に立っていると……そう錯覚してしまうほどに、ね」
エレオノーレの瞳から涙がこぼれる。隠すようにして、エレオノーレは俯いた。やがてぽつりと、彼女は言葉を紡いだ。
「あなたが……生き残った二人のうちの、一人なんですね……っ」
「そう。私がその一人で、彼女が死ぬその時までずっと一緒にいた一人だよ」
「――ッ!!」
「マリィ、手を出すなッ」
侍女を制す。私は、胸ぐらを掴むエレオノーレの歪んだ瞳を見据えた。
「どうして……どうして、姉さんは死んだの!?」
「私のせいだ」
「どうして……ッ!?」
揺れる吊り橋と水飛沫が瞼の裏で甦った。セリンセの最期。彼女の笑顔は、まるで刺青のように私の瞼に焼き付いていた。
「セリンセは私を庇って死んだ。私が、弱かったから」
そう、私があの場所で立ち止まっていなければ。いやそれ以前に、私が魔人よりも強ければ、セリンセが足を負傷することもなかった。逃げるという選択肢を取るしかないほどに、私が弱かったから。
「キミのことはセリンセから聞いていた。一緒に、みんなで美味しいものを食べに行こうと……あの地獄の中で約束した。だから、迷宮から出てすぐに、キミに会いに行きたかった。けど……」
私は、それよりも魔人を殺すことを優先した。そのために動くことを優先した。弔いは最後、全てが終わったあとで――そう決めて、私はみんなの葬儀に出ることもなく、エレオノーレに会いにいくこともしなかった。
「私は、弔わない。まだ……弔うことができない。みんなの墓前に、なんの成果もなく立つことはできない。だから、キミにも会いに行かなかった」
……違う。私は、怖かったんだ。
目の前の彼女に、罵られることが。自身の弱さを突きつけられることが。一人、生き残ってしまったという罪悪感を直視させられることが。
「私は、私の生涯を殺戮に使う。みんなを、キミの姉を奪ったあの連中を根絶やしにすることだけに捧げる。私は、キミの姉とみんなに誓ったんだ。だから――」
「……ッ、姉さんは……ッ!! 姉さんは…………最期に、なんて……」
殴ってくれたなら、まだ救われたのに。だなんて、白々しいだろうか。
エレオノーレは、胸ぐらをつかむ力を緩めていった。私は、俯いた彼女から視線を外して、ことの元凶でもある二匹の魔人種に目を向ける。
「『テレジアは、大丈夫だよ。きっと勝てる。負けないよ』――ええ、その通り。彼女の言葉を真にするために、私はこうして立っている」
生暖かい風が吹き抜ける。戦場に、静寂が訪れた。この場で息をする魔人種は、百メートル前方で這う二匹だけだと確信し、
「魔人にも神がいるのなら――」
「……、く、……ぅ、ぉ、ぉぉ……ッ」
「――せめて祈りなさい」
今まさに、地獄への扉を開く鉄槌の一撃が振り下ろされようとしたその瞬間。
「――お嬢、全方位より敵襲。その数……十万……ッ」
「「……!?」」
「敵襲? まさか、その全員が魔人ってことは……」
「そのまさかです。おそらくは――」
全てを聞かずとも、私は理解した。すぐさまインカムで残りの二人を呼び戻す。
「ふぅん、重い腰を上げたか
蠢く無数もの気配。その軍勢は、すぐに姿を現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます