017
「まさか……陽動……ッ?! その人数で?!」
「気を抜くなよ大将。こちとらお遊びで喧嘩を売りに来たワケじゃあないんだ。望むのは殲滅――有り体にいえば、そう……貴様らの全滅だよ」
「っ、貴様ぁッ!!」
「ハッ、魔人種の流儀はどこにいった? 剣を抜く前に名乗るもんだろうが。私はそう教わったぞ、貴様らのお仲間になッ」
可愛らしく精悍でいて、色男風の顔を凄惨に歪めた彼は、早々に剣を抜いて突撃の合図を放った。はちきれんばかりに怒りを露わにした千の魔人が、
「こうも冷静さを欠いてくれるとありがたい。助言をしてやろう、視野を広く保て。それが生き残る秘訣だぞ」
「――!?」
上空より――飛来する幾百もの矢の軍勢。まるで豪雨のように隙間なく、突撃を繰り出した集団へと降り注いだ。
矢を放った主――ロベリアは、相変わらず感情の伺えない表情で次の矢を装填する。弦を引き絞り、その濃い密度に応じるようにして浮かび上がった方陣から、無数の矢が蠢いた。
「
そして再度放たれた幾百もの矢雨は、更なる混乱と混沌を呼び起こし。
「はっはァ、おもしれェ! こんな戦場を用意してくれたお嬢にゃァ、感謝してもしきれねェなッ」
「ったく、油断するなよ。フリージア」
「てめえ、誰にモノ言ってやがるッ!?」
高速で放たれた矢の軍勢と追従して、ルドベキアとフリージアの二人が戦場に飛び込んだ。奇襲により半数を壊滅させられた軍勢は、脆くも二人の猛攻を受け入れ、為す術なく数を減らしていく。
「狼狽えるなッ!! 七大将軍の一人たるこの私、マクシミリアン・マーテンソンに続け!! 案ずるな、勝利は我が手に―――ッ!」
しかし、さすがは魔人というべきか。マクシミリアンと声高らかに名乗った首領を皮切りに、すぐさま態勢を立て直し、連携をもって対抗し始めている。個々の戦力も大きく、それらが連携を組めば膨れ上がる脅威は計り知れない。だが、
「後ろが気になって集中できないかい?」
「――ひッ!?」
血飛沫と四肢、細切れとなった肉片が舞い落ちる最中。私の足元で、運よく生き延びた魔人が小さく悲鳴を漏らした。
「それもそうだろう。キミたちが守らなければならない居住区は今もなお、私の部下によって蹂躙されている。たとえこの戦争に勝ったとしても、キミたち魔人の被害を鑑みれば、果たしてそれを勝利と言えるだろうか?」
「お、お前は、いったいなんなんだッ!?」
「名乗っただろう。私はテレジア・リジュー。キミたち魔人に地獄を魅せるため、地の底から這い上がってきた女だよ」
踊るように、周囲の魔人が細切れになっていく。頭を落とされ、さらにそこから縦に横に斜めにと、まるで喜劇でも鑑賞しているかのように次々と魔人が死に絶え、そこかしこで爆音が轟く。
だというのに、私の体には薄汚い魔人の血一滴すら付着しない。綺麗なままだ。私の周囲だけ他の空間と切り離されているかのように。爆ぜる血液ですら、マリィが私に近づけさせない。
「マリィ。あの小うるさい大将の首を落としてきて」
「
私の
「いやあ、みんな素晴らしい働きをしてくれている。さすがは私の見込んだ戦士たちだ」
心の底から溢れてくる歓喜に身を震わせて、私は戦場の空気感に身を漂わせる。とても懐かしい匂いがする。地獄の匂いだ。
「く……狂ってる……ッ! こんなの、何が楽しんだ!? なんで笑ってやがる!?」
「……キミには一生わからんよ。私の気持ちなんてね」
鞘から剣を抜き、無様にも尻をつくその魔人種の首に刃を添えた。もはや抵抗する気すら起きないのか、魔人はごくりと喉を震わせて、私を見た。懇願するような目だ。殺さないで、どうか慈悲をくれと目で訴えてくる。
「反吐が出るよ。どのツラさげてお前たちは……」
「や、やめてくれぇ!? おれは、おれはきょうが初陣なんだッ! まだ、まだ誰も殺してない!」
「……そう。キミは、きょうが初陣だったのか」
「そ、そう、なんだ……いや、そうなんです、おれは、ただ家族を守りたくて、兵士になれば手当がもらえるから、それで……!」
一瞬だけ垣間見えた、安堵の表情。どこかで見たことがある、聞いたことがあるようなシチュエーションだった。
「だから、お願いします、どうか命だけは……!」
「……ああ、じゃあ一つだけ教えてくれないか、新兵くん」
「! な、なんですか……!?」
剣を首から外して、私は周囲に視線を彷徨わせる。
「ここには人間の捕虜がいるはずだ。私は彼女を救出したいんだけど、どこにあるか教えてくれるかな?」
「そ、それは……確かに、そんな噂はありましたけど……新兵のおれには――」
「できることなら、キミだけでも家族の元に帰してあげたいと……私は思っているよ」
「っ、せ……先輩が言ってたのを聞きました、なんでもマクシミリアン大将軍の執務室が備えられている東隊舎には、誰がいったいなんのために使うのか不明な部屋があると……」
「東隊舎、ね。それはあの建物かな?」
戦場となっているこの場から少し離れた場所に位置する屋敷のような建物を指差す。新兵くんはガクガクと首を縦に振った。
「そっか、ありがとう。キミには最大限の感謝を」
「じゃ、じゃあ、おれは見逃して――」
「うん、約束通り家族の元に帰してあげよう」
「―――へ?」
舞う鮮血。銀閃が新兵くんの首を断ち、血飛沫が私の頬を濡らした。
「キミの家族もどうせ死んでるよ」
崩れ落ちた亡骸を背に、私は東へと止まっていた足を動かした。
*
「止まれい、曲者よッ! よくもまあ好き勝手に暴れてくれたものよ、この
紅のドレスが舞う。次いで嘆きを駆ける剣撃の一閃がアルマの疾走を阻み、間髪
つぅ、とアルマの頬に浅く亀裂が入る。
女は、地面に着地したのと同時に剣を油断なく構えた。
「その姿……聞いていた外見と一致するな。もしかしなくともお前、バルベリトって名だろ」
血よりも鮮やかで豪奢な、赤薔薇のようなドレス。引き締まり、出るところは出た艶かしい体型を余すことなく際立たせながら、しかしドレス自体が薔薇園のように
アルマは思い出していた。夜中から今朝方にかけて、
「む? お主、どこかで
「初対面とは思えないな。運がいいのやら喜べばいいのやら、いやまあ兎にも角にも――」
のっそりとした緩慢な動きで、手にした剣の切先をバルベリトに向ける。
「――お前、最高に運が悪いぜ」
「うむ、売られた喧嘩は買ってやるのが
どちらからともなく地を踏み、両者ともに影を残して火花を鳴かせた。剣と剣との衝突音で砂塵が舞い上がり、破竹の勢いで刃が跳ね上がる。捉えたバルベリトの瞳は、歓喜に打ち震えるように潤いを帯びていた。
「わかるぞ、
「そうかい」
言葉とともに震えた刀身。迎え打つバルベリトの剣速よりも速く、アルマの刃が黒金の髪を裂く。わずかに宙を舞う髪。ドレスを舞わせ回避したバルベリトの、遠心力を伴った逆袈裟がアルマに叩き込まれた。
しかし、
「ぬぅッ!?」
「聞きたいことがあるんだが……どうしてお前、ここにいる?」
驚愕に歪むバルベリト。おそらく渾身と思われた一撃はアルマによって水のように受け流され、後方の家屋を断裂しながら烈風が駆けていくさまを視界に収めながら、彼女はくの字に体を曲げて吹き飛んだ。
「裏取りしてからまだ数分も経ってない。ほんの三十秒程度だ。迎撃部隊が到着するにはまだ時間がかかるだろうし、事実お前と遊びながら周囲を警戒していたものの、誰かが救援に来る様子もない。
おそらく向こう側の戦況が予定通りなんだろうよ。なにせ俺が育て、磨き上げた三人だ。一介の魔人種に遅れを取るような奴らじゃないしお嬢もいる。得体の知れない侍女もだ。つまりは予定通り、俺が一人弱いものイジメして地形をぐちゃぐちゃにしちまえば終わる仕事だったんだが……。
なあ、お前。どうして俺がここに来ることを知っていた?」
「なんてことは、ないぞ……」
瓦礫の中から、剣を杖のようにして立ち上がるバルベリト。首を左右に回し、肩を上下にストレッチさせたのちにバルベリトは笑みをこぼす。ふっと息を吐き、剣を構え直し臨戦態勢に移行すると、
「ただの勘! こっちに居れば楽しいことが起こるという
「……想像以上に厄介そうな女だな、お前」
どれだけ緻密に編まれた計画であろうと、必殺と疑わぬ罠であろうと、なんとなくで、あるいは誰彼をも想像しなかった奇怪な行動で、ことごとくを回避する常人の理解を越えた、よくわからない存在が稀にいる。
こっちから呼ばれている気がする。
あっち側はなんか楽しそう。
そっちには行っちゃダメ。
言葉にするのは難しい、常人は兼ね備えていないいわば、第六感と呼ぶべき感性。アルマはバルベリトから、その片鱗を斬撃とともに受け取った。
「せぁぁぁッ!!
総じて、そういった人種は厄介である。なぜなら、なんとなくで行動するから、動きが読めない。目前の彼女はまだ理にかなった動きをするからまだわかりやすいが、いやおそらく彼女は――
「ああ、やっぱり――」
「ふぬぉぉぉぉッ!!」
交わす一撃よりも重く、その次よりもさらに重く、強く――
時間の経過とともに、あるいは剣を打ち合うたびに、バルベリトの動きが荒々しくも洗礼されていく。
視線と足、剣の向かう方向がバラバラだから常時フェイントを掛けられているかのような錯覚を覚え、攻撃の軌道が読みづらいというレベルを凌駕してもはや意味がわからない。
さらに段々と構えが崩れていき、姿勢すらも崩れ、剣を握る左手をのぞき三足歩行となって地を這い回る。まるで獣のソレ。人の姿をした、猛獣だ。
「厄介だよ」
もはや人の常識では測れない獣と化したバルベリトが、飛びかかる。喜色満面の笑みで。自分が今、どのような姿で戦っているのかも理解していないような、魅力あふれる笑顔で。
「だからこそ、ああやっぱりお前、運が悪いよ」
「―――」
バルベリトの表情が凍る。必然、攻撃の手が致命的に動きを止めて――その隙を待っていたとばかりに、アルマは口角を釣り上げた。右手に握った剣が、悦ぶように刀身を震わせた。
「獣故に、圧倒的ってヤツに敏感過ぎる」
強いのは承知。それを知って喰らい付いてきたのだから。だが、それ以上の暴威を身に当てられたら? 獣の本能として、咄嗟に回避行動を取るだろう。あるいは逃走を図るかも知れない。しかし、逃げ場がなかったら?
たとえば、空中。たとえば、四方八方を多い尽くす結界のような攻撃。たとえば――
「――俺の視線。ま、それは冗談として」
「う、が、がぐ……ッ、ぃ……ッ」
「まだ生きてんのかよ、大したもんだなお前」
地に這いつくばり、全身をズタズタに切り裂かれたバルベリトが苦渋の息を吐く。恐ろしいことに、斬撃の三割を防いでみせた。致命傷には変わりないがそれでも生きているのが証拠。半ば呆れ気味に感心しながら、胸ポケットから葉巻を取り出した。
「敗因はたった一つ。俺が強過ぎたことだな」
吸い込んだ煙をうめくバルベリトの顔に吹きかけて、アルマは立ち上がる。周囲の景色はいい感じに荒れ果てていた。生存者の気配もなければ無事で済んでいる建物もない。足元で倒れ伏すバルベリトが協力してくれたおかげでもあった。
「ご協力感謝する、バルベリト。報酬は何も用意してやれないが、せめてもの賞賛をお前に」
「う、く、ぅ……ま、だまだ……ッ! まだ、
「その根性も、共に褒め称えてやろう」
なんとか立ち上がろうともがくバルベリトの首筋に、剣を添える。当初より、ここで殺すという了解に変わりない。磨けば恐ろしく化ける相手だったが、いやそれ故にここで潰せるのは運のいいことなのだろう。
彼女が過去、未来ともにもたらす甚大な被害を想像して、ああやはりここで殺しておくのが正解だ。躊躇いはないが実に惜しいという感情を殺し、アルマは首を刎ねようとして――瞬間、背筋を粟立てる冷たい気配に誘われて、全速力で後退した。
「―――」
その判断は間違いではかった。事実、今し方アルマが立っていた地面が深く抉れていたから。まるでスプーンで表層を掬ったかのように、半径五メートルほどの小さなクレーターができていた。そして、
「う、む。そう暴れるでない。なに、心配せぬとも
視界を覆い隠す砂塵の向こうで、誰かが誰かと会話をしていた。そのうちの一人はバルベリトの声音で、もう片方は直接声を出さずに、しかしてその強烈すぎる気配から頷いたのだと理解した。
バチバチと肌身を刺す異様な
「では行こうか、友よ。
そのたぎる声とともに、煙を裂いたバルベリトが剣を槍のように構え、
「
「―――ッ」
「――
呟かれた解号に呼応して、膨れ上がっていた魔力が黄金を伴い形を為して――超高速でなにかが駆け抜けた。
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