016

「——切り捨て御免、切り捨て御免♪ いやあ、安全な旅路をありがとう」



 爆音。剣戟。迸る魔力。次いで地揺らす怒声と絶叫の数々。整備されたこの山道から一歩でも外れたその場所では、血と矢、剣が荒れ狂う混沌と化していた。



「こ、この悪魔めッ!! なにを笑ってやがるクソッ!!」


「いやなに、感慨深くてね」



 進行方向より、瀕死に陥りながらも嵐を掻い潜ってきた優秀な魔人が、未だ新品同然の剣を私に向けた。その魔人種の顔色には、見覚えがあった。


 憎くて憎くて仕方がないと言った顔だ。目だ。おそらく数多くの部下が目の前で殺されたのだろう。故に己が瀕死に陥ろうとも部下たちの死を無駄にしないため、いや報いるためにここに立った。文字通り、屍を超えて元凶たる私を討つために。



「その心意気、気概には賞賛を送りたいところなんだけど、生憎と死人に送る言葉はなくってね」


「な―――に?」


さようなら、お元気でアーデ・ヴィーダ



 魔人の肩を激賞するように叩き、私は歩き続ける。背後で、魔人が倒れる音がした。次いでインカムから、頼もしい部下たちの声が響いた。



『おいおい、誰だお嬢んとこに豚を近づけた愚図はよォ!? ルドベキア、てめえだろ!?』


『バカいえ、明らかにお前の担当箇所から漏れたヤツだろうがよ、フリージア』


『はァ? てめえ、一丁前にあたしに罪を擦りつけやがったな?』


『お前のそういういい加減なとこ、オレはよくないと思うぜ? お嬢はたとえ目の前に崖があったとしても、必要なら躊躇なく飛び込む人だ。ロベリアの矢が間に合ってなかったらって思うと、オレは震えが止まらない』


『なに遠回しにオレは悪くありませんアピールしてんだよ、ロベリアの救援が間に合ってなかったらお前も同罪なんだぞ!?』


『お、認めやがったな! アルマさんにチクっとこ!』


『今どこだぶっ殺しに行ってやる!!』


「はいはーい、喧嘩はよしてくださーい。二人とも目の前のことに集中してくれよ、私は大丈夫だからさ」



 耳元で喧嘩をおっぱじめた二人を宥める。スッと、右隣に気配を感じて視線を向けると、そこには侍女服を着飾ったマリィがいた。



「お嬢様、後方からの敵軍の殲滅が完了しました」


「ご苦労様、マリィ。ではいつも通りに」


「御意に」



 静謐せいひつなマリィの声音を受け、私はようやく見えてきた壁門に視線を移す。


 アレを越えた向こう側には、魔王の庇護下から外れた魔人種たちの国が広がっている。国といっても、その大きさは町程度。細かくいうと国ではなく軍事施設のようなものだが、その中に民間人も住んでいるから、彼らからすれば要塞であり国なのだ。


 便宜上、私も彼らの要塞を国と呼んでいる。この山々に囲まれた、天然の要塞に築かれたその場所を。



「国落としって、カッコよくない? 要塞落とし、要塞壊しとか色々考えたんだけど、結局国落としってのが一番カッコいいと思うんだ」


「はい。お嬢様のおっしゃる通りです」


「だよねえ。それにしても、さすがは第三方面軍だ。まえ落とした第五方面軍は勢いもなければ脆く肥えたブタどもばかりで面白みに欠けてたけど……今回はなかなかどうして、抵抗するじゃないか」


『……お嬢。降伏を申し出る部隊が接触してきました。いかがなさいますか?』


「もちろん、殺せ」


『御意』



 瞬間、インカムの向こうから絶叫が轟いた。私は、笑った。スキップでもしたい気分だった。



『お嬢~? すげえ勢いで撤退始めてっけどさ、追っかけるか?』


「合流して編成し直すつもりだろうね。その前に殺せ」


『お嬢、壁門に到着したっス。予定どおりやっちゃっていいんスか?』


「うん、燃やせ。盛大に、見せつけるように燃やせ。そして殺せ」



 殺せ殺せ。皆殺しだ。目についた魔人は全て殺せ。おんな子ども構わず、叛逆の芽すら生ませない。

 


「諸君、私は争いを好まない」



 すぐそばで、マリィが失笑した。



「好きで血飛沫を浴びて浴びせているワケじゃない。好きで斬って斬られてを演じているワケじゃない。私は見た目どおりか弱く、臆病だからね。何か理由がなければ今ごろ花屋でも営んでいただろうさ。あるいは、女優かな?」


『お嬢の花屋姿、まったく想像できないっス』


『女優は、まああり得そう』



 インカムの向こうから、覗き込むように聞こえてくる猟犬の含み笑い。次いで、数百メートル先の壁門に火の手が上がり、その上では弓兵を次々と薙ぎ払う女の姿が見えた。



「ともかく、私は争いを好まない。誰かが私の代役を務めてくれるのならまあ、私は喜んで代わろう。しかし実際に、今の今まで、私の故郷が燃やされ、友人たちが殺され、諸君らのような被害者が数多く量産されているというのに人間種は誰も動こうとしない」



 なぜ? 答えは単純。



「魔人種が恐ろしい? 魔王の報復が怖い? 違う違う、敵が怖くて攻められませんなんて殊勝なこと、バカみたいな人間種に限っては有り得ない。かのアルテミシア・ファニーが示した武勇とはそういう生温いものではない。では何か。つまりはこう――」



 燃え盛る壁門。マリィにお姫様抱っこの要領で抱えられた私は、壁門の上に立つ。眼前に広がっていたのは、千を越える魔人を従えた一人の男だった。


 きらびやかな礼装の上に外套を肩から羽織り、まさしく今夜の主役は私ですと言いた気な表情だがなるほど、なかなかの色男だから勘違いするのも無理はない。しかし、残念ながらこの場に主役などいない。



「魔人を殲滅するメリットが薄いからだ。金も労力も時間もかかるし大国だと魔人による被害はほとんどない。加えて魔人種には強力な個体が多いから、下手すれば国が危うくなる。なんとか殲滅したとして、得られるのは栄誉だけ。魔王に関してはもう半ば諦め気味っていうか、天災と同じ感覚なのがもう終わってる」



 私の両脇を固めるようにルドベキアとフリージア、ロベリアが合流する。三人とも、言葉には出さないがこの先の主食を楽しみにしているようだった。



「そんな大人の都合で私たちは大切なモノを失ってきた。お偉いさん方の保身だったりお金だったり諸々とした都合で放置されて、気がつけばこれだけの数の魔人がうじゃうじゃと息してやがる。かのアルテミシアが見たら噴飯ふんぱんものだね。ホント、人間種はラッキーだよ。なんたってこの私が――」



 眼下に身を乗り出して、今日こんにちまで危機感もなく蠢いていた魔人共に嘲笑を向けた。



「これまでのツケを、この命を費やして引き受けたのだから。――恐れ慄けよ害虫共。お前らに明日はない」



 この場に存在するのは、たったの二種類だけ。単純な二元論。どこの民族、世界にも共通して流れる法則の一つ。


 狩人と獲物。狩られる側と、狩る側。狩るか狩られるかなんてモノは存在しない。少なくとも、この場には必要ないし入り込む余地などない。圧倒的をもって魔人種を潰すという覚悟をも絶した祈りの表れ。


 事実、それをするだけの力が私にはある。魔王と相対したことがある私が、魔王を殺せると確信しているのだから、今さらたかが魔人ごときに泥を啜るはずもない。


 もちろん、そんなことを知る由もない第三方面軍の首領は、柔らかな口調、穏和な表情で私たちを出迎えた。



「――その人数で襲撃とは、なかなかに死にたがりのようだねお嬢さん。考えなしなのが丸見えだ」



 魔人の先頭、他を凌駕する風格、魔力を備えた指揮官が含み笑う。それに感化されたのか、周囲の魔人たちも小馬鹿にするように笑い、口々に私たちを罵った。


 その滑稽な姿に私も笑みが止まらず、受けた罵詈雑言をそのまま返すかのように言った。



「お道化が過ぎるよ魔人共。なにをそう悠長に笑っていられる、アホなのかな?」


「……どういうことかな?」


「追い込まれているのはキミたちの方だ、ということにいい加減に気付きたまえよ。坊や」


「―――ッ」



 瞬間、合図を待っていたかのように魔人種の背後で爆音が炸裂した。迸る黒紫の魔力が背の高く堅牢な壁を粉砕し、濁流のごとく要塞の四割を掬うように抉り去った。遅れて響く絶叫と震動。インカム越しで、青年が笑った。



『これより狩りを開始する』


「非戦闘員構わず皆殺せ。ヤツらに思い知らせろ、私が来たと。貴様らの怨敵テレジア・リジューがこの場に舞い降りたのだと」


了解、ご主人様イエス、マイロード――く滅びろよ、お嬢がお怒りだ』


 

 アルマの威勢を聞きながら、私は壁門から飛び降りた。轟と暴れる風圧。数十メートル下にある地面が距離を詰めてくる。このまま着地すれば、私は間違いなく死ぬだろう。しかし、恐れはない。私は地面から視線を外して、指揮官を見据えた。



「さあ、諸君―――派手に暴れよう」



 命令を放つのと同時に、私は宙を浮く。一切の衝撃もなく地面に着地した私のすぐ隣で、マリィがロングスカートをひるがえした。

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