004
四度の小休止を経て、私たち三班は『リリウム迷宮』の入り口に到着した。時刻は昼過ぎ。これから一時間の大休止を終えたのちに迷宮攻略へと乗り出す。
「さて、とりあえず班長らしいことをしておこう。知ってはいると思うが、これより二日をかけてリリウム迷宮を探索する。探索と言っても、ただ奥地まで行って帰ってくるだけだがな。――バウエラ、何階層まであるか知っているな?」
「は、ハイ。全五十階層です」
「そうだ。一般的な迷宮に比べて階層は少なく、また生息する魔物も生易しいものばかり。とはいえ……そうだな、貴様らの実力だと二十階層までなら、鼻をほじりながらでも進めるだろう」
「あー、なんだかデリカシーの無さそうな人みたい……」
アベリアが囁いた。いつもの私なら、ここで教官に報告するのだが、今回はやめておく。
「最終階層には転移陣が設置されている。それに足を踏み入れれば、貴様らの背後にあるその方陣が出口となってここへ戻って来られるだろう。その時点で迷宮探索は終了とする。ちなみに、その方陣から最終階層へ向かうことができるが、まあ今回は使うことはないだろう」
「はい、質問よろしいですか?」
「言ってみろ、ファセリア」
手を挙げたのは、三つ編みにメガネをかけたファセリアちゃん。ほとんど無口で愛想もよろしくないが、群を抜くバストの持ち主だ。ちなみに、座学だけならマグノリアと肩を並べるほど。
「他の班とは途中で別の道に進んでいましたが、出入口は他にもあるのですか?」
「そうだ。リリウム迷宮には入口が四つ発見されている。それぞれの班が、それぞれの入口を通って最終階層を進む。……他には?」
「では、転移陣も複数用意されているのですか?」
「いや、貴様らの後ろにある方陣、ただ一つのみ。なので、最終的には全ての班がここに集まることになる」
「わかりました。ありがとうございました」
相変わらず、ファセリアさんの声は綺麗だった。地味めな印象だが人形のように顔は整っているし、座学中は何かと目が合う。なにを考えてるのかわからない彼女だが、私は密かに好意を寄せていた。こう、遠くから眺めていたいタイプの少女。きっと話が合うと思う。これを機に、お近づきになりたい。
「うむ。……さて、あらかた説明してしまったが、他になにか質問はあるか? バウエラ」
「え、え、と、いえ……特には……」
「ふん……まあいい」
「あ、あはは……。俺、なんかしたっけ?」
「もう忘れたの?」
隣で頬を引き攣らせたバウエラに、私はジト目を返した。配列をなじったことをすでに忘れてしまったらしい。班長も班長で、気にしていた素振りはなかったが……どうやら執念深いタイプのようだ。
「では各々、準備に取り掛かれ」
エンプレス班長と敬礼を交わし、私たちは昼食を摂る。その後、地図で改めてリリウム迷宮を確認していく。
一階層から二十九階層までは遺跡型になっていて、生息する魔物は主に外から住み着いたゴブリンやコボルトといった低レベルの魔物がほとんど。そのほかに留意する点としては、トラップの存在と……
「複雑な地形からなる不意打ち、か。ファセリアちゃんは危険だと思うところ、ある?」
「……座学で受けた通りよ」
「そうね。それ以外に」
「……潜ってみないことには」
「それもそうね。ありがとう、がんばりましょうね」
「……ええ」
意外にも、手を差し出したら握手をしてくれた。線の細い手。剣を持つにはあまりにも脆そうな、優しい手だった。
「――時間だ。縦列に集まれ。貴様ら、準備はできているな?」
『ハイッ』
「よろしい。では迷宮探索を始める。茶番のような難易度の迷宮だが、気を抜くなよ」
エンプレス班長の言葉を皮切りに、私たちは迷宮探索に乗り出した。
*
「右方向からゴブリン二体発見!」
「バウエラとアベリアで攻撃を受け止めろ。スイッチしてテレジアとファセリアが殺せ」
『了解ッ』
エンプレス班長の指示通り、迫ってきたゴブリンの前にバウエラとアベリアが立ち塞がり、敵の攻撃を受け止めて後退。入れ替わるようにして、私とファセリアちゃんが前に躍り出た。
「はぁぁッ!!」
「……っ!」
『ぐぎゃぁッ!!?』
なんとか一撃でゴブリンを仕留めることができ、安堵する。ファセリアちゃんの方も、うまく仕留めることができたようでホッとしていた。
「ゴブリン程度で満足するな、殺せて当たり前だ。しかし慢心はするなよ。数多くの間抜けな冒険者は油断し、ヤツらの餌食になっている。ゴブリンの子を孕みたくなければ油断するな」
「うぇ……そいつぁ悲惨だな。胸糞悪りぃこと想像しちまった」
バウエラだけでなく、その場の全員が顔を歪めた。エンプレス班長だけが、飄々として先頭を進む。
私たちも陣形を整えあとを追う。
「幸いにもゴブリンの数は少ない上に、狭い空間での戦闘だ。俺の指示通りに動いていればまず問題ない。しばらくは先のコンビでゴブリンを撃退するとして……テレジア」
「ハイッ」
呼ばれ、エンプレス班長に顔を向ける。班長は、今にも舌打ちを放ちそうな顔で言った。
「ゴブリン相手に殺気立つな。落ち着いて行動しろ」
「は、ハイ……ッ」
と、頷いてみたものの、どういうことかわからなかった私はうしろのセリンセに顔を向けた。セリンセは、呆れたように教えてくれた。
「気付いてなかったの? まるで親の仇みたいな顔して向かってったんだよ?」
「え……」
「そりゃあ本気で、油断なくやってるっていうのはわかるけど。気迫がゴブリンに向けるものじゃなかったよ。もっとこう、肩の力を抜いた方がいいんじゃないかな? 疲れちゃうよ、すぐに」
「……ありがとう」
ヘリンセだけでなく、他の班員からも同じような視線を送られた。
肩の力を抜いて、か。
血の付着した刃に視線を向ける。演習用として借り出されたこの鉄剣で、私は生まれて初めて魔物を殺した。
不思議と、躊躇いはなかった。やるしかないとか考える前に班長の指示があったから、私は殺すことができたのかもしれない。
手のひらに残る生々しい感触。ゴブリンの断末魔。初めての殺しだというのに、特に感じるものはなかった。
「いいんじゃない、遠慮しないで続けていいのよ? わたし頑張ってますアピール」
「……アベリア、喜びなさい。あなたの無駄に蓄えられた性的魅力が発揮するチャンスよ」
「右からゴブリン三体、来ます!」
「ゴブリン相手に興奮されても嬉しくないのよ、むしろあんたみたいなちっぱいとお似合いじゃない。このゴブリン女」
「――言ったわね、このオークおっぱいッ」
「ハンッ、そのゴブリンの好きそうな体型はお飾りなの? とっとと腰振って精々誘惑してごらんなさいなッ」
「ば、ばか二人ともどうしてこんな時に喧嘩なんてして――!?」
そんなこんなで、迷宮内だというのに私たちはいつものペースを崩さず、順調に進むことができた。
途中、魔物を初めて手にかけたことで吐いた班員が数人いたけれど、エンプレス班長の嘲笑で一蹴された。冷たい人だとは思ったが、ここは迷宮内。いつどこから敵が来てもおかしくはない状況で、吐いてなどいられないのも明白。
「ファセリアちゃんは大丈夫だったね。魔物を殺すのは初めてじゃないの?」
「……両親を魔物に殺されたの。だから殺してもなんとも思わないし、むしろ根絶やしにしてやりたい」
「そっか。やっぱり私たち、似てるね」
「……そう」
三度目の小休止でフォセリナちゃんの凄惨な過去と覚悟を知り、四度目の小休止を挟んで私たちは二十三階層までやってきた。
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