003

「本当に、テレジアとアベリアは仲悪いねえ。そんなんで明日の演習、大丈夫なの?」


「……どうにかなるわよ」



 課業外の貴重な時間を教官の説教で費やし、ようやく解放された時には就寝時間だった。寝る準備どころか、明日の演習の準備もできていない。どうにかなると言ったものの、始まる前からこうでは先が思いやられる。


 相部屋であるマグノリアは、にへらと笑いながらベッドで横になっていた。途中からとはいえマグノリアも加害者だというのに、教官に説教されたのは私とアベリアだけだった。……少しだけ、腹が立つ。



「……あれ、リュックの中身……」


「テレジアが怒られてる間に、あたしが用意を済ませておいたよ。一応、確認だけはしてみて」


「……ありがとう」



 訂正。マグノリアは、やっぱり頼れる相棒パートナーだった。



「明日の班、アベリアじゃなくてマグノリアだったらよかったのに」


「あたしは教官たちの悪意を感じるよ。毎度毎度、仲の悪いきみたちを組み合わせたがるの、絶対に楽しんでるよねえ」


「教官たちの教育方針はよくわからないわ。きっと、同期なんだから仲良くしなさい、みたいな思惑があるんでしょうけど」



 リュックの中身を確認しながら、悪態をつく。訓練校に志願して、約二ヶ月が経った。思えば、最初の頃からアベリアとはうまくいかなかった気がする。



「同期として集まったのは奇跡だからね。あたしの幸運は、テレジアとここで知り合えたことかな」


「……それは、私もよ。でも、あとひと月で……」



 教育期間は三ヶ月間。それ以降は、配属された各騎士団の団長に委ねられる。


 マグノリアはすでに、近衛騎士団パラディンの配属が決まっていた。近衛騎士団パラディンは、実力者揃いの精鋭部隊だと聞く。一定以上の評価がなければ入ることができず、見習い騎士団から選出されることはほぼない。全騎士団の憧れであり、目標。


 もちろん、私に近衛騎士団は無理だ。座学の成績が良いだけじゃ、土台にすら上がれない。


 そんなところに入れるなんて、友人として鼻が高いし尊敬もする。戦場で、彼女が隣にいてくれればどれだけ心強いだろうか。



「テレジアは迎撃騎士団アサルトを希望だっけ?」


「ええ……言い訳がましく聞こえるかもしれないけれど、私は前線で戦える迎撃騎士団アサルトを希望してる」


「べつに補足しなくてもいいんだけどさ、わかってるから。……やっぱり、危険地帯に行くんだね」


「……そこが、一番魔王と遭遇する確率が高いから」



 騎士団を志願したのは、魔王を殺すため。復讐のためだ。だから、前線で魔人族と戦う迎撃騎士団アサルトを選ぶのは必然。たとえ、どれだけ私に才能センスがなかろうと、迎撃騎士団アサルトに入らなくては意味がない。他の騎士団では、意味が。



「だから、あとひと月でお別れなのは、悲しい。けど、いつか……肩を並べて戦える日が来るのを楽しみにしてる」


「はは、まだ気が早いって。目先にかったるい演習があるってのに、もうそんな後のこと考えてる。しかも泣きそうな顔までしてさ」



 リュックの中身を確認していた私の背を、マグノリアが抱き寄せた。シャンプーのいい匂いがした。背中から伝わる胸の奥から、彼女の心臓の音が聞こえる。



「大丈夫……きっと一緒に戦えるよ」


「……え?」


「あたしは、とっくの間に見つけてたんだよ。戦う理由ってヤツ」



 背中から離れたマグノリアが、気恥ずかしそうに頬を掻きながらベッドの中に戻っていった。



「ちょっと、どういう意味? まさか、あなた近衛騎士団パラディンを蹴る気じゃ――」


「テレジア、あんまり騒いでると巡回中の教官にまた叱られるよ?」


「そ……そう、だったわ……」



 すでに消灯時間は過ぎている。早くリュックの中身を確認して、ランプを消さなければ。

 けれど、それよりも……。



「おやすみ、テレジア。明日からがんばろうねえ」


「……おやすみ、マグノリア」



 いつものようににへらと笑って、シーツを頭までかぶるマグノリア。私も、つられて間抜けな笑顔を浮かべて、ランプを消した。




「――貴様らの班を引率する、エンプレスだ。別に覚えてなくてもいい。出発するぞ」


『………』



 翌日。隊舎前に集まった第107期見習い騎士団は、各班ごとに分かれて班長の指揮下に入り、訓練校を出発した。


 演習の目的地は、クアシャスラ王国から北上して半日の場所にある『リリウム迷宮』。新人冒険者が経験を積むのに適した低難易度の迷宮で、数日間、騎士団が貸し切ってこの演習は行われる。


 私たち三班の班長エンプレスは、挨拶もほどほどに、そっけない態度で先陣を切った。他の班は、まだミーティングの最中だった。一班に配置されたマグノリアが、にへらと手を振ってくるので手を振り返す。



「……はあ。なんだか、先が思いやられるわ」


「………」


「………」


「なに無視してんのよ、殴るわよ」


「………」


「ちょ、ちょっと二人とも、こういう時まで喧嘩しないでよ……っ」



 私の前を歩くアベリアが、開始そうそうにガンを飛ばしてきた。無言で臨戦態勢に入る私を、最後尾を務めるセリンセが止めに入る。先頭を歩くエンプレス班長は、一瞥するだけで足は止めなかった。



「マグノリア役はセリンセに任せるぜ」


「こういうのは男の役目でしょ? バウエラが仲裁してよ」


「そも、この配列にしたヤツが悪い。そう思わないか? 犬猿のバカ二人をくっつけるなんてよ」


「ば、ばか、配列を決めたのは班長……っ」


「………っ」


「………」



 バウエラの失言に目もくれないエンプレス班長。最悪、その場で殴られてもおかしくはなかったのだが、無頓着そうな騎士でよかった。あるいは、人目を気にしているのか。迷宮に入った後が怖そうだ。



「と、ともかく、いいかお前ら? もう演習は始まってるんだ、遠足気分はやめろよ?」


「どの口が言ってるんだか……殴るわよ?」



 アベリアに賛同するのは癪だが、私も頷いておく。バウエラは、バツが悪そうに頬を掻いた。



「……私たちの班だけ、人数が多いわね」


「なんか言った? 独り言?」


「あなたには訊いてないわ。割って入ってこないでくれる?」


「なんですって?」


「なによ?」


「だ、だから……!」



 セリンセが仲裁に入る。無駄に体力を消費したくない私は、素直に引き下がることにした。ムカつくことに私と考えることは一緒なのか、アベリアもすぐに前を向く。一人、セリンセだけが疲れたように顔を歪めた。



「……もしかして、わたし遊ばれてる……?」


「ねえ、セリンセ。三班だけ人数が多いのってどうしてだと思う?」



 セリンセの嘆きは聞こえなかったことにして、私は雑談を持ちかける。これから半日も歩くのだ、その間ずっと無心でいられる自信はなかった。



「え? あ、うん、たしかに人数が多いね。他の班に比べて三人も多い」



 班長合わせて十人も三班に配置されている。他の班は、どこも班長入れて七人だ。何か意図があるのだろうか。いや、案外なにも考えていないのかもしれない。



「問題児を一箇所に集めたかったんじゃないか?」



 バウエラが振り返り、私とアベリアにジト目を送った。



「優秀なヤツと底辺を入れて均衡をとってるのよ」



 アベリアが小馬鹿にしたような視線を私に送ってきた。



「確かに、底辺がいるわね。使い道がないのに乳がデカいバカ女が」



 彼女たちの視線を肯定して、私は頷いた。



「Cカップの雌犬風情がなにを偉そうに……」


「うぅ、わたしもCカップ……でもでも、卑屈になったことはないよ! 大丈夫、一般的には大きい方だから!」


「セリンセ、慰める相手を間違えてるわ」


「ほほほほふぇほふほほふふおお~っ」



 腹を抱えて気色の悪い笑声をあげるアベリアを無視して、私はセリンセに焦点を合わせる。セリンセの胸はCカップとは思えないほど小さいが、彼女には私たちにはない魅力が詰まっている。それは、獣人特有の耳と尻尾だ。


 貴族の間では、侍女として獣人種を雇い日々の疲れを癒していると聞く。確かに、こうして見ているだけで心が安定してくるし胸が痛くなるほど愛らしい。尻尾をもふもふしながら頭を撫でて耳を触りたい。



「あ、あの……テレジア? 変なこと考えてないよね……?」


「この演習が終わったら、一緒に寝ない?」


「えぇぇっ!?」



 顔を真っ赤にして驚くセリンセ。きっと彼女なら、抱き枕としても優秀だ。一日の疲れが一瞬で吹き飛ぶに違いない。



「そ、そ、それは……だ、だめ……っ! だって、わたしたち……女の子……っ」


「いや、俺はアリだと思う」


「ええぇっ!?」


「気持ちわる……」


「うぅ……っ」



 可愛らしく頬を赤らめるヘリンセ。行軍中でなかったら、頭を撫でなでしていたのに。残念だ。



「……、……」


「……?」



 最後尾で騒ぐ私たちを、バウエラの前を歩くファセリアちゃんが意味深長な視線を送っていることに気が付いたのは、私だけだった。


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