002
「テレジアは、どうしてあんな戦い方をするの?」
一日の日程を終え、夜。
見習い騎士団に割り当てられた食堂で、夕食を共にしていたセリンセがそんなことを訊いてきた。
「あんな戦い方?」
スープを口に運びながら、私は首を傾けた。あんな戦い方……とはどういうことだろう。もしかして、
「まるで憶えがないといいた気な表情だ……」
私の思惑とは裏腹に、セリンセは獣人特有のふわふわとした耳をピクピクさせながら困惑した。
「えと、えとね、なんていうか……度が過ぎるっていうか、本気を超えているような……」
「限界を越える覚悟がないと、あの技は体得できないわ」
「え、え?」
「でも、そうね。知りたいのなら教えてあげる。私も実戦で使ったのはきょうが初めてだけど」
「な、なんの話かな、テレジア?」
「
「いや、別に……すごいなあ、とは思ったけど……」
頬を引き攣らせるセリンセ。おそらく、右足が使い物にならなくなったアベリアを思い出したのだろう。確かに恐ろしい技だが、逆にハマれば相手の足をズタズタにできる強力な技だ。覚えておいて損はないと思う。
「セリンセが言いたいのは、殺し合いみたいになるのはどうしてか、ってことだよね?」
正面で、マグノリアがにへらと口角を緩めた。私は、ぱくっと口を開けて彼女からアップルを受け取った。マグノリアは、アップルパイは好きだがアップル単体は好みではない酔狂な味覚の持ち主だった。
「うん……本気で訓練に励むのはいいことなんだけど、熱量が大きすぎるから、心配で……」
「『次からは命に関わる怪我以外、治しませんからね』って、医務室から半ば出禁宣告くらったしねえ。もう無茶はできないよ」
「出禁?! ま、まあでも、ほぼ毎にち医務室通いだもんね、テレジアは」
「仕方ないでしょ。私は本気なのよ、いつだって」
スープを飲み干す。確かに多方面に迷惑をかけているのは承知の上だった。けれど、
「私みたいな凡人は、危険を……痛みを恐れてたら、何も掴めないし残せない」
「――それで人殺しに仕立て上げられるこっちの身にもなってほしいんだけど?」
「……アベリア」
斜めの席で、パンを齧っていたアベリアが小馬鹿にしたように言った。私が損傷させた足はもう癒されているようで、テーブルの下でぶらぶらさせている。
「自殺願望をこっちに押し付けないでよね。死ぬなら一人で死ね、他人を巻き込むな凡人」
「また足をズタズタにされたいようね」
「訂正、あんたぶっ殺せるなら騎士階級なんて蹴り飛ばしてやるわ」
「ハイハイ、落ち着きなって二人とも。医務室は時間外だし、明日からは演習だよ? 怪我しなたらきついよー?」
席を立っていがみ合う私たちの間をマグノリアが割って入る。
「
「マグノリア、退いて。そいつを殴れない」
「キャンキャンキャンキャン、発情期ですかぁテレジアちゃん?」
「なんですって……?!」
「ダメだ、聞く耳持たない……っ」
「わわ、どうしよう……! やめなよ、二人ともっ」
周囲の喧騒を尻目に、私とアベリアは掴み合う。仲裁するマグノリアをも巻き込んで、私たちは怒りに身を任せて殴りかかった。
と、そこへ――
「よ、よし……僕が止めてみせる」
「こ、コリウス……!? 何を言ってやがる、あの修羅場に飛び込む気か!?」
「やめとけ、殺されるぞ!」
「それでも……僕だって男なんだ! 痛みを怖がってちゃいけない……その先に、望んだ未来があるはずだからっ」
「コリウス……っ! ああ、行け! 俺はもう止めんッ」
何やら男性陣がうるさいが、それどころではない。アベリアめ、また私の目を執拗に狙いに来ている。失明させる気だ。そうはさせない、逆に失明させてやる。
「て、テレジアちゃんっ!!」
「今忙しいから後にして……ッ」
足を引っ掛けて、マグノリアごとアベリアを押し倒す。うめく二人。即座にアベリアの腹部に腰をおろし、私は勝機を悟った。瞬間、
「す――好きだ、テレジアちゃんっ! 僕と付き合ってください!!」
「――へ?」
す――すき?
「一目惚れです! 初めて出会った時から惚れてました! まいにち必死になって戦ってる姿も、僕は大好きです!」
「こ……コリウス、本気……?」
私の心を代弁するかのように、マグノリアが言った。
「本気で……テレジアのことが、好き……なの……?」
「え、う、うん……」
「あんな、血塗れになって咆えている姿のどこを見て、きみは興奮できるの……?」
「え、え、えと、僕は強い女性が好きで……」
「違う。違うよ、コリウス。そんなんじゃダメだ。自分の弱さの言い訳にテレジアを使っちゃいけないよ」
「ま、マグノリア……ちゃん?」
「おいおい、落ち着けマグノリア! コリウスは勇気を振り絞って――」
「バウエラは黙って」
「……ハイ」
沈没するバウエラの横を通って、何やら様子のおかしいマグノリアがコリウスに詰め寄る。後退するコリウス。壁際に追いやられたコリウスは、壁に手をついたマグノリアによって左右の逃げ道を塞がれた。
「ひぃ……ッ」
「テレジアはね、守ってあげなきゃいけないんだ。彼女は放っておいたらボロ雑巾のようになってしまう。確かに彼女は強い女性だ。けれど強く
「ま、マグノリア、落ち着け……」
「コリウスの顔面が蒼白になってるぞ……」
「おいおい、テレジア! 頼む、お前しか止められねえ! ――って、そっちはそっちでまだやり合ってんのかよ!? しかも……おいおいおい、おいおいおいおいおい」
バウエラに続き、男性陣たちの視線が私とアベリアに吸い寄せられる。しかし、お構いなしに私はアベリアの胸を揉みしだいた。普通に殴るより、こちらの方が効果抜群だと見抜いた私は、執拗に胸を弄ぶ。
「ひゃあっ!? ――この、クソビッチがぁっ!」
「そっくりそのままお返しするわ、このいやらしい雌豚がッ――んんっ!?」
同様に、アベリアも私の胸に手のひらを食い込ませた。先端部分が擦れて、背筋に一瞬だけ電気が走った。唇を噛んで声を抑える。もつれるようにして互いに体を重ね、睨み合い、私とアベリアは服の中へと手を忍ばせた。
「か、感じてなんかないわよ……っ」
「わ、私だって……っ」
「おいおい……いいのか、これ……無料でこんなの見ちまっていいのかよ、えぇッ!?」
「だ、だめだよ、みんな見ないで! 見せ物じゃないからぁっ!?」
興奮するバウエラと、必死に男性陣から私たちを隠そうとするセリンセ。互いの上着を剥がし合ったところで、ようやくマグノリアが本気を出した。第107期見習い騎士団の首席にして、〝繋がれぬ
「テレジア。あたしも実は、裸の付き合いってヤツを試してみたかったんだ。シャワー室じゃ時間制限があるからできなかったけど、今なら……っ」
「なにやってるのマグノリア……どうしてあなたも服脱いでるの……おかしいよ……っ!?」
――それから、食堂勤務の騎士による通報で教官が飛んでくるまでの十五分間、マグノリアを交えた三つ巴の闘争は続いた。
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