第7話 違和感

「っ!」


またもや5時のアラームでおきた。そして準備を済ませ、真さんを追う。もちろん昨日とは服装を変えてある。そして駅で裕也と合流し、会社に向かう。相変わらず真さんは暗い雰囲気だ。そしてそのまま会社へと出勤していった。


「お前が昨日つけたときもあんな感じか? 」


「あんな感じって? 」


「あの暗い感じだよ」


「あぁ、そうっすね」


「なんでだと思う? 」


「さぁー? 」


「おかしくないか? 」


「まぁ、不倫相手がいるのが、会社だとしたらおかしいっすね」


「そうだよな」


 と俺たちはああでもないこうでもないと言いながら昼が来るのを待った。


「あっ来ましたよ」


「今日も一緒か」


「みたいっすね」


「やっぱり相手はあの女で決まりだろう」


「そうなんすか⁈ 」


「お前とは経験値が違うんだ」


「いやー俺、あの女が出てきたあたりから真さんの指輪が気になってるんすよ」


「指輪? 」


「はい」


「どういうことだ? 」


「真さんっていつも指輪してるじゃないっすか」


「そうだな」


「でも女は、腕時計以外アクセサリーはしていない」


「たまたまだろ。それに不倫なんだし」


「でも、昨日真さんをつけた時、麻衣さんのしている指輪が依頼に来た時にしてたものと違ったんっすよ。そんで、真さんが、『今日は指輪してくれてるんだ。』って言ってたんっすよ」


「つまり、何が言いたい? 」


「だから、まだ不倫じゃないっていう可能性もあるのかなーって」


「そうか、じゃあ1ついいこと教えてやるよ。不倫調査の依頼は、9割不倫してる」


「そんなにっすか? 」


「そうだ」


「でも後の1割っていうこともありますし」


「まぁ、そうだな。まだ確証がないからな」


「そうっすね」


「引き続き、俺は女の方を調べる。お前は真さんのほうを調べてくれ」


「わかりました」


「残りの1割か……」


 と俺はありもしない考えをめぐらす。不倫調査の約9割は、証拠をつかむことが出来る。

時間がかかる時もあるが、地道な仕事だから仕方ないと割り切っている。前の職場より給料も良いし、何より人の役に立つという俺の小さい頃の夢も叶う。人間の汚い部分を見なけばならないのは少々酷な部分と言えるが、俺はこの仕事が好きだし、誇りを持っている。

 俺は定時まであの女について調べることにした。といっても何をしたらいいのやら皆目見当もつかない。こんな時所長は…聞き込みだ!近くのコンビニに行ってみるか。

駅前のコンビニであるが、今になって考えがまとまった。昼は社食で食べるのにコンビに来るはずがないのだ。しかし、来てしまった以上はやるしかない。俺は覚悟を決めてコンビニに入店する。


「いらっしゃいませー」と気怠げな男子高校生か大学生ぐらいの人物が言う。


俺はお茶を手にレジへ向かう


「お預かりします」


「ここは、あの会社から近いですね」

と突飛なことを言ってしまう。つかみとしては最悪である。


「そうっすね」


「会社の方はよくいらっしゃるんですか? 」


「そっすねぼちぼち」


「そうですか」


「150円です」


「あぁ、はい」


「200円お預かりします。50円のお返しです」


「どうも」


「ありがとうございました」


 結局なんの手掛かりもつかめなかった。だいたい警察みたいな権力が俺たち探偵にはないのだから、相手との信頼関係を作ってからでなければお客のことなど教えてくれないだろう。だが、こうしている時間がもったいないと、よく所長に言われたものだと思い出し。次は駅前の喫茶店へと歩を進める。ここなら落ち着いて話すことが出来るだろう。密会にはもってこいの場所である。

 駅前の喫茶店というだけあり、うちの事務所のようなレトロさは全くない、都市部によくあるお洒落な喫茶店という感じだ。まさにOL好みな喫茶店であろう。

 ガラスの引き戸を開けると、甘い匂いが漂ってくる。どうやら軽食も販売しているようだ。


 「いらっしゃいませ。1名様でよろしかったですか? 」

  とアルバイトらしき女性が話しかけてくる。時間帯からして大学生だろうか?


 「あ、はい一人です」


 「お好きなお席にどうぞ」


「どうも」

 と俺は返事を返し、窓に面したカウンター席に腰かける。


「メニューです」

 と先ほどの店員がメニューを持ってきてくれた。話しかけるには絶好のチャンスだ。


 「ありがとうございます」


 「ごゆっくりどうぞ」


「あ、すみません、ここのオススメはなんですか? 」


「どれもおいしいですが、売れ筋はシフォンケーキです」


「そうなんですね。じゃあそれとホットコーヒーを」


「かしこまりました」


「シフォンケーキってことはやっぱり女性のお客さんが多いんですか? 」


「はい、あそこのアリシアという会社はご存じですか? 」


「えぇ、名前は」


「あそこの会社の方がお昼休みや帰りがけに立ち寄られていくことが多いです」


「そうなんですね」


「はい、この時間は空いてますけどね」


「静かで私はこっちのほうが好きなんです」


「確かに、女性が集まると賑やかになりますからね」


「えぇ、ホント」


「ここでも所謂女子会みたいなものってあるんですか? 」


「えぇ、結構な頻度であるみたいですよ。私はまだ1度も見ていませんが」


「そうなんですね」


「はい。ところでお客様はお昼休みか何かで? 」


「え?あぁそうなんですよ」


「少し遅めなんですねお昼休み」


「あー今日はちょっとトラブっていて」


「あっそうなんですね。すみませんお忙しいのに、話し込んでしまって」


「いえ、お気になさらず。もう片付いたことですし」


「そうでしたか」


「はい、僕の方こそお仕事の邪魔をしてしまって申し訳ない」


「大丈夫ですよ。この時間はお客さんあんまり来ませんから」


「でしたね」


「どちらでお仕事されているんですか? 」


「え? 」


「いやその、この近くじゃないんですか? 」


「あぁ、そうですよ」


「あの、アリシアの前の会社です」


「あぁ、旅行会社でしたっけ? 」


「そうですよ」


「旅がお好きなんですか? 」


「いやー、就職難でやっと就職できたのがあそこなんです」


「そうなんですね。私も就職どうしようか迷ってて」


「大学生ですか? 」


「そうです。いま3年なんですけどみんな就活とか始めてて」


「やりたいことなんて見つからなくて困ってるんですよ」


「確かに、僕も困りましたよ」


「今の仕事どうですか? 」


「うーん」


俺は返答に困っていた。探偵の仕事は、やりがいも楽しさもある。だが今の立場は就職難で仕方なく就職した企業に勤めるサラリーマンなのだ。どう返せばいいのか。


「やりたいことではないけれど、やらないと生きていけないし、嫌だと言って休ませてもらえる年ごろでもないしね(笑)」


「確かにそうですよね~ 」

「私もそうなるのかな(笑)」


「そんなことなんじゃないか?まだ若いんだし」


「そうですかね」


「俺が言っても説得力はないけど(笑)」


「そんなことないですよ。言ってもらえるだけでも心が軽くなります」


「そっか、それならよかったよ(笑)」


「おっと、もうこんな時間か、シフォンケーキ美味しかったです。ご馳走様でした」


「ありがとうございました。またいらしてください」


「えぇ、時間があるときにまた寄らしてもらいます」


「ありがというございました」



 15時かと呟き、俺はスマホを取り出し裕也にメッセージを送る。『駅前の喫茶店でアリシアの女性社員が集まることがあるらしい。』と送り、俺はスマホをポケットにしまう。

 そして再びアリシアに向かって歩く。柔らかな日差しと心地よい微風が俺だけでなく町全体を包んでいるようで、時の流れが朝や夕暮れに比べて穏やかに感じる。すれ違う人も子供や主婦など通勤ラッシュの風景が名物といっても差支えないほど人がごった返しているこの町には似合わない景色だ。時の流れや人だけでなく町までもまるで別の町になってしまったように感じられる。そんな白昼夢を覚ますようにスマホが振動するのを感じる。

 スマホを取り出すと裕也からメッセージが返ってきている。『了解っす。こっちも進展アリっす。』と表示されている。俺はあいつの進展アリよりも、何をやらかしたのかが気になった。ばれてはいないだろうか?探偵であると言っているのではないか?そんな不安を抱いているためか足早に裕也のもとに向かう。


「お疲れ様っす。早かったっすね」


「お前、なんも言ってないよな? 」


「なんもってなんすか?あ~探偵ってこととか、依頼者の名前とかでしょ。そんな間抜けなことするわけないっすよ~ 」


「本当だろうな? 」


「勿論っす」


「ならいい。で何を得たんだ? 」


「それが、警備員に聞いたんすけど、先月離婚した男性社員がいるらしいっす」


「それで? 」


「それでですね、奥さんの方が不倫していたらしいんっすよ。だから真さんももしかするとそうかなと思って」


「そうか、だが俺たちが調べているのは真さんであってその男性社員とは関係ない。同じ不倫でも、依頼者の個別化が出来なきゃ探偵としては、まだまだひよっこだな」


「そうっすよね。すいませんでした」


「いや、そんなに気にすんな。俺もよく所長に言われた」


「肇さんにもそんな時があったんすね」


「そりゃあるよ」


「今日も後を追う方向で良いんですか? 」


「そうだな、昨日と今日では違うかもしれないし、根気よくやろう」


「うっす! 」


「じゃあ、俺は搬入口に行くんで、なんかあったら肇さんに連絡します! 」


「おう、頼んだ」


それからしばらくして俺は昨日と同じく、アリシアのエントランスを見張れる場所に来た。

 程なくして、例の女が出てくる。カメラを起動し、後を追う。が、昨日と違うことがある。

 他の3人の女性社員と一緒なのだ。よくあることではあるが、発覚するリスクが高まるため、あまり探偵としてはうれしくない。

 俺は、女たちの後を追いながらその話に聞き耳を立てる。『渡辺さん』『不倫』『いい加減にして欲しい』といった単語のみが聞こえる。町の喧騒が一層騒がしく感じられる。だが聞こえてきた単語から察するに、恐らくこの女が真さんとの不倫に関わっているに違いない。

その後も愚痴大会は続き、駅までたどり着いた。駅で女たちは解散し、それぞれ帰路に就くようだ。その後は昨日と同じルートで家に帰り、部屋の電気が灯ったことを確認して俺は、裕也に連絡を入れ、事務所へ向かう。途中裕也から連絡が入る。『こっちも昨日と同じく家に帰りました。』とある。不思議だ。通常、不倫調査とは比較的早く証拠がつかめるものであるが、今回は比較的長いと感じる。だが、調査が発覚しているとは、真さんや女の態度からは感じられない。


 カランと聞き馴染みのある音を鳴らし、事務所の扉を開ける。


「お疲れっす」


「あぁ、そっちもな」


「どうでした? 」


「やっぱりあの女だと思う」


「なんでっすか? 」


「今日帰るとき他の女と同じだった時に、『渡辺さん』という言葉と『不倫』ということを言っていた」


「確かに怪しいっすね」


「だが、女が言ったようには感じられなかった」


「? 」


「周りが騒ぎ立てているというか、案じているというか? 」


「どういうことなんすか? 」


「分からん」


「こっちは、そんなところだ。そっちは? 」


「こっちも特に昨日と変わりはありません」


「相変わらず暗い感じですし、飲みの誘いも断っていたようですし、どっちが不倫してんだかって感じです」


「そうか」


「……」


無言の時間は、疲れや夜、そして、一向に進まない調査への苛立ちから鉛のように重く感じられた。

―そして、その鉛のような重苦しさは、俺の精神状態の現れそのものだった。俺が感じているプレッシャーや、裕也がいう違和感に俺自身も気づき始めていた、それらが俺にのしかかって、余計に重たい雰囲気に感じられた。―

 静寂を切り裂くように、カランと鈴の音が鳴る。扉を開いたのは、所長だった。


「2人ともお疲れ様です」


「お疲れっす」


「所長、お疲れ様です」


「調査は、順調ですか? 」


「いや、まだ証拠がつかめてなんすよ」


「そうなんですね」


「張り込みや、尾行は行っているんですが、いまいち成果が無くてですね」


「そうですか、では社員食堂に行ってみては? 」


「え?なんで所長が? 」


「昨日、堂園君から聞いたんですよ」


「そうでしたか、確かに社員食堂か、考えもしませんでした」


「お疲れのようですね大杉君」


「いえ、ご心配はいりません、所長」


「私のようにならなくても良いのです。君には、君にしかない視点が有りますから」


「え? 」


「とにかく気張らずに、しかし真摯に調査に取り組むこと。2人とも頑張ってくださいね」と言って、所長はまた、扉を開き出てて言ってしまった。どうやら資料を取りに来たようだ。

俺にしかない“もの”とは何だろうか?確かに俺が所長のようになれるわけがないのだ、経験値が違いすぎるのだ。そうだ、もう一度がむしゃらに調査に取り組む。俺が出来ることはそれだけだ。


「よし!明日の昼休み社食に行く」


「了解っす! 」


「気合入れろよ」


「はい! 」


「明日も同じ時間で行くぞ」


「分かりました」


「じゃあ、明日」


「はいっす! 」


と挨拶を交わして、俺たちは事務所を後にする。そしていつも通り、アラームをセットして眠った。まるで俺もサラリーマンになったようだ。同じ日々の繰り返し、その中で刺激を求めたのだろうか?なんにせよ明日には大きなことがつかめるはずだ。考えているうちに、意識が途切れた。


~続く~

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