第4話 腹が減っては調査が出来ぬ。

そういって俺たちは事務所を後にする。マスターは合鍵を持っているため「よろしくお願いします。」というメモだけおいて出できた。


「何が食べたい? 」


「そうっすねー、牛乳とアンパンとかどうっすか(笑)」


「張り込みの時にとっておけよ(笑)」


「じゃぁ駅前の喫茶店はどうすか?ちょうど真さんの通勤ルートですし」


「あぁそうだな、そこにしよう」


駅前の喫茶店と言うのはマスターの弟さんの経営するものとは違う。だがあそこのコーヒーもかなりイケる。それとピザトーストがうまい。あそこでの注文はほとんどこれだ。


「でも、駅前っつてもほんと何にもないっすよねー 」


「まぁ、この辺はベッドタウンだからな」


「車で30分も行けば、モールもあるしな」


「ですね。ほんと最近シャッター通りになりましたよねー 」


「あぁ、だな」


と、駅前の商店街に差し掛かる。事務所から駅までは徒歩5分もかからない。


駅から徒歩5分圏内にはコンビニや喫茶店などが点在するが、そこから外れれば後は住宅街ばかりである。まさしくベッドタウンにふさわしい様相を呈している。


「あぁ、そうだお前ここにあった肉屋知ってるか? 」


「はい、加藤精肉店すよね? 」


「そう。ここのコロッケうまかったよなぁ」


「えー絶対メンチカツのほうがうまかったっすよ」


「馬鹿だな、あのジャガイモのほくほく感がポイントなんだよ」


「肇さん、若くしてもうオッサンだったんすね(笑)」


「お前はずっと馬鹿だったんだな」


「今も昔も馬鹿じゃないっすよ」


「じゃなんだよ」


「えー人間っすね(笑)」


「つまんねぇこと言うなよ、小学生か」


「だから、人間っす」


「はいはい」


商店街を抜け駅前のロータリーが見える。

目的の喫茶店はすぐそこだ。


「おっ、オムライスうまそうっすね」


「だな」


「肇さんはいつものっすか? 」


「そういわれるとな……」


そういって俺はショーケースの中のサンプルを眺める。手書きの文字でメニューと値段が書かれている。昔から変わらないこの感じが俺は好きだ。


「エビピラフにするか」


「俺はやっぱオムライスっすね」


と言って裕也が扉を開ける。

チリンと喫茶店特有の鈴の音と同時に年配の女性の声が聞こえる。

ここはご夫婦でやられている喫茶店だ。


「いらっしゃいませ。って久しぶりじゃない」


「どうもこんにちは美智子みちこさん」


「おばちゃん、こんちわー」


「あら、今日は2人? 」


「えぇ、所長は別件で 」


「そう。あっそんなとこ立ってないで座んなさいよ。どこでも空いてるわよ」


「ありがとございます」


「あざーす」


俺たちは窓際のボックス席に座る。


「決まってるかしら? 」


「はい、自分はエビピラフとアイスコーヒーを」


「おばちゃん、俺はねオムライスと、カフェオレね」


「エビピラフとオムライス。それにアイスコーヒーとカフェオレね」


「あそうだ、お冷どうぞ」


「ありがとうございます」


「ありがとーっす」


「はいはい。じゃあちょっと待ってね」


そういって美智子さんは厨房へ入っていく。そしてご主人の武夫さんに注文を伝えているようだ。


「ピザトーストじゃなくていいんすか? 」


「あぁ、たまにはいいだろ(笑)」


「そうすね(笑)」


「この辺りは密会場所なさそうっすよね」


「あぁ、しいて言うならここだな」


「でも、ここは奥さんにばれやすいからないでしょ(笑)」


「だな」


「一応聞いてみますか? 」


「そうだな 」


そうこうしているうちに湯気を登らせながら料理が運ばれてくる。ケッチャプのいい匂いが空腹を増長させる。


「はい、お待ちどうさま」


「ありがとうございます。わぁ美味しそう」


「ども、腹減ったっすー 」


「いただきます」


「〇×○○まっす」


「もう食べてるじゃないか」


エビピラフを口に運ぶ、バターの香りが口に広がってとても美味い。



 気が付けばもう最後の一口だ。


「ごちそうさまでした」


「っしたー」


「うまかったすね」


「あぁ、相変わらずうまいな」


そういって俺は食後のコーヒーを飲む。口の中がリセットされるようなこの感じが俺は好きだ。


「あぁ、うまかったっすね」


どうやら裕也のほうも食事を終えたようだ。俺は時計を見る。時刻は12時20分である。

今から真さんの会社に行っても昼休みは終わっているであろう。今日は密会場所の絞り込みの後会社に行くことになりそうだ。



「肇さん、今回の件どう思いますか? 」


「なんだよ急に」


「いや、俺調査に入れてもらったの初めてなんで、浮気してたらそれを突き止めたら手柄でしょ?ワンチャン肇さんよりも偉くなるかもしれないっすね(笑)」


こいつ、珍しく静かだと思ったらそんなことを考えていたのかと俺は呆れる。全くなぜこいつを所長はスカウトしたんだ?不思議でならない。電話番が欲しいならマスターに任せればいいはずなのだ。


「何度も言うが俺たちの仕事は依頼者が満足のいく調査を行うことだ。真実だとか悪を裁くのは警察の仕事だ」


「それと依頼を一つ遂げたところで俺より偉くなることは絶対にない」


「分かんないじゃないっすか! 」


「もう無駄話はいいか、さっさと行くぞ」


「美智子さんお会計を」


「はいはい。二人合わせてでいいかしら? 」


「えぇ、二人分お願いします」


「あら、肇ちゃんも先輩らしくなってきたじゃない」


「いつも、秀ちゃんに連れられていたのに」


秀ちゃんとは所長のことで、所長は竹久秀智という。


「美智子さん、後輩の前では格好いい先輩させてくださいよ(笑)」


「あら、ごめんなさいね(笑)」


「裕ちゃん、ちゃんと言うこと聞くのよ」


「はいっす!」


「あっそうだ、おばちゃんこの人知らないっすか!? 」


と裕也は真さんの写真を美智子さんに見せる。食前のことを覚えているとは感心だ。


「さぁ、うちには来ないわねぇ。そんなことよりさぁうちのお客さんの呼び込みしてよぉ」


「ははは、美智子さんそれはお引き受け難い依頼です(笑)」


「冗談よ(笑)いってらっしゃい」


「はい、でおいくらでしょうか? 」


「あらやだ、忘れてたわ!大事なお客だものね。二人で1350円ね」


「じゃあ、1500円で」


「はい、150円」


「じゃあ今度こそいってらっしゃい」


「はい、ごちそうさまでした」


「っしたー! 」


またもや裕也が扉を開ける。チリンとやや高めの鈴の音とともにドアが開く。裕也に続き俺も外へ出る。季節はもうじき5月に差し掛かる。春の陽気と満腹が心地よい。このまま寝転んで寝てしまいたい。そんな気持ちを紛らわすため俺はスーツのポケットからガムを取り出す。

スーッと鼻からミントの清涼感が抜けて行く。


「俺ももらっていいすか? 」


「あぁ」


裕也にもガムを渡す。こいつはすでに寝そうだ。普段から抜けてるやつだが余計にだらしない。


「この後はどうするんすか? 」


「そうだな、とりあえずもう少し、密会場所を探した後、会社に行こう」


「え!もう行くんすか? 」


「あぁ、一駅ずつ降りて探すよりも、尾行した方が効率的だろ」


「そうっすね。じゃあ、どっちに行きますか?事務所のほうに戻る感じですか?

  それともこのまま団地の方に行きますか? 」


「うーん、駅周辺じゃなくて街道のホテル街で俺たちが張れそうなところを探しておこう。万が一張り込みになったときのために」


「そんでついでに状況整理と今後の方針も決めておく」


「了解っす」


「じゃあ、車あった方がいいすか? 」


「だな」


「俺行きますよ」


「じゃあ頼んだ」


「うっす」


そういって裕也は来た道を引き返して行く。あいつが居ないとこうも静かだったとは。

 「……秀ちゃんに連れていたのに……」あの言葉が繰り返される。確かに俺は今まで所長に連れられて調査を行ってきた。初調査になぜ俺を同行させたのだ。所長のほうが調査の技術や経験が多い。あいつが学べるものも大きいと思う。それなのになぜ俺にあいつを任せたのだろうか。あいつが俺から吸収するものなんて限りがある。後輩から急に先輩になった俺は一体どうしたらよいのか、所長のような立ち振る舞いをしようと思っても俺にはできない。それどころかあいつは、俺よりも依頼者と信頼関係が築けているじゃないか。俺はお荷物なのだろうか?俺よりも吸収や覚えが速い裕也と俺、立場は上でも俺もあいつと変わらないじゃないか。

 そんなことを考えながらぼんやりしていることろへ、突如クラクションが鳴り、驚いてわぁっと言ってしまった。


「大丈夫っすか?疲れてるみたいっすけど」


「いや、大丈夫だ」


そういって俺は車に乗り込もうとするが段差につまずきまたも情けない姿を後輩に晒した。

恥ずかしすぎる。一度ならず二度も醜態をさらすことになろうとは、しかもこいつに。


「ほんとに大丈夫なんすか? 」


「あぁ、昼飯の後で眠くなってるだけだ」


「お前も気をつけろよ」


「はい!安全第一っすよ」


そういって車は走り出した。


「そういえば、さっきはなんであんなにぼんやりしてたんすか? 」


「だから、眠くなったからだと言ってるだろ」


「そうっすか。なんかあったら言ってくださいね」


「あぁ」


「肇さんも所長にスカウトされたんすよね? 」


「あぁそうだ」


「俺と同じっすね」


「まぁ、残念ながらそうなるな」


こんなやり取りがしばらく続いた後

車は街道に出る。この街道は片側3車線の大きい道路で交通量もかなりある。


「次右でしたっけ? 」


「そうだな次の信号を右だ」


「了解っす」


そういうと車は右折して2車線道路に入る。平日の昼間ということもあり、交通量はまばらである。もうしばらく行けば目的地だ。


「でもあそこのホテル街駅から結構あるっすよね? 」


「だな。でも真さんは免許証を持っている」


「でも車通勤ではないですよね? 」


「そうだが、あそこに行くことは可能ってことだ」


「そうっすけど、来たっていう証拠もないっすよね? 」


「その証拠をつかむのがこれたちの仕事だろ」


「そうっすね」



「あっここ曲がんないと」


そういって車は再び右折する。急にハンドルが切られたことで、遠心力で体が左に傾く。

ドアに体が押し付けられ驚く。


「っ!焦った」


「すいません。大丈夫でしたか? 」


「あぁ。少しぼーっとしてたもんだから驚いた」


「すいません。あっこのビジネスホテルとかどうすか? 」


「いいんじゃないか。ここはホテル街の入り口だし。入ってくる奴らは大体見えるだろ」


「じゃあ万が一張り込みになった場合はここっすね」


「そうだな」


「じゃあ戻ります? 」


「今何時だ? 」


「13時ですね。真さんの帰宅時間が9時で自宅から会社まで1時間となると、まだ結構時間ありますね。どうします? 」


「うーん、一度事務所に戻って今後の方針を詰めていこう」


~続く~

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