第2話  依頼

「こ、こんにちは」


若干女性に引かれているようだ。まぁようこそって言われてもか。なんて思いながら俺も返す。


「こんにちは。どうぞお座りください」


「ありがとうございます」


容姿だけでなく、声までも透き通るように美しい。全くこんなきれいな奥さんをほっといて不倫するなんて怪しからん奴だと思ってしまう。そんな考えを押し殺しながら俺は尋ねる。


「本日は、どのようなご用件で? 」


少し言葉に詰まりながらも女性は答える。


「実は……最近……主人の様子がおかしくて……」


「そうですか……」


「……」


やはり俺は女性との会話が苦手だ。どうしたものかと考えていると。裕也が切り出す。


「あのー自分は堂園って言います。こっちは先輩の肇さんじゃなくて、大杉さんっす」


「んで失礼ですけどお名前教えてもらっていいっすか? 」


言葉遣いが最悪だがよくやったと内心褒めつつ女性の返答を待つ。


「…渡辺です。渡辺麻衣と申します」


「渡辺 麻衣(わたなべ まい)さんっと」


「了解っす。渡辺さんのご主人の名前もいいすか? 」


「はい。主人は真(まこと)です」


「えー渡辺 真さんっと」


「え?真さん? 」


「はい。主人が何か? 」


「いや、何かじゃ――」


「いえ、失礼しました。以前似たお名前の方がいらしてて。」


「そうですか……」


危なかった。俺たち探偵はたとえ身内であっても別々の依頼者と区別し、守秘義務を守らなければならないのだが、この馬鹿のせいで危うく麻衣さんにばれるとこだった。


「あぁそうだ、堂園悪いがお茶を淹れてくれないか? 」


「わっかりましたー」


またもや2人きりである。気まずいと思いつつも俺は話を続ける。


「えー渡辺さんのご主人つまり、真さんの様子がおかしいとのことですが、具体的にはどのような点がおかしいのでしょうか?差支えない範囲以内で教えていただけますか? 」


「はい。最近スマホをよく見ているんです。何かを気にするように。それで何かを見ると私に話しかけてくるんです。なにか嫌なことないかって」


「そんなこと最近までなかったのに急にそんなこと聞くんです。それに……」


「それに?」


「昨日主人が電話しているのを聞いていたんですが、女性の声が聞こえてきて……」


「会社の方ではないんですね? 」


「分かりません。とにかく最近私にやさしくなったり、女性と電話したりしてて変なんです」


「証拠がなければ調べていただけないんですか? 」


「そんなことないっすよ」


と裕也がお茶を淹れて持って来る。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


「いいんすよ。あれ?それって結婚指輪っすか? 」


「おま、すみませんぶしつけなことを……」


「いいんです。ええこれは主人との結婚指輪です」


「そうなんすね。結婚されてからどれくらいなんすか 」


「お互い28歳で結婚して今年で4年目になります。まだ32歳なのにどうして……」


「そうすね…まだまだこれからっすもんね」


「そうなんです…私もう呆れとか怒りとかじゃなくて悲しくて……」


「確かにそれは悲しいっすよね」


「はい……それに私がパートで家にいない時なんかもう不安で……」


「ですよね」


「分かりました。俺たちで調べます!そうっそよね?はじ、じゃなくて大杉さん!」


「お願いします! 」


「待ってください。お引き受けすることは確実ではありますが、この件に関して所長のほうに情報を開示することがありますが、よろしいですか? 」


「はい」


「分かりました。ご主人に気づかれることのないよう調査を致します。渡辺さんのほうでもご主人を疑うような言動は慎んでいただくようお願いします」


「分かりました。ではよろしくお願いします。大杉さん。堂園さん! 」


なぜか裕也に対する期待感が感じられるが気にしない……。


「了解致しました」


「任せてくださいっす! 」


「では調査を開始する前に、ご主人の行動や勤務状況を教えていただけますか? 」


「はい。主人は先ほどお伝えしたように、私と同い年の32歳で、仕事はサラリーマンをしています」


「会社名はわかりますでしょうか? 」


「アリシアという化粧品の会社です。」


「アリシアってあれっすよね、『本当の自分で行こう』っていうキャッチコピーの」


「そうです」


「堂園知っているのか? 」


「はじ、じゃなくて大杉さん知らないんすかぁー? 」


「俺はプレゼントする女性もいないし、若くもない 」


「たまにCMやってるじゃないっすか? 」


「テレビはあんまり見ないからな」


「これだから、オジサンは困るっすよ(笑)」


「笑笑 」


なんだろう麻衣さんにも笑われた気がする。2歳差だよね?


「お前な、 っと話がそれましたね。すみません」


これ以上言っても笑いものにされるだけだと思い話を戻す。


「ご主人の出勤時間と帰宅時間を教えていただけますか? 」


「主人は朝7時半ぐらいに家を出て9時ぐらいに帰ります。飲み会などがあるともっと遅くなることもありますが、最近は大体9時ぐらいに帰宅します」


「分かりました。ありがとうございます」


「最後にご主人の写真等はありますか? 」


「少し待っててください」


そう言って麻衣さんはスマホを操作し始ねる。


「これはどうですか? 」


「1年前に大山温泉で撮ったものです」


そこには浴衣姿の渡辺さん夫婦が写っている。浴衣姿の麻衣さんはとても綺麗であるが今はそこじゃないと考えるもつい目が行ってしまう。真さんは黒髪短髪できりっとした眉に二重の目が印象的だ。悔しいがイケメンである。身長はおおよそ177センチぐらいであろう。


「ご主人の外見も承知しました」


「大山温泉いいっすね」


「堂園、今は仕事中だぞ」


「最近温泉なんて行ってないっすから、つい」


「堂園さんお若いのに、温泉がお好きなんですか? 」


「そうっすよ。若いってももう25になりますけどね(笑)」


「お若いじゃないですか(笑)」


裕也と麻衣さんの話が盛り上がっていることに若干苛立ちを覚えるが大人げないか…なんて考えつつ調査についての意見確認を行う。


「調査についてですが、3週間調査を行い調査内容の報告を致します。その内容によって契約続行か打ち切りを依頼主である渡辺さんご自身に決めていただきます」


「なるほど」


「3週間ほどですと、金額は20~30万円ほどになります」


「分かりました」


「では、こちらの書類にサインをいただけますでしょうか? 」


「ありがとうございます。今日から調査のほうを始めさせていただきます。先ほどもお伝えしましたが、いつもと変わらないよう極力お願いします」


「分かりました。よろしくお願いします」


「お金はどうしたら良いんですか? 」


「調査にかかった日にちと諸経費から最終的な金額を決めて3週間後の報告日にお伝えしますので、2か月以内に振り込みをお願いいたします」


「分かりました。絶対に証拠をつかんでください! 」


「最善を尽くします」


「任してください! 」


「よろしくお願いします。では私はこれで」


「はい、お気をつけて」


「失礼します」


そう言って彼女は扉を引く、カランという鈴の音共に彼女はカツカツとヒールの音を響かせ階段を降りって行った。


「お前、妙に張り切っているがなんもできないぞ」


「はぁ?何言ってんすかそろそろ俺も探偵したいっす! 」


「この件も俺と所長でやる」


「そういって麻衣さんにアピールしたいんじゃないっすか? 」


「そんなんじゃないよ。お前こそ随分と麻衣さんと親しくなっていたじゃないか?」


「そうすか?所長に言われたように、感情に共感しただけっすよ」


「そんなこと言ってたな」


「そうか、俺もやってみるか」


「いや、肇さんがやっても怖いっすよ」


「なんでだよ」


「いやーいっつも仏頂面じゃないっすか」


「急にそんなことされたら俺笑うっすよ」


「ひどい奴だな」


「肇さんもっすよ。俺を連れってくださいよ」


「だめだ」


「お願いしますよ」


「書類1枚作れないのに何が出来るんだ? 」


「それは……」


「まぁ、所長に報告しないとな」


「そろそろ帰って来るんじゃないっすか? 」


「だな」




10分ほどったただろうか?カランという音とともに聞きなれた男性の声が聞こえてくる。


「ただいま戻りました」


~続く~

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