第十四章

第30話

「じゃあ、行こっか」


 予備校のエントランスを颯爽と通り抜ける勝来は、普段は足首まで隠れるロングスカートやワンピースを常用していたが、この日に限っては太股の一部が覗けてしまうほどに短いスカートを履いていた。


 そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、持月は密かに心踊らせていた。


「あっ、これ面白そう」


 繁華街の映画館に二人が到着してすぐに勝来が指差したのは、ラブロマンス映画のポスターだった。


 特に観るものも決めずに赴いたため、現地に着いてから決めようという話にはなっていたが、最近は専ら空いた時間にミステリー小説を読み耽っている持月は隣に貼ってあったサスペンス映画に興味を持った。


 けれども人が死んだりする物語を彼女が好まないことは事前に耳にしていたので、あえて口には出さずにおいた。


「うん、これにしようか」


 日曜日ということもあり、館内は随分と込み合っていた。上映が始まる前に飲み物を買うべく並ぶ長蛇の列の最後尾についた二人は、今までに観た映画について語り合った。物語の構成が凝ったものを好む持月に対し、勝来はどちらかといえば単純明快で泣いたり笑ったりできるものが好きなようだった。


「あっ! あれは観たことある?」


「いやぁ、……ないかな」


 好みの領域が異なる相手とはやはり共通点が見つけづらく、互いが面白いと話す映画について一致したのはごく僅かなジブリ作品のみだった。


「お待たせしました! ご注文をお伺い致します」


 開場時間の間際でやっとこさレジの前まで辿り着くと、カウンター越しの店員に向かって持月はコーラを、勝来はアイスティーをそれぞれ注文した。


「あ、あと塩味のポップコーンをください」


 嶋田と二人で訪れた時と同じ調子で持月がそう言うと、隣に立つ勝来は少々戸惑った表情を浮かべ、何か言いたげにしていた。


 実のところ、勝来は映画館を訪れると決まってキャラメル味を選んでいたので何も相談なしに彼が塩味を選んだことに動揺をしたが、かといってそんな些細なことで不平を漏らすのもどうなのかと気が引けてしまった彼女は、僅かに強張った空気を纏いつつ会計を済ました。


 店員がカウンターの奥に移動してから彼女の変化に気づいた持月は、「どうかしたの?」と問いかけたが、勝来はぎこちなく笑みを浮かべながら首を振って応えた。


 中の下、といったところか。


 今回の作品に対する持月の総合評価はそのようなものだった。もちろんサスペンス映画でないため衝撃の展開や緻密な心理戦などは期待していなかったが、恋愛作品では恐らく最重要視されるであろうヒロインの個性も乏しかった。


 間延びした心温まる展開の繰り返しに彼は途中から飽きてしまったが、左隣で真剣にスクリーンを見つめる勝来は幕が下りると満足した様子を見せ、その後に訪れた喫茶店ではヒロインの心情について熱く語っていた。


「彼が書いたメッセージを偶然見つけるシーン、すごく感動的だったね!」


「うーん。でもあれってちょっと、演出的に無理ないかな? あれだけの数の落書きの中から偶然彼の書いたものを見つけられるなんてさ」


「そこが良いんじゃない!」と彼女は両手を合わせたが、すぐに気まずい表情を浮かべ、「あと、落書きって言い方はちょっと、嫌かな……」と遠慮がちに訴えた。


「あ、ごめん」とすぐさま謝罪した持月は、なんとか挽回を図ろうと映画の登場人物について話題に挙げた。


「ほら、あのヒロインのことを邪魔する女の子! あの子は個性的な演技が光ってたよね。すごく上手かったし、似合ってた気がするよ」


 だがしかし、その発言もまた見当外れだったようで、「……私は、あの子ちょっと苦手かも」と勝来はぽつりと呟いた。


「人前では良い子ぶってるけど、実際は腹黒くて自分勝手だし、主人公を振り回すところとか」


「いや、そこが!」


 魅力的に映ったのだと口にしかけたが、持月はそこで思い留まり、「確かにちょっと、……性格が良くないかもね」と彼女に話を合わせた。


 その後は黙って彼女に勧められたケーキを食べる持月だったが、二人の間の空気がどこかぎくしゃくしているせいか全く味が感じられない。


 どうにかして持ち直す方法はないものかと考えていると、「そういえば、今日は浴衣を着てる子が多いよね」とテーブルに頬杖をついた彼女が言った。「お祭りでもあるのかな」


 うっとりした瞳で浴衣姿のカップルを眺める彼女を見た持月は、急いで携帯電話を取り出すとそれについて調べ始めた。


「近くで縁日をやってるみたいだよ!」


 彼女が飛びつくことを期待して持月はそう発言をしたが、勝来は意外にも冷静な顔つきで「そうなんだ」とだけ答えると、どこかそわそわした様子で表を眺めている。


 実のところ、彼女としては縁日に興味津々な気持ちを必死に抑えつつ男性の側から誘われるのを辛抱強く待っていたのだが、その愛らしい企みを当時の持月は読み取ることが出来なかった。


 結果的には気まずさに堪え切れなくなった彼が「行ってみる?」という言葉を偶然にも導き出すことに成功したため、勝来はその申し出に目を輝かせながら弾んだ声で応える運びとなった。

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