第三十八話「有頂天」
持月は自習室を訪れるたび、自然と彼女を探すようになった。勝来は彼と同じく部屋の隅で黙々とテキストに向かっていることが多いため、どちらかが相手を見つけると示し合わせたように隣へ腰かけ、静かに自身の勉強を進めることもあれば、時おり談話室に移動して互いの苦手分野を教え合ったりした。
模擬試験の後には二人で近くの喫茶店に寄り、見直しをすることがすっかり日課となっていた。
「勝来さんは、ほんとに甘いものが好きだね」
持月が珈琲を飲みながらそう言うと、彼の向かいで美味しそうにショートケーキを食していた勝来は照れたように口元を隠し、「だって、頭を使うと糖分が欲しくなるでしょ」と開き直ったように答えた。「持月さんが少食すぎるんだもん」
「そうかな?」
文化系で身体の線も細い持月は、今まで周囲から大食いだと言われたことはなかったものの、自身が少食だと認識したことはなかった。「まぁ、甘いものってあんまり食べないかもね」
「それは絶対に、人生を損してるよ!」
真剣な顔でそう言った勝来は目の前のケーキをフォークで切り取ると、「こんなに美味しいのに嫌いだなんて勿体ない」と彼の方へそれを差し出した。「ほら、あーん」
「いや、別に嫌いだとは――」と断りつつ、持月は目の前に出されたケーキを口に含んだ。微笑みながらそれを見つめる勝来の視線が気になって目を逸らすと、前かがみになった彼女は「どう? 美味しいでしょ?」と尋ねた。
「うん。まぁ美味しいよ。ショートケーキって、結構好きかも」
「そうだよねぇ。やっぱり、生クリームと苺の組み合わせが一番だよ」
そう言って自分もケーキを食べる勝来の姿を見た持月は、気づけば自然に彼女と間接キスをしていたことに気がつき、途端に恥ずかしさがこみ上げて唇に手を触れた。
「そんなに好きならさ、今度おすすめの店教えてよ」
持月が小声でそう言うと、勝来は目を見開きながら彼を見つめ始めた。
「あぁ、やっぱり僕なんかとは……」と続けて彼が言いかけると、嬉しそうに両手を合わせた勝来は、「それなら教えたい所がいっぱいあるよ!」と答えた。「ついでにどっか、……二人で遊びに行く? 映画とか」
「え、映画?」
あわよくば予備校のついでに二人で寄り道をして、私的な時間を共有できればと思い先ほどの発言を口にした持月だったが、まさか向こうから具体的なお誘いが来るとは思いもよらず、彼は言葉に詰まったまま勝来をじっと見つめ返した。
「……映画は、嫌い?」
不安げな表情でそう尋ねる彼女を見た持月は、「ううん! 映画好き、大好きだよ!」と答えると、嬉しさのあまり我を忘れてしまい、「じゃあ、こ、今度の土曜日とかどうかな?」と勢いに乗って尋ねた。
すると小さくため息を漏らした勝来は、「……持月さん。土曜日は二人とも模擬試験でしょ?」と呆れたように言った。「その後に二人で一緒に復習しようって言ったのも、持月さんなのに」
「あ、ごめん!」
つい舞い上がって大事な約束を忘れてしまったことを彼が謝罪すると、不貞腐れたように唇を尖らせていた勝来はふと笑みを溢し、「でも、試験の翌日ならちょっとくらい息抜きしても良い、……よね?」と言った。
「あ、そっか。次の日曜日なら、午前中で講座も終わりだし!」
「うん。予備校が終わったら二人で映画を観て、それからケーキを食べに行きましょうか。頑張って美味しいところ探しとくね!」
そう言って顔の前で拳を握る勝来の姿が、持月には堪らなく愛おしく思えた。
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