第19話

 今日は始業式とHRだけで終わり。午後は雪菜と、狩川先生も呼んでモールへ行く。

 早速教室を出ようとしたところで服の袖を掴まれる。



「ちょっとタクト。なんか言うことあるんじゃない?」


「かおる……夏休みの宿題全部終わったか?」


「あー明後日提出でいいやつはまだ……ってそうじゃなくて」



 席に引き戻され、ビシッ、と指を突きつけられる。



「私たち、桜先輩と友達になったから」


「……うん、二人なら大丈夫だって信じてた」



 実はもう桜先輩との通話で知ってたけど。



「か、勝手に信じるんじゃないわよ!まぁ色々話してみて悪い人じゃない、というか相当なお人好しだって分かったし……それにあんな美人、あんたが独り占めするのは許されないわ」


「それもそうだ」



 1年遅れではあるが、改めて桜先輩はマルヒガの歌姫として学園のアイドルになるだろう。しばらくはプリン頭を遠目に眺められる日々だろうが、一度先輩の魅力がバレてしまったら止められないはずだ。すぐに友達も沢山出来て、カラオケなんかに誘われて、それでさらに人気になって……友達が俺だけなんてもったいないもんな。

 


「おっ、桜先輩の話?」


「香夜。会ってみてどうだった」


「どうって言うか、可愛すぎるよ桜先輩!あんな可愛い人が居るって知ってたらお兄ちゃんとくっつけてたのに……あ〜今からでも何とかお兄ちゃんと結婚して、お姉ちゃんになってくれないかなぁ〜」


「あはは……」



 そういえば部長と知り合いみたいだったが、元クラスメイトだろうか。

 


「で、タクト。今日から先輩も普通に登校してるらしくて、放課後会うことになってるんだけど、あんたも来る?」


「すまん、今日はコンクールの展示を見に行くんだ」


「休みに行って来たんじゃないの」


「今日はまた別件で、雪菜と……俺の師匠が来るんだ」



「えっ!タクト君の師匠……!?」


「え」


 気付くと後ろに桜先輩が立っていた。



「あ、ごめんね急に。友達と放課後に約束とかテンション上がっちゃって、思わず教室まで来ちゃった」


「お、お久しぶりです先輩。お元気そうで何よりです」



 声はちょくちょく聞いていたが久しぶりに先輩の顔を直視してしまった。ちょっと次元の違う美人に思わず喉が詰まる。通話を重ねることで美声への耐性はついてきたが、直接会うとやっぱり緊張した。

 まだまだ夏の暑い盛りである。先輩の体調が少し心配だったが、顔色も良さそうだった。

 クラスに残っていた奴らが注目しているのが分かる。桜先輩は全く気にせずに話し出す。



「それで、タクト君の師匠ってどんな人?やっぱりすごいカリスマがあるのかな、それとも思いっきり変わった人かな」


「いやぁ、絵を教えるのは上手いけどそれ以外は普通の人です」


「ふーん?……会ってみたいなぁ〜?」



 ね?かおるちゃん香夜ちゃん?と何やら面倒なことを言い出す桜先輩。

 おいこら二人とも、軽率に賛同するんじゃない。



「よーし決定!私もあの『森』の絵が見たいし、一緒について行っちゃおう!」


「「おー!」」


「勘弁してよ……」







「おやおや、何やら我が弟子が綺麗どころを引き連れて参りましたよ?」


「おやおや、何やら我が愚兄がハーレムを形成しておりますぞ?」


「うるさいよ……」



 集合場所のバス停に着くと、すでに狩川先生と雪菜が居た。二人とも昼間からテンション高いなぁ……。



「こちら妹の雪菜と」


「どもども」


「こっちが俺の師匠」


「拓人のご学友かな、初めまして。長男では御座いますが上4人流産しまして五郎と相成りました、狩川五郎です。よろしく!」


「だから嫌だったんだよ……」



 狩川先生は本当に尊敬すべき師匠ではあるんだけど、初対面の人間には誰彼かまわずこの自己紹介をするのが悪癖だ。ほら女性陣引いちゃってるじゃん。

 一応代表してかおるが挨拶する。



「こ、これはご丁寧に……私たちも今日は『森』が見たいなって思ってまして、ご一緒してもよろしいですか?」


「ええ是非に。学校での拓人の様子なんかが聞きたいな。まぁこんな美人さんたちとよろしくやってるんだから、充実してるには違いないんだろうけど」


「だからうるさいよ」


「拓人の部活の絵は写真だけだけど私も見たよ。弟子の贔屓目を差し引いても、高校生レベルでアレに勝てる子が同じ石川県内にいるとは、俄かには信じられないね。というわけでこの目で直接見定めようかと……お、丁度バスが来た」



 平日ということでバスはガラガラに空いている。後方の席を贅沢に使って座り、改めて軽く友人達を紹介する。


「……あれ?いつもお兄ちゃんと通話してるのって「雪菜、あれ前に言ってた靴屋じゃないか?」あっハイ」


 

 ファーストインプレッションでは面食らっていた皆も、バスに揺られながら会話するうちに先生に慣れてきたようだ。基本的には普通に頼りになる大人なんだ、基本的には。

 特に桜先輩は果敢に俺について尋ねている。

 本当に俺のファンなんだな、とか考えてしまって……何となく気恥ずかしく、その問答中、俺は窓の外を眺めていた。



 そんなこんなで目的地に到着。建物に入りエスカレーターで昇る。


 前回は手ぶらで訪れたので、邪魔になるかと思ってパンフレットの類は回収しなかったが、今日はカバンがあるので色々持ち帰ろうと思う。

 入口からすぐのところで、今日の展示について四種類ものチラシと小冊子がある。

 ……え、四種類?これは改めて考えると、ちょっと大仰ではないだろうか。ただの高校生のお絵かきに、プロの個展のような準備がなされている。それも全国大会ではなく、言ってみれば県予選でだ。

 先生も同じように引っかかるところがあるらしい。パンフレットを真剣に読み込んでいる。



「香夜。俺は部活でのこういったコンクールの経験が初めてなんだが、学生の作品でもこんなにしっかりした展示を行うものなのか?」


「あー言われてみれば大掛かりかもね。今年は色々初めてな事が多くて勝手が分からないってお兄ちゃんも言ってたっけ」



 順路に従って解説文と絵に目を通していく。……先生が舌打ちするのが分かった。何か気付いたのか。



「……先生?」


「後で話す」



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ラブコメ世界に転生した作者ですが、物語が始まりません 高井 緑 @syouyuuyu

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