第18話



 優秀賞は水彩画『内海うちうみ』。能登半島から眺めた日本海の景色。作者は鳩切帆足やすぎりほたる。私立安下あげ高校1年生。



「同学年、か」



 つい口に出してから、周りにまだ人がいることに気がつく。ふんと鼻を鳴らし強キャラっぽい雰囲気を意識しながら堂々と出て行く。こういうのは取り繕うとかえって恥ずかしいものだ。

 バスで家に帰り、リビングのマッサージチェアに腰掛け、庭を眺める。

 結果はともあれ、今日の展示は良かった。なんというか、全体にストーリーの流れのようなものがあって飽きなかった。

冷えた麦茶を口に含んで、ふぅと一息…………



「いや、やっぱおかしくね?」



 待ってくれ。やっぱ落ち着いて考えてみると、俺の作品が負ける道理が分からない。

 確かに熱意は感じた。だがそれだけだ。明らかに『森』のほうがどのような基準で考えても優れているはずだ。俺の目がおかしくなったのでない限り。



「たっだいまー……あれ、またマッサージ椅子取られてる」



 出来レース、という単語が一瞬浮かぶが、すぐに否定する。バリアンヌ賞の少年が審査員のゴリ押しで優秀賞を獲るというのなら、むしろ分かる。だが鳩切なんて聞いたことがない。無名の高校1年生に賞を取らせるメリットはなんだ。

 もし鳩切氏を勝たせたい縁者が審査員に居たとしても、明らかに実力が見合っておらず批判は免れないだろうし、何も優秀賞でなくてもいいはずだ。金賞や銀賞に入賞するだけでも、それなりに箔がつく。なにせ、まだ1年生なのだ。



「ねー、かおる先輩から連絡あったんだけど。昨日の報告?したいのにお兄ちゃんと連絡つかないって。早く返事しなよ」

 

 

 ひょっとすると順位より、“浅川拓人に勝った”ことが重要なのかもしれない。例えばこんなのはどうだろう。今回は試験的に、様々な形式を部門ごとに分けずに評価していた。審査員の中に「どんなに素晴らしい作品でも油絵では水彩画に勝てない」という前例を作りたかった、水彩画を狂信する人が居たとか……。



「ほんとクラスのオタクがキモくってー。沖田って男子がいつもキモいことばっか言ってんの。つかいやらしい目で見てくんの。私がアニメのキャラに似てるだとか、コスプレ?して欲しいだとかー……いや知らんし、キモ」



 まぁ、負けは負けだ。それは素直に認める。運にしろコネにしろ、鳩切氏が勝ったというのならそれはまごう事なき“実力”だ。画家にとっては、作品の完成度なんかよりよっぽど大事な力だ。絵描きなんて、クリエイターなんて、運とコネだ。それが負けていたのだから、俺の負けなのだ。



「じゃあそのアニメどんなやつ?って聞いても、いや女子に説明するのはちょっと……って、なら話題にしないで。独りよがり、マジきしょ……」

 


 言ってもたかだか高校生の県大会だ。負けを認めてしまえば、そんなに騒ぐことでもないなと思えてきた。再び麦茶に口をつけ「えいっ(ぽち)」そういえば夏休みの宿題がまだ残ってるかららららあばばばばばば



「ええいやめんかっ」


「話聞いて、あと使わないならマッサージ椅子代わってよ私もやりたい」



 麦茶が鼻から出てきたじゃないか。いつの間にかリビングに居た雪菜からリモコンを奪う。ティッシュで鼻をかみつつ席をかわってやるが、妹氏は不服そうな顔のままだ。



「お兄ちゃん、なんでそんな怖い顔してたの?」


「俺が……?なんで」


「いや、私が聞いてるんだけど。かおる先輩と喧嘩でもしたの?」


「いやいや、仲良くやってるって」


「でもすごい顔してたよ、何かあったんでしょ」



 ほれ言ってみ、と促されるので……まぁ、今日展示を見ながら考えていたことをぽつぽつ話していく。妹に愚痴るというのも格好がつかないが、一人であれこれ考えるよりも、誰かに自分の考えを明かしたほうが頭がすっきりしていくようだった。

 雪菜はなるほど、なるほどと頷いていたが、やがて一言「分かんない」と言ってリラックスする体勢に入ってしまった。ぶぶぶぶぶ……とチェアが動き出す。

 まぁ、そんなもんだよな。



「分かんないけどさ、見たら何か分かるかも」


「え?」


「私も見にいくよ、その展示。あのおっきいモールでしょ、ついてきてよ買い物のついでに。ああそうだ、狩川先生も誘って一緒に行こうよ。先生なら何か納得出来ることを言ってくれるかも」



 思わずぽかんとしてしまった。なんて言った?俺と一緒に行ってくれるって?



「なんでそんなこと……」


「……正直さ、ちょっと安心したんだよ。お兄ちゃん最近アニメの話ばっかでさ、沖田みたいなキモい奴になっちゃうんじゃないかって、心配してたんだ。でもお兄ちゃんまだ真剣じゃん。絵を描くこと真剣に考えてるじゃん。だから、安心した」



 俺はふと、雪菜がピアノコンクールの地区予選をトップで突破した時の事を思い出していた。

 雪菜の世代には拮抗するライバルが多かった。習い事というのはえてして応援する親の方が熱が入るものだ。うちの母親に対抗意識を燃やし、厳しい練習を重ねてきた保護者達の噂。俺の耳にも下馬評が届いており、雪菜はギリギリ次に大会に進めるかどうかの地区三位と予想されていた。

 だが雪菜は勝った。接戦だった、と思う。俺も自分のことのように喜んだ。

 


「はずかしいからあんまり言わないけどさ。私、ファンなんだよ、浅川拓人の。描いてよ、綺麗な絵。感動する絵。私は辞めちゃったけど、お兄ちゃんには続けてほしい。ずっと描いててほしい。それでさ、いつかプロの画家になって、個展とかも開いちゃってさ。私、そこでBGMかなんか担当するよ。最近だと静かなだけじゃないんでしょ、ああいうギャラリーとか。お兄ちゃんの絵を見てさ、そこから自分で曲を作ってみたい。まぁ、まだ作曲については、イメージだけなんだけど……」


「雪菜……」



 妹がそんなことを考えていたなんて知らなかった。本気で音楽やりたいんだな。なら、兄として応援せねばなるまい。



「さんきゅな」


「別に。買い物のついでだから」



 そして場面は2学期の始業式の日に戻る。

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