第17話
「表彰状」
長かった夏休みも終わり始業式。俺は体育館のステージに立っていた。
大学の夏休みは2ヶ月あり、しかもほとんど宿題もない。非常に長い自由な時間の中で、休むことに飽きる程だった。
対して高校生の夏休みはたった1ヶ月。きっと短く感じるだろうと思っていたが、全くそんなことはなく、2学期が始める日をまだかまだかと心待ちにしていた。
それだけ俺は学校で過ごす日々が好きだったということだろう。まさしく青春の日々である。就活に苦戦し、やっとのことで大して興味もない企業からの、大して興味もない業種の内定を貰い咽び泣いていたあの頃から考えればそれはもう……自分も周りも若い力に溢れた毎日が、楽しくて仕方がない、というのが本音だ。
「金賞、浅川拓人殿」
朗々と読み上げる校長の声が響く。未練がましく後頭部に白髪の残ったハゲ頭は、校長、と言われて思い浮かぶステレオタイプそのものだ。だが声はまだまだ力強く、生涯現役という言葉が似合いそうなおじさんだった。
ほとんどの部活動は夏休みに大きな目標となる大会があったわけで。始業式にその成果がまとめて披露される光景というのは、どこの世界でも変わらないようだ。
「あなたは全国高校生絵画コンクール、石川県大会において頭書の成績を収められました。よってこれを賞します」
ほおー、という感嘆の声がどこからともなく聞こえてくる。それは「流石あの浅川だ」「やっぱり賞を獲ったか」というニュアンスを多分に含んでいたが……俺は事ここに至っても、まだ納得がいっていなかった。
俺は県大会二位に当たる金賞の賞状を押し戴き、頭を下げた。
話は夏休み最終週まで遡る。
たまたま部活に顔を出していた時、丁度コンクールの選考結果が顧問に届いた。
『森』は木製の額に入れられて選考に送られた。本来市や県レベルのコンテストで作品は、無骨なプラスチックのケースで提出されるのだが、明らかに別格であると判断出来る作品に関しては最初から額で提出するのが通例なんだそうだ。その判断は顧問がする。明文化された決まりではないがずっとそうらしい。他の自治体でもそうなのかは知らない、石川県だけの風習という可能性もある。なにはともあれ。
「浅川が県二位に入賞したらしい」
茂木先生にそう言われ、ただ良かったなと感じていた。のほほんとしていた。
正直すんなり一位を獲ってしまうかもという考えはあった。だがまぁ俺はまだ1年生だ。県下の3年生とかを探せば美大予備校に通っている人もいるだろうし、その中で入学してすぐの俺が二位というのは、かなり上出来と言っていいだろう。
次の日から早速展示が始まるというので、素直に、俺より上手い絵を見せてもらおうじゃないかと会場へ行くことにした。
場所はとあるショッピングモール内の1区画。例年だと県立ホールだか県民会館だかという施設があってそちらで行なっているらしいが、今年は改装工事の関係で例外的にこのようなことになっている。
初めて来た施設だが、ショッピングモールと百貨店の中間のような場所だと思った。エスカレーターで5階、催しモノのフロアに上がり案内を見る。入場無料、写真撮影も可。入選した子供が、作品と一緒に親に写真を撮ってもらうなどありそうな話だ。入口の佳作からじっくり見ていく。
今回のレギュレーションとしては、絵の大きさだけが決まっていて、後は題材も手法も自由。これまた去年まではいくつかの部門に分かれていたらしいが、今年は試験的に全ての作品を一緒くたに評価する形式になったようだ。なぜかは茂木先生も知らないらしかったが……芸術活動への予算が減ったとかじゃないの、と邪推してみる。
水彩画もあれば色鉛筆もある。千切り絵なんてのもある。俺は慣れている油絵だったが少数派のようだ。
俺より下手な絵に興味はない……なんて傲慢な考えは無い。そのつもりだ。人の作品からはいくらでも学ぶものがある。上手い下手より以前に、好きか嫌いかという視点もある。実際こうして見ていくと、技術は追いついていないが溢れ出る情熱が俺より勝っていると思う作品が幾つもあった。あ、郡山先輩の抽象画もある。
奥に進むにつれ展示されている作品が徐々に洗練されていく。写実的になっていくとも言える。選考した審査員の好みだろうか。線は本質を捉えようと、より明確な意図を持って引かれる。色合いははっきりと季節を示し、作品を見る俺の目もどんどんと
やがて自分の作品を見つける。そして県大会一位にあたる優秀賞の作品も。
「………………これに負けた?」
悔しさでもなく、怒りでも悲しみでもなく。
ただ純粋な疑問から首を傾げる。
そこには、周囲の作品と比べても、明らかに数段見劣りする一枚の絵が飾られていた。
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