第15話
さて冷やし中華を作るかとキッチンに入ると、洗い物が山のように溜まっていた。まずはこれを片付けるところからだ。
「いやー面目無い。なんかやる気起きなくて」
「そりゃきっと夏バテだ。いい、俺がやるから、そこら辺に転がってて」
かおるは素直にちゃぶ台辺りで横になる。夏バテと軽く言ったが、こういう気が弱ったところからうつ病が始まるのが怖い。よくよく見ればいつも簡単に掃除してある部屋が、なんとなく今日はゴミが多いように感じた。
洗い物の間、窓を網戸にして換気する。かおるはすっかり安心したように、早くもうつらうつらとし始めている。
適当にコンビニの袋に燃えるゴミをまとめて玄関に置いておく。それから洗い物も終わらせて調理に入る。落ちていたり干してある服にはうかつに触れない。何か視線を惹かれる不思議な布地が見えた気もするが、気のせいだ。
「出来たよ、起きてかおる」
「うーん」
冷やし中華を食べながら、俺の進捗を語る。
「まじでイラストソフトすげぇな!結構細かいニュアンス出せるし。俺頑張るよ、イラストレーター見習いとして!」
「またこのオタクは変な拗らせ方したわね……」
やっぱ持つべきものはオタク仲間の友達だ。俺の野望にも一定の理解を示してくれる。ラノベの表紙やゲームの原画なんて、絵を描いたことがあるオタクならどうしたって憧れるよなぁ。雪菜は全然応援してくれないんだ。「どちら様ですか。私の兄なら死にましたが」と言って憚らない。音に聞く反抗期というやつだろうか。
それでも今日みたいな時は、察して助けてくれるんだけどさ。
食べ終わって、ご馳走様といい終わるかどうかのうちに、二人寝転ぶ。食べてすぐ寝ると牛になるらしい。が、今日くらいいいだろう。キ◯ザニアの職業体験のようなものだ。職業牛、そんな日もあるさ。
「ご飯、誰かと食べたの久しぶり」
「ん」
「人と食べると美味しいし、楽しいわ」
俺は上体を起こし、スマホを取り出す。
「折角だから香夜も呼ぼうか」
「んー……」
柔らかそうな牛がゴロゴロと転がってきて、俺の膝にぶつかって止まる。「……どーん」
……進○ゼミでやったところだ!かつて雪菜もぐずってこんな甘え方をしてきた時がある。あの時は確か、頭を撫でてやるのが正解だったはず。
さわ。
髪に手をやると、かおるは一瞬身体を固めたが、すぐに頭を差し出してもっと撫でろというように求めてくる。
どうやら正解だったようだ。そのまま撫で続ける。
左手でかおるの髪を撫でつつ、右手でホイップを操作する。
「もしもし香夜、今暇?」
呼び出すとすぐに通話が繋がった。
「今かおるんちに居てさー、香夜も来る?」
かおるの表情は分からない。
「おっけー、30分後な。じゃまたあとで」
……撫でる手を下ろして「香夜すぐ来るって。なんか飲み物買ってこようか」とかおるに確認する。
かおるの顔は見えない。が、何故か拗ねているようだ。そんな気配が伝わってくる。
「ま、泊まりの時はハブにしちゃったからさ。今日は誘ってやろうよ。うちに泊まったことあるのは、かおるだけだよ」
「…………おう。じゃあ……スーパー行くか」
むくと起き上がったかおるは、髪がぼさっと乱れており、今更恥ずかしさに気づいたのか顔が真っ赤だった。
それから、香夜も交えて久々に思いっきり遊んだ。元は宿題が云々と言っていた気もするが、些細な問題だ。かおるの家には対戦出来るテレビゲームや、ボードゲームもある。やはり人数が3人居ると遊びの幅が広がって楽しい。出来れば4人居ると、もっと……あ、そうだ。
「最近さー、友達が出来たんだよね」
「もうクラスの皆は大体友達なんじゃないの?」
かおるは俺が何を言うか大体察したようで「あー……」という顔をしている。
「先輩だよ、2年生の女子。なんかさー友達少ないらしいから、遊んであげて欲しいんだよ」
「ほぇー、了解!うちはお兄ちゃんいるし年上と遊ぶのは慣れてるよ。任せてっ」
普通それは妹か弟がいるやつのセリフだろう。
「よし、頼んだぞ香夜。あとは家主、どうだ」
「ん?……え!うちに呼ぶって話!?」
「もちろんそうだ。この3人でも、先輩を入れた4人でも、それぞれの家の真ん中はこの部屋になる。どうだ」
「えー……学校に近い物件選び抜いたのが仇になったわね……てか何で先輩の家知ってるのよ」
「気にするな。ほら、友達が来ると思えば掃除も捗るだろう」
「うっさいわね。今日はたまたまよ、たまたま」
「そういえばかおるちゃん、ずっと言おうか迷ってたんだけど……」
香夜がかおるの袖を引っ張って、部屋の隅を指差す。あっそこはちょっと……
「あれ……下着は片付けた方がいいよ」
「ぎゃあああああああああああああ!?!?!?」
……牛さんのカップ数は、明らかに我が妹のそれより大きいようだった。
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