第14話

 高校一年生の夏休み、俺はとあることに打ち込むと決めていた。広義には芸術活動、そしてオタク活動。すなわち……



「配線完了!くぅ〜疲れましたw」



 夏休み三日目。俺の部屋には新しいデスクトップPC、ゲーミングチェア、そしてペンタブレットが導入されていた。

 そう。この夏、俺はデジタル画法を修めるのだ。


 昨日『森』を額に入れ、コンクールに送った。元々俺は「名前だけ置いてくれるだけで有難い。出来れば作品も出してくれたらなお有難い!」と、そんなに熱心に部活に顔を出さなくてもいいくらいの特別待遇で迎えられていた。

 年に1つか2つ美術部として出品すれば義理は果たせるだろうと思うので、これでしばらくのノルマは達成と言ったところだ。

 美術部は好きなので出来ればもっと顔を出したいが、こちらの活動も大事である。皆は夏休みもちょくちょく学校で絵を描くらしいが、俺は多分あんまり行かない。まぁ、部屋に篭って作業するのに飽きたら、気晴らしに行くかなというところ。


 装備一式は現時点で最高のものを父さんにねだった。「お前が自分から欲しいものを言うなんて珍しいじゃないか」と喜んで揃えてくれた。ついでにアニメ絵の教科書も。

 いつかゲーム制作に参加する時、シナリオライターだけでなく原画家としても戦力になれるように修行あるのみだ。

 油絵とデジタルでは全く違うもののため、メインにはなれなくても、サブ原画家くらいになれたらいいな。

 さぁ、これからは思う存分、デジタル絵師としての腕を磨くのだ!


 ブブッとスマホが振動する。見るとかおるからだった。



かおる『宿題、多い』



 『あと一月ある』と返す。いいんだよ高校の宿題なんて適当で。俺の時は丁度過渡期だったが、この時代は新形式に変わる前、結局人生はセンター試験の一発勝負なんだから、そこで鉛筆が上手く転がればそれで良いのだ。

 俺はスマホをベッドに投げ、早速まずは神絵師の作品をトレスする練習法に取り掛かった。




 夏休み11日目。俺の机にはフィギュアが増えた。人体の構造は今まで山ほど勉強してきたが、萌えキャラを描くにはやっぱフィギュアにポーズを取らせるのが一番テンション上がるな!

 本棚を眺めると、ライトノベルや漫画も随分増えた。部屋がだんだん、俺色に染まっていく感じがして居心地が良い。

 時々雪菜が用もないのに俺の部屋を覗きにきては


「うわっ……」


「うわぁ……」


「うっわ……」



 とコメントを残して出ていく他は、実に快適である。

 そして、しばらくは苦戦するだろうという予想に反し既に俺はデジタルのコツを掴みかけていた。これは楽しい。

 線画はともかく、思うように色が塗れるかは心配だったが、お絵かきソフトのグラデーション機能が思った以上に優秀ですぐに慣れた。文明の利器最高。

 ここまで約1週間か。やっぱ俺天才だな!わっはっは!


 ブブッとスマホが振動する。桜先輩かな?

 ここ数日、桜先輩とよく通話をする。病が完治したとは言っても、元々身体が丈夫な方ではなかった桜先輩は、この猛暑日に出歩くとすぐ目眩がするらしく、ずっとエアコンの効いた家でゴロゴロしているとのこと。それで同じく家に引きこもっている俺の作業通話に付き合ってくれているのだ。



かおる『宿題、やってる?』



 なんだ、かおるか。

 ……なんか久しぶりだな。考えてみると1週間会話してないのか。高校に入ってからこんなに長くかおると話していないのは初めて、か?GWにも雪菜が喜びそうな飯とか通話で相談してたし。

 とにかく返信しよう。


 

拓人 『全然手をつけてない』


かおる『私も』



 おお?返信早いな。

 どうせ遅くまでアニメを見ているうちに寝落ちて、起きたら夕方くらいになってて、今日も一日何もしなかったなぁと思いながらスマホを眺めてまた夜更かししてるんだろう。



かおる『一緒にやらない?』


拓人 『あーね。どうすっかな』



 かおるの家にお邪魔して一緒に勉強するのは、確かに俺たちの定番だった。

 でも今いいところなんだよなぁ……キャラクターの印象を決める最も重要なパーツ、目の描き方を練習しているところだ。写実的な絵と最もバランスが異なる部分でもある。ここは特に力を入れて練習しておきたかった。

 どうしようかなー、と悩んでいるとかおるから通話が掛かってきた。


「はい、もしもし」


『うん』


「なんか、久しぶりに声聞いた」


『うん』


「宿題な、どうしようか」


『てかさ、あれどうなった』


「あれって?」


『なんか、居たじゃん。水浦先輩』


「あー」


『付き合ってんの?』


「いや、そういうんじゃない。友達になった」


『振ったんだ』


「いや、そもそも告白とかじゃなくて、ファンらしい、俺の」


『タクトの?』


「まぁ俺ってか、俺の絵の」


『…………うん』


「それを伝えたかったんだって」


『…………………………』


「……かおる?」


『…………………………会いたい』


「すぐに行く、待ってて」



 俺は部屋を飛び出して階段を駆け降りる。

 と、リビングの雪菜が声をかけてくる。



「どこ行くの?」


「かおるのとこ」


「あー……タオルと着替え持っていき」


「わかった」



 急いで部屋に戻り、タオルと無地の服を引っ張り出す。それをトートバッグに詰めて家を出る。

 

 馬鹿か俺は!

 かおるは一人暮らしなんだぞって自分で言っていたのに。何か困った時は連絡しろって言ってたのに。かおるがそんな器用なやつじゃないって分かってたのに。

 家に親も妹も居る俺と違って、かおるは1ヶ月ずっと一人だ。一人で飯作って、一人で飯食って。一人で寝て、起きた時も一人で。学校がある時は友達に会える、でも長期休暇は本当に一人だ。かおるは一人になってしまっていた。

 後悔は先に立たないと言うが、挽回出来るならしたい。全力でチャリを漕ぐ。途中スーパーに寄って冷やし中華を買っておく。かおる、昼飯はまだ食ってない気がする。もしもう食ってたら冷蔵庫に入れとけばいい。

 

 かおるのアパートに着く頃には、ももがパンパンに張ってすぐにでも寝転がりたいほどだった。気合いで階段を上がり、突き当たり、かおるの部屋のインターホンを鳴らす。

 がちゃ……と控えめに扉が開く。かおるが居た。良かった。ずいぶん久しぶりに会った気がする。



「……き、来たぞ」


「うん、どうぞ」



 エアコンの涼しい風を感じる。中に招かれ、荷物を置く。一息ついた途端に汗が溢れてきた。



「やば、めっちゃ汗かいてる」


「…………はぁ、はぁ、ひぃ」


 

 喉からは荒い呼吸しか出てこない。たった1週間引きこもっていただけで、かなり体力が落ちていた。かおるが差し出してくれた冷たい麦茶を一気に飲み干す。

 大学生だったらこんな無様は晒さない。親のおさがりのトヨタセダン、カムリハイブリッドを駆けてかっこよく登場するのに。なんでまだ俺は、俺たちは高校生なんだ。

 


「っはぁ〜〜〜……さんきゅ。飯もう食った?」


「ううん、まだ」


「冷やし中華買ってきた。食おうぜ」


「お、助かるわね」



 ……ははっ、いつも通りみたいに装ってるけど、嬉しそうな顔が我慢出来てない。その顔が見たかったんだ。


 とりあえず風呂場で着替えさせてもらう。



「ごめんタクト」


「何がー?」


 

 全身の汗を拭きながら部屋にいるかおると話す。



「わがまま言った」


「全然!わがままなんかじゃない。頼ってくれて嬉しい」



 脱いだ服をカバンに入れる。エアコンのお陰でだいぶ楽になってきた。文明の利器最高。

 新しい服を着て外に出る。かおると向き合う。



「久しぶり。お邪魔します」


「久しぶり。いらっしゃい」




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