第12話

 浅川拓人はモテる。だが今は誰とも付き合うつもりはなかった。

 だって、俺には運命の相手がいるのだから。

 ……まるで白馬の王子様を夢見る、痛い乙女の妄想だ。しかし俺は本気で信じてもいいと思っている。

 運命を。そして神の存在を。

 


「私、美術室に飾ってある『森』の絵を見て、すごく感動したんです。一目惚れ……でした。あの絵を描いたのはどんな人なんだろうってずっと探してて」


「あー……ファンの方でしたか。応援、ありがとうございます………」



 飾ってあったというか、あれは絵の具を乾かしていたものだ。正直他の美術部員とあまりにレベルが違い浮いていたので、俺の名前は入れずに奥の方に置いておいたのだが、見つけられてしまったようだ。



「ということは、伝えたいことって」


「それは、その……」


 

 待てよ。まだ告白じゃないとは決まってない、のか?

 作品のファンになって、俺のことを調べているうちに好きになったという可能性も……そうだな、やはり想定していた緊急回避プログラムでいこう。作戦名、お友達から。冷たく突き放したり、きっぱり可能性を潰してしまうと、なんだかんだ棘が立ってしまう。女子コミュニティの中で敵視されるまでいくと、それはそれで面倒だ。


 いつもは、告白そのものをされないようにする。

 俺は普段から色んな奴と万遍なく、浅く広く付き合っている。すると、どうやら誰かが俺のことを好きになっているらしいという時には、なんとなく分かるものだ。判明次第、その周りの子に噂を流して、浅川はやめた方がいいと進言してもらう。

 君は浅川のタイプじゃない、とか。浅川は傲慢で君には目もくれないだろう、とか。

 あるいは浅川には既に、、とか。

 


「浅川くん、私と……」



 今回は全く察知できなかった。だからこれは俺の落ち度だ。

 同級生だけじゃなく、上級生にもアンテナを張っておかないといけないと分かった。他にも見落としている要素があるかもしれない。次に活かせることがないかと、こうして呼び出しには応じた。そして円満にお断りするつもりだった。


 ああ、しかし勿体無い……もったいねぇよ。

 これを超える程の出会いが今後あるのか?……本当に?

 今までずっと信じてきたのに、ここにきて急に不安になってしまう。


 『森』は隣県、富山の自然を描いた絵だ。今年のGWに訪れた、ありふれたと言えばありふれた、でも心に訴える神秘的な風景。

 別に絵のロケハンの為に向かったわけではなく、ただ雪菜が行きたがっていたレジャー施設に付き添っただけだ。

 そこで何気なく通りすがった登山道の入り口に、言いようのない「不快感」のようなものを覚えた。


 避けて遠ざかりたい、という意味ではない。むしろ、この機会を逃してはいけないという謎の焦燥だった。


 遊び疲れたからどこかで休みたいという雪菜を拝み倒して、登山に付き合ってもらった。歩き始めてしばらくして、木々の切れ間から小さな滝が見えるポイントに辿り着く。

 瞬間、ここだ!と思い手帳にスケッチをとり、写真も撮りまくった。金沢に戻ってからつい一昨日まで、その時の資料を元に書いていた。


 まさに神の思し召しとしか言いようのないタイミング。そして筆が入れられた作品も、神の贈り物ギフテッドとしか思えない出来であった。

 神は居る。意図は分からないが俺の魂をこの世界に呼び出し、絵を描かせている。

 神の意志があるのなら、運命とやらもあるはずだ。

 『星とキスと礼拝堂』……あんなドラマチックな題材に出会わないわけがない。俺は、俺の物語のヒロイン達と出会って、恋をする。そう信じていた。


 マルヒガ美術部に入部後、初の浅川拓人作品。狩川先生にも、完成するまでは見せないことにしていた。夏休み中のコンクールでお披露目するはずだったが、先に発見する人が現れるとは。それもこんなとびきりの美人。

 つい嬉しく思ってしまったが、ここは初志貫徹、迷いを捨て断ろう。

 俺は先輩の申し出に、勢いをつけて応える。



「私と……お友達になってください!!!」


「すみませんお友達から始めませんか!!!」


「えっ、良いんですか!?」


「えっ」



 まぁ、うん。

 結果オーライだ。運命かは分からないが、これも縁だろう。


 こうして夏休み直前に、1学年上の美人と友達になった。

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