第11話
この頃自分の性格が「拓人」に引っ張られているなぁと強く思う。
思考というか、考え方というか。俺の行動はこちらでの15年の歴史に基づいたものになっている。
俺の魂、消えちゃうんだろうか。いや、拓人の肉体に飲み込まれるといったほうが正しいか。
言ってしまえば、問題はない。元々これは拓人の人生だったんだし、何も文句はない。
一つ心配していたことはあった。
それは俺にちゃんとオタクの素養があるかということだった。
だが完全に杞憂だった。かおる含むクラスのオタクたちから次から次へ布教されるコンテンツを、俺はぐんぐん吸収し、自分でも買い揃えるようになっていた。
「大学進学時点で重度のオタクである」という軸さえブレないなら、他のことは努力目標にすぎない。流れに流されながら過ごしていこう。
期末テストも終わり、明日から夏休み。
定期試験は予想通り全教科ほぼ満点。まぁ今はチートみたいなもので、学年が進むにつれて成績は段々下がって行くだろうけど。ずっと一緒に勉強していたかおると香夜も、かなり良い結果だったらしく感謝された。
誕生日には、結構値が張るであろうDVDボックスを二人の連名で貰ってしまった。有名ロボットアニメシリーズの最新作。実にありがたい……これなら居間で観ているところを雪菜に見つかっても、堂々としていられるだろう。
なんなら一緒に観ても良い。「クラスの
しかし何をやらかしたんだ雪菜の同級生男子。雪菜が可愛いからってちょっかいをかけようものなら……腕を潰してやらねば。
夏休みはちょっと忙しくなりそうだから、アトリエの時間を取れるのも今日が最後になりそうだ。狩川先生に挨拶するため早速向かおう、と席を立つ前にかおるに袖を掴まれた。
むっすーっと顔をしかめている。
「何か文句があるなら聞こうじゃないか。あ、それか遊びの誘いか?すまん今日は用事があって」
「ちょっと、これ貰ったからあげる」
かおるは手紙を差し出してくる。受け取り、裏を見ると差し出し人は「みずうらさくら……?」知らない名前だ。別のクラスの子か、もしかしたら先輩かもしれない。
「なんだ、かおるちゃんからのラブレターじゃないのか。知ってる人?」
「貰ったって言ったでしょ。……流石色男、モテるわね。呼び出しされてるんじゃない?早く行きなさいよ」
質問には応えず、そう言ってそっぽを向かれてしまう。
困ったな今日は本当に早くアトリエに行きたいのに。だが今回は俺の落ち度だ。もし呼び出しであれば参上しよう。他の人が居ないのを確認してトイレで中を確認する。
『浅川くんに伝えたいことがあります。
放課後に音楽室に来てください。
待っています。
2−4 水浦桜』
2年生。驚いた、本当に先輩だったとは。拓人の魅力は、環境のせいか精神が大人びていることで、同級生や後輩にはよくモテるが年上からは全然モテない……という設定に甘んじて、学校の先輩のことまでは調べていなかった。
教室から渡り廊下を越え、特別教室棟を3階まであがり音楽室を目指す。
音楽室なんてどこか音楽系の部活が使ってそうなものだが、特別教室棟自体が今日はなんだか静かだった。楽器の音などが聞こえない。
ああそうか。終業式で楽器を使ってたから、今は体育館から搬入しているところか。
それで生まれた一瞬の空白に、いたいけな後輩の男の子を誘いだしたわけだ。普段と違う特別な空気感の中で、二人だけの大切な話をしたい、と。なかなか策士じゃないか水浦先輩は。
果たして、音楽室の扉を開けると、そこに一人の女生徒が居た。
まず目を引くのはその髪色だ。金髪に染めてみたものの、中途半端に地毛が生えてきてプリンになっている、といった様相である。ヤンキー、不良、スケバン……という単語が頭をよぎる。
向こうも俺に気付いたようだ。ピアノに手をかざし、強張った感じで立っていた彼女がふり返る。
一目見て……可愛いな、と思ってしまった。
正直、やっちまったかと思った。部屋に入ってプリンが居ると認識した瞬間(ボコられる!?)と思ったし、手紙にも二人だけなんて書いてなかったから、集団で囲まれて吊るし上げを食らうんじゃないかってとこまで思考が飛んだ。
だから周囲に誰か隠れてないか探って、いつでも逃げられるように準備しなければと身構えていたのに……一目彼女を見た途端、そんな考えが吹き飛んでしまった。
だって、こんなに、嬉しそうな笑顔を向けられたら、余計なことなんて一切考えられない。
可愛い、しかなかった。ただそれだけで頭がいっぱいになった。
なのに俺の心を惑わす色香は、それだけにとどまらなかった。
「浅川くん!来て、くれたんだ」
綺麗な声だった。透き通るようなソプラノ。
すごい、こんなに耳に心地いい響きは初めてだ。
雪菜の、ピアノコンクール地区大会で優勝して全国大会出場を決めたときの演奏……あのとき、もう人生でこれほど感動することはないとまで思ったのに、たった一言で、それを遙かに超えてきた。
「ぃ、ミズウラ先輩、ですか」
いかん、喉が詰まって咄嗟に声が出なかった。
持っていた手紙を見せると、こくんと頷く先輩。
「うん。2年4組の
「
なんて単純な生き物なんだ浅川拓人。すっかり骨抜きになってしまった。もう彼女に警戒心を向けるのは不可能だ。
分かってるんだろう。誰もいない教室で呼び出されて、伝えたいことっていったら、なぁ?
いや、ダメだって。今日はお断りをするために来たんだから、ここに来て迷うなんて……いやいやこんなチャンス無いだろ馬鹿か、こんな可愛い子の告白を断るとか、いや、でも……。
「浅川くん、私……」
「せんぱい……」
「私、浅川くんの……………
…………………………ファンなんです!」
………………………………………………ん~?
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