第9話

 俺が現状を考察する中で、もう一つ決めたこと。

 それは「ちゃんとオタクになる」ことであった。

 穂波たちと出会う場所は大学のサブカル研究会である。正確にはスズは二次オタ面子ではないが……とにかく、別にオタクでもないやつがオタクサークルの女子たちとあわよくば、あわよくばと考えるのは筋が通ってないというか、嫌なのだ。


 もちろん現実には多いけどね!一杯あったけどねそんなこと!むしろオタク男子とまともな恋愛は難しいけどね!?


 ……無為な話はやめよう。要は、俺の心構えの問題である。

 あの愛すべき二次元バカたちと対等に語り合おうというのなら、オタクじゃなきゃダメだろ。ということで、アニメ漫画好きを公言しているかおるに、この世界でウケている名作についてご教授願ったのだった。

 

 『星キス』と同じように個人で『チェーンソー・カラー』ないし同人ゲームを作成することまでやるか、それは悩んだ。

 『チェンカラ』は端的に拓人の自己表現欲がつまっている。特にクリエイター同士なら、これ以上ないほどの「名刺」として作中で扱われていた。

 だが今となっては『Babel』もあるし、現在も新しい作品に取り組んでいる最中なのだ。名刺は既に持っている。


 ひとまず、かおるオススメの鉄板作品たちを布教してもらおう。



「これは中学の時にアニメやってて私がどっぷり沼に浸かるキッカケになったやつで、来年の春に新作映画が決まってる超神作品。近年のファンタジー系の中じゃ一つ飛び抜けて話題になってて、まずは絶対におさえて欲しい。後から出てきた作品って大体これと比較されるから、これ見てないと文脈が分からないっていうか、全部これ見てる前提で語られたりするんだよね。脚本家が元々ゲームのシナリオ畑の人で、同じ人が手掛けたのが……」



 オタクちゃん、好きなものの話になると早口になるね。

 ちゃぶ台に山積みされた漫画やDVDのパッケージを崩しながら話すかおるを見ていると、なんだろう、非常に落ち着く。“ただいま”って感じ。

 紹介された作品は、ほとんど知らないモノばかりだった。元の世界にないやつだ。

 いやまったく最高だな。まだ見ぬ出逢いが沢山あり、俺は若く時間もたっぷりある。

 俺の勝ち。優勝です。何と戦っているわけではないが、優勝か優勝でないかで言ったら、間違いなく優勝だろう。

 


「……とまぁ、とりあえず絶対に履修してほしいのはこんなとこかな。貸したげるから、ちゃんと感想聞かせること」


「了解した。ありがとう、助かるよ」


「でもちょっと意外だったわ。タクトってこういう、萌え絵とか興味あるんだ」


「好きだよ。自分で描きたいかってのは別として、消費するのは好きだ」


「あ、描く参考にするわけじゃないのか……」



 作品の中で、特に妹に見つかっても大丈夫そうなのを見繕ってもらう。クラスのオタクがキモくて云々とか言ってたし、あんまり過激なやつを見つかると、口を聞いてもらえなくなる可能性がある。

 


「じゃ、紙袋もつけとく。あー、晩御飯作らなきゃ。てか買い出しからだー」


「うちに食べに来るか?」


「いいよいいよ。ご飯多めにつくって、余りモノを翌日の弁当にしてるし」



 俺がかおるを尊敬しているのが、まさにこの、毎日弁当まで自作していることである。身の回りのことを一人でする上に早起きして弁当まで……ほんとすごいよお前。

 ただ今日はそこまで考えた上で誘っている。



「弁当も母さんが作ってくれるんだけど、どう?」


「え、どうって」


「実は今日、友達の家で勉強してくるっていったらどんな子か聞かれてさ。一人暮らしで頑張ってる偉い奴だって言ったら、飯に連れて来いってうるさくてな。弁当も毎日自作してると言ったら、かおるの分も一緒に作ってあげるから是が非でも連れて来いってよ」


「ええっ!?」



 母さんはなかなか強引なところがあるし、勘も鋭い。一言も女子の家とは言ってないのだが、なぜかバレていた。

 俺としてもその申し出はありがたい。困ったことがあれば言えと言ったものの、健気にも一人暮らしを頑張るかおるは、まだマルヒガの誰にも弱音を溢してないようだから心配していた。

 あと、かおるには雪菜と仲良くなってもらって、オタクへの偏見を多少なりとも弱めることが出来るんじゃないかという打算もある。



「母さんのことだから、晩飯だけじゃなく泊まって行けとも言われるかもしれないが……どうだろう?テスト期間くらい、ちょっと楽しないか?」


「で、でもっ男子の家にお泊まりとか、え、それはちょっと早く……ない?」



 手をあたふたと振りながら、上目遣いにこちらを窺うかおる。

 だいぶ揺れている、あと一押しと言ったところか。



「妹も居るから紹介したいんだ。仲良くしてくれると嬉しい」


「ああ、妹さんいるとか言ってたっけ……てか親御さんもいるんだもんね、別に二人っきりというわけじゃないもんね」



 えー、じゃ、うーん……と可愛らしく唸っていたかおるだが、ついには「お願いしても、いいですか?」と承諾してくれた。

 もちろん、と早速家に電話もかける。案の定、泊まるように準備してきなさいと言われた。

 雪菜にも、俺の友達が泊まることを伝えといてもらう……と、電話の向こうで丁度父さんが帰ってくる音がした。車で迎えにいくように母さんから指示が飛ぶ。すまんなパピー、仕事で疲れているところに。けど、歩いて持って帰るより沢山漫画が持てるから助かるよ。

 思ったより大事おおごとになってるらしいと察したかおるが、俺の裾をクイクイつまみながら「ほんとにいいの?ほんとにいいの?」と聞いてくる。大丈夫ダイジョブ、うちはいつもこのぐらい賑やかだから。

 まぁとにかく、今は。



「よっしゃお持ち帰りだー」


「ばっ、ちがっ!ご飯に釣られただけだから!変なこと言わない!」

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