第8話

 翌木曜日、放課後。美術部一年で集まって勉強会をすることになった。場所はかおるの家だ。



「ど、どうぞー。一応片付けたけど、狭いからね」


「ここがかおるの部屋かー。テーマパークに来たみたいだぜ、テンション上がるなー」


「ちょっ、変なこと言わない」



 そう、結局樫峰かおるも美術部に入部したのだった。今年の新入部員は俺、香夜、かおるの3人である。1学年8クラスあるが、全員1年3組だ。

 俺が入部を決めると、姫野から「姫野が2人いてまどろっこしいから名前で呼んでよ」と言われ、香夜と呼ぶようになった。部長は部長と呼ぶつもりだったから、別に苗字でも良かったんだけど。

 すると樫峰も「わ、わたしもかおるでいいけどっ!?」というので、かおるになった。俺も2人にひろとでいい、と伝えたが、何故かタクトという呼び名が定着した。


 クラスでもそうだ。ようやく全員お互いの名前と顔が一致したなという頃合いだが、俺は完全にタクトになってしまった。たまに居るよな、本名と全然違うあだ名のやつ。

 まだ自分からその名前は名乗ってないはずなんだが、仕方ない。


 浅川拓人。道を切り拓く人。初見だと9割8分の人間がタクトと読むだろう。作者が狙って付けた名前だから、狙い通りだ。なんだけど……めっちゃ恥ずかしいなコレ。多分マジで俺をタクトくんだと思ってるやついるぞ。



「お茶持ってくるから、座ってて」


「ああ。これ、土産。好きに食って」


「ほー、高そうなカステラじゃない。じゃ一緒に切っちゃうわ」



 雪菜が特に好きな店だ、味は間違いない。

 ちゃぶ台の前に座って部屋を眺める。質素な作りだが、安アパートと聞いていた割にはしっかりしている。階段を2階に上がった突き当たりの角部屋。1LDK、リビングの奥に寝室があって風呂トイレ別。外から見た印象より、防音性も高そうだ。流石に女の子の一人暮らしだしな。

 


「あ、奥の寝室は開けちゃダメだからね。片づけきれなかった荷物とか……いや、なんでもないなんでもない」


「おう、心配せずお茶の準備に集中しててくれー」


「心配になるような返事しないでくれる!?」



 隣に座る香夜も、見るからにるんるんと楽しそうだ。



「えへへ、友達と勉強会とか初めて」


「香夜って大学附属中学だっけ」


「そうだよっ。大体の子はそのまま附属高校行くんだけど、私勉強出来なさすぎてねー。お兄ちゃんは中学からこの近くのとこだけど」


「では先生、ズバリ中間テストに対する自信は?」


「だ〜めだねっ、あっはっは」


「あっはっは」



 薄々そうなんじゃないかとは思っていたけど、香夜はおバカだった。勉強が出来ないってだけじゃなく、単純におつむが弱い子のようだ。

 お盆にペットボトルのお茶とコップ、カットしたカステラを載せてかおるが戻ってくる。



「ぶっちゃけ私もそんな自信ないなー、なんだかんだ1人暮らしに慣れるまで時間かかったし。そういうタクトはどうなのよ」


「俺は……多分大丈夫。分かんないとこは、じゃあ俺に聞いてよ」


「ほんとっ!?いやー助かるね、頼りにしてるよ」


「ほんとかなー?カッコつけてるだけじゃないの」


「まぁまぁ、早速始めようじゃないか」



 今日は主に数学を勉強していく。香夜が特に不安な科目だからだ。カステラをついばみつつ、教科書の例題を解いていく。反復演習の問題とかは後回しだ。基本の部分を完全に理解すれば、応用は当日どうとでもなる。二人にもそのやり方でやらせる。


 なるほど、これが勉強の仕方を教えるってことか。

 大学の友人にも塾講師のバイトをしてる奴らは多く、その様子を聞いて分かった事がある。平均点が取れていない子を、塾に通わせる親はバカだ。勉強を教えられてもどうしようもない、勉強の仕方から教えなくては。せめて家庭教師のほうがマシだ。

 中学までの義務教育でそれが身についてない子には、まず勉強以前のところからだ。

 


「お?なんかちょっと分かってきたかも!」


「タクト、これは?」


「これは……教科書の43ページから見ていこう」



 まずテストの範囲に絞って勉強する、という当たり前のことから指摘しなければいけなかった。テストの範囲はここからここまでです、とプリントで提示されても、じゃあ何を勉強すればいいのか分からないというのだ。

 本番の受験ならともかく、定期試験なら「ノートにとった内容からしか出ない」という意識から教えていく。うーん、これは骨が折れそうだ。

 

 日が暮れる前に香夜が帰っていく。今日はかなり身のある勉強会になった。勉強するといいつつ遊んでしまうだろうなと思っていたが、存外に二人とも集中していた。俺も人に説明することで自分の理解が深まるのを感じたので、かなり満足だ。



「なんかね、授業聞いてても全然理解出来なかったんだけど、わかってきたらなんか楽しくなってきちゃって」


「そっか、それは良かった。じゃ気を付けて帰るんだぞ」


「また来てね香夜」


「うん!ごめんねー、もう高校生なのにうち門限早くってさ」



 送って行こうとしたが、それは固辞されたので玄関先で見送る。俺たちはもう少し勉強するつもりだと言ったので、邪魔しないようにしてくれたのだろう。実際は、もう勉強道具は片付ける予定なのでちょっと申し訳ない。


 香夜が帰ったあとは、二人きりだ。かおるがそそくさとちゃぶ台周りを片付け始める。

 ……なんか急に緊張してきた。香夜がいると空間に賑わいがあるが、居なくなると途端に静けさが気になってしまう。

 


「テレビ、つけていいかな」


「ど、どうぞ、お好きに」



 どうやらかおるも同じように感じていたらしい。少し声がうわずっている。やめろよ、家主は堂々としていてくれ……何もする気ないって。

 チャンネルを切り替えながら、夕方の時代劇やワイドショーを確認する。テレビの内容は、どこの世界でも大体同じだ。


 かちゃ、と寝室のドアが開く音がする。俺は壁側のテレビに向いているので、背中側だ。視線はテレビに向けているが、もう一切内容は入ってこない。知らず、全神経が背後の音に集中していた。

 ゴソゴソと何かを取り出している様子だ。振り向きたい……が、女子のベッドを覗き見るのは如何かと……一人葛藤していると、作業を終えたかおるが「んしょ…」とちゃぶ台に荷物を置いて



 ぽん


「おぅわあ!」


「うわぇ!?ちょっ、急に変な声出すな」



 肩に手を置かれたのでびっくりして叫んでしまった。

 振り向くとかおるが……漫画を持って立っていた。



「じゃ、じゃあ……はじめよっか。オタクの勉強会」

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