第7話

 結局、俺はマルヒガ美術部に入部。そして2ヶ月が過ぎた。1学期の中間テストが1週間後に迫ってきている。今日から部活禁止期間だ。絵画教室も休む。


 俺の1週間は、月曜土曜は何もなし、火曜木曜は美術部に行って、水曜金曜日曜は狩川先生のアトリエ、という感じだ。


 今日は水曜で、いつもは自転車を漕いで川を渡った先のアトリエまで行く。今は何も予定を入れていないので、自室で勉強しているフリをしている。開いているのは例の現状考察ノートだ。

 2ヶ月でずいぶん書き込みが増えた。雪菜に見られると「なにこれ小説?うわキッショ!」と言われるのは目に見えているので、普段は鍵が掛かる引き出しにいれて保管している。


 まず一つ、どうしようもなく分かったことがある。俺は元の世界に帰れそうにないということだ。何度寝起きしても、関東のあの安アパートで目を覚ますということはなく、俺は浅川拓人のままだった。

 これに関しては、こちらの世界で意識が覚醒したときから、うっすら覚悟はしていた。

 諦めていたとも言えるし、心のどこかでは、あの冴えないモブ男の人生に戻りたくないと願ってもいたのだと思う。

 つまり俺自身に戻りたいという欲がないので、特に問題なしと言ってしまっていいだろう。

 俺はこの世界で、浅川拓人として生きて死ぬ。そう決めた。


 問題があるとすれば、それは俺がどう生きて、どう死ぬかだ。勿論、誰の人生であっても主題はそうだ。元の“俺”の人生でもそうだったはずだ。だが元の俺と今の俺では、決定的に異なる点がある。

 俺は自分の人生で、1番の“盛り上がりどころ”を知っている。拓人の大学生活は、そのまま恋愛小説になるくらいドラマチックで、魅力的なのだ。普通は分かるはずがないことだが、知ってしまっているからには無視は出来ない。


 まともな頭で真剣に人生設計を考えてみると。稀代の少年画家、浅川拓人が美大に進まない理由がない。

 『星キス』において拓人が千葉の私大に進んだのは、仕方なくだ。勉強が特別出来るわけでもないが、大学くらいはどこか出ておかないと、という意識。


 だが今は仕方なく行く必要がない。美大に行けばいい。現役で受からなくても「美大なら2浪3浪ぐらい普通なんだろ?応援するぞ」と父も言ってくれている。だから美大と一般大学の併願も難しい。


 そもそも今の俺は勉強が割と出来る。元々国立大に現役合格している。その知識は、この世界でも普通に通用していた。歴史の授業は元の世界と若干名称が違ったりする場合があるし、英語はそんなに得意でもなかったので、この機会にしっかり学び直そうと思っているが。


 今度の中間テストも、ほとんどテスト勉強の必要がなかった。この高校、思っていた以上にレベルが低い。高校によってこんなに差があるとは知らなかった。真面目にテストを受けたら、絵のことを踏まえてもなお、なんでうちの高校に通ってるんだ?と不審がられそうだ。多少手を抜いた方がいいかもしれない。

 とにかく、本当に真面目に考えれば、俺はあの大学に進学するはずがないのである。


 今でも結果が出ているのだから、絵の勉強は独学でやればいいじゃないかって?無理だ、それでは必ず成長が頭打ちになる。今でも既に、美大予備校のチラシに心が動かされている。

 拓人の才能はこの2ヶ月で嫌と言うほど分かった。

 感動するのだ。自分の作品で泣けるなんて、クリエイターとしてこれ以上の可能性は無い。

 音楽だって聴いた音を当てるのと、その音を自分で出すのでは全然別の話になる。

 浅川拓人は自分自身が表現したい世界を、忠実に具現化出来るという、恐ろしい能力を持った人間だ。だがあくまで天才画家ではなく、天才画家の卵である。これから技術を学べばさらに伸びる。間違いなく。

 この才能を色恋沙汰のためにドブに捨てろって?お断りだ。それほどに俺は、俺の才能が惜しい。


 でも。


 でもさぁ……。


 だからって!あんなに魅力的なヒロイン達が待ってるって分かってるのに!出逢わないなんて……それも俺には出来ない。

 スズと、穂波と、それからマキちゃんやフーコや、皆と……会いたいよ。

 本気で考えたんだ。最高に可愛いヒロインと、最高に萌えるラブイチャのシチュエーションを。ヒロインのモデルの子にキャラクターの私服を考えてもらったり、一緒にロケハンしてもらったり。セリフも、ビジュアルも、世界観も、俺が本気で「こいつのために生きて死にたい!」って思えるものを書いたつもりだ。


 小説は全然素人で、俺の実力じゃ書籍化までは漕ぎ着けられなかったけど。でもあの時、人生で一番本気になって考えてたんだ。俺はスズを、穂波を、皆を!本気で愛してたんだよ!

 会いたいだろそりゃ。会えると思ってたんだ。会って話をして、出来れば仲良くなって、出来れば、あの『星キス』みたいな心躍る恋がしたいんだよ!

 

 悩んだ。


 悩みに悩み抜いて、一つ妥協案を捻り出した。

 

 千葉の美大に進学しつつ、進学予定だった大学に入り浸り、ヒロイン達と仲良くなる。

 俺なら日本で一番の美大に行けるんじゃないかとも思うし、もっといい考えが浮かぶかもしれないが、暫定でこの方針をとることにした。インカレサークルとかあるかもしれないし……いや美大は参加してないかな、それも後で調べてみよう。


 そしてもう一つ決めたことがある。

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