第2.5話(『星キスと礼拝堂』より抜粋)

 同人ゲームを作ったことがある。高校生で1つ、大学生になってからは2つと半分……これは現在凍結状態にあるプロジェクトだが、製作途中と言っておく。高校生の時作ったアレは個人で、それ以外はチームでの制作だ。俺、浅川拓人あさかわひろとは主にシナリオライターとして参加した。スクリプトやゲーム制作ソフトの打ち込みもかなりこなした。関わった作品はネット上で公開されている。つまり、世間の評価を受けたことがある。評判としてはどれもまぁ、それなりに楽しめると言ってもらえた。


 春の穏やかな陽気の中、千葉の私大で3回生になった俺は悩んでいた。漠然とした将来に対する不安だ。平易に言えば、就職について。自分がサラリーマンになることも、小説家になることも、ましてや親に言われるままコネで進路を決めることも、何もかもが現実味が無く、そのうちそのうちと後回しにし続けてもう3年。

 学生時代には創作活動に打ち込みました!でもクリエイターにはなれそうもないので御社を志望致します!御社に勤めるにあたって、この経験がどう役立つのかは一切分かりません!

 ……やだなぁ就活。

 ああ、誰かこの迷える子羊を救ってやってください……。


「タクト先輩。どうぞ、聖水です」

 大学の後輩、草壁鈴くさけべりんが水差しを持ってくる。皆からスズと呼ばれている。あどけない表情から幼く見られることの多い、小柄で可愛い感じの2回生だ。今日もトレードマークの赤いリボンが、綺麗なショートカットの黒髪によく似合っている。まるで周囲の神聖な雰囲気に溶け込むように輝いて見えた。

 今日はミサが開祭される日曜日。ここは川沿いにある、市営の礼拝堂だ。

「ありがとう、スズ。神社の手水みたいだな……頭から振りかければいいんだっけ」

 大半の日本人らしく、宗教家という自覚もなく、強いて言えば仏教徒の俺は少し戸惑いながら尋ねる。

「それは恐らく、洗礼を受ける際のイメージですね。そういった場合もあるでしょうが作法は宗派によるので、今日は私と同じようにしてみてください」

 そう言って彼女は、水で濡らした手を胸の前に持ってきて十字を切り、深めのお辞儀をした。俺も真似をしてやってみる。

「はい、様になっていますよ。ドイツ国教の作法です。迷ったらとりあえずこれで間違いないかと。教会や礼拝堂に入るときは、まずこうしてお祈りをします」

「そっか。早速メモしておかなきゃ」

 ぞんざいに服の裾で手を拭き、胸ポケットの手帳とペンを取り出す。今日は小説を書くための取材という名目で来ている。

 

 ゲームのシナリオの作り方は大きく分けて2パターンある。まず原作小説を書いてから、それをゲーム用にリライトするやり方。ノベルゲーム、いわゆる紙芝居ゲーなどではこちらの場合が多い。

 例えば「夕陽に照らされる公園で、キスをした。ただ風に揺れるブランコだけが二人を見ていた……」という文章があるとする。今読み返せばなんてセンスの無い……いや、これはこれで当時の全力だった。それは認めなければならない。

 夕陽のせいなのか、緊張のせいなのか、二人とも顔が真っ赤になっている。公園には他に誰もいない。それはイラストCGを見れば分かることだ。そして二人の感情がこれ以上ないほど高まり、永遠の絆で結ばれたこと。それも感動的なBGMに理解させられる。まだそこまでの作品を作ろうとしたことはないが、ボイスがつく場合には声優の演技もある。

 なので「ーーチュッ………………」折角書いた文章を全部こういう感じに直して提出する。これが最終的にライターの仕事だ。

 決して元の文章が無駄ということはない。「小説版を公開しました!」と告知すると喜んでくれる酔狂な人、もといコアなファンもいて、ゲームの広告になる。

 もう一つは、初めからゲームにほぼそのまま組み込むつもりで文章を書くやり方。大手ゲーム会社が公開しているRPG制作ソフトなどでは、あらかじめかなりの素材が揃っているため自然とこちらになる。

 最初に一人でゲームを作ろうとした時は後者でやった。絵も音楽も自分で用意したから、その方が都合が良かった。チームでゲーム制作をするようになってからもしばらく同じように書いていたが、このやり方では他の部分の進捗と歩調を合わせなければならないため、少しずつ不具合が生まれていた。

 だがそれは原画家や作曲家を信頼していなければとれない方法だ。文字以外で伝えたい情報を、余すことなく文字以外で伝えられるからこそ、文章に集中できる。一人でゲームを作った時は、俺が描いた下手くそな絵と、これまた俺が打ち込んだ下手くそな音楽で、どれほども伝えられないと測れたから、どれほどを文章に詰めればいいか分かった。

 だが今のチームでゲームを作るにあたって、諸々の事情を鑑みた結果前者の、一旦小説を書いてしまう方向に落ち着いたのだった。

 

「ではタクト先輩、こちらへどうぞ。30分後にミサが始まります。もし面白いと思って頂けたら、また来てくださいね。私は毎週ここで手伝ってますから」

 タクト、なんてキザったらしい渾名は俺の黒歴史だ。過去にその名前で世に出した作品が、何故か大学に入ってから同期にバレ、先輩にバレ、こうして後輩にもバレて……仲間内で変に好評を博してしまったせいで今更変えるのも逆に恥ずかしく、なんだかんだ今でもペンネームとして使っている。

「そりゃ休みの日にもスズと会えるっていうなら是非来たいけど、そんな不純な動機、神様に怒られない?」

「構いませんよ。不純な心を懺悔し清めるために来るんです。全然関係ないですけど、あちらがお布施箱です。取材していきますか?」

 ふふっ、と楽しげに笑うスズ。小さなほっぺにえくぼが浮かぶ。シスターの真似事をしてるくせに、なんて小悪魔なんだ。喜んで浄財させていただくとも。

 その後、好きなところに座ってくださいと言われ、しばらく待っていると段々人が増えてきた。15人ほどか、小さめの礼拝堂の席が半分くらい埋まった。壇上に神父だか司祭だか牧師だか……後でスズに確認しなきゃな……が現れ、簡単な説教の後、讃美歌が始まった。

「おいおい……」

 なんと讃美歌隊の中にはスズの姿もあった。聞いてない、本当に驚いた。歌っている途中、スズと目が合った、気がする。先刻までの悪戯好きな雰囲気はなりを潜め、俺の目にはこの世の何より清らかな聖女に映ったのだった。

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